ヤマト運輸のネット通販向け宅配サービス「EAZY(イージー)」では、従来の“宅急便”とは異なる新規の情報システムを構築している。増え続けるネット通販に対応するためEAZYでは外部の協力会社を積極的に活用しており、情報システムも協力会社の従業員の手持ちのスマホと連携する「BYOD方式」を採用。ヤマト運輸の社内のシステムと協力会社のBYODの端末との情報連携に際しては、複数バーコードの高速・高精度の読み取りとARで、スマホと相性のよいスイスのスキャンディットの技術を組み合わせることで、使い勝手のいいシステムに仕上げた。
(取材・文/安藤章司)
「宅急便」と「通販」は似て非なるもの
EAZYは、増え続けるネット通販向けに2020年6月にスタートした宅配サービスで、外部の運送会社を積極的に活用する点が従来の“宅急便”とは大きく異なる。直近ではEAZYに従事する協力会社のドライバーは1万6000人余りに拡大。ヤマト運輸の社員を中心とするセールスドライバーを支援する既存の宅急便用のシステムでは十分に対応できないため、EAZY向けに別途システムを構築した。
ヤマト運輸 齊藤泰裕 ゼネラルマネージャー
従来の宅急便は、例えばお中元やお歳暮、故郷の両親からの物品の仕送りなどを想定しており、ヤマト運輸のセールスドライバーが集荷し、料金をもらい、集荷所に運び込む。宅配するときも受取人が不在の場合は不在連絡票を入れて再配達をするなど、複雑な業務フローとなっている。ヤマト運輸の齊藤泰裕・EC事業部ゼネラルマネージャーは、「セールスドライバーはその名前を示すように営業活動を通じてヤマト運輸の根幹を支えるドライバーという位置づけ」だと話す。
それに対して、EAZYの主な対象となるネット通販の場合は、受取人が自分で購入し、配達日時も指定するなど、基本的に受取人がコントロールできる特性を持つ。客先への集荷の必要はなく、配送に特化していることから協力会社を活用しやすい。また、アマゾンや楽天といったネット通販の取扱量はかねて増加傾向にあり、コロナ禍期間中の巣ごもり需要で「伸びに一段と勢いがついた」(齊藤ゼネラルマネージャー)ことから、ヤマト運輸の社内リソースだけでは荷物を捌き切れない事情もある。
EAZYでは、複数の協力会社に配送業務を委託することから、既存のヤマト運輸社内の情報システムをそのまま使うわけにはいかない。そこで、協力会社のドライバーが個人で使っているスマホに専用アプリを入れてもらうBYOD方式を取り入れた。協力会社のドライバーが所持するスマホのカメラ機能で荷物のバーコードを読み取ると、配達する順番と照らし合わせて、トラックの荷台のどこに積めば最も効率がよいかをスマホの画面に示すようにした(左下図参照)。中核技術はスイスに本社を置くスキャンディットのバーコードの高速・高精度の読み取りとARの技術だ。
2021年11月から順次本稼働
スキャンディットとの出会いは、米カリフォルニア州に駐在するヤマト運輸の情報収集担当者と地元の有力投資ファンドの会話がきっかけだった。ハードウェアを選ばず、ソフトウェア開発キット(SDK)方式によってカスタマイズや拡張が容易にできるバーコード読み取りソフトがあることを知り、EAZYサービスが始まる直前の2020年4月から具体的な商談や実証実験に向けた準備をスタート。一部の営業拠点で実際に本稼働させたのは21年11月で、今は順次、全国展開を進めている段階だ。
開発に際しては、ヤマト運輸のデジタル推進部門とグループ会社のヤマトシステム開発が中心になってプロジェクトを進めている。
スキャンディット 関根正浩 日本事業責任者
スマホを使ったバーコード読み取りソフトは、多くのITベンダーが開発しているが、スキャンディットの技術に着目した理由について齊藤ゼネラルマネージャーは「拡張性の高さにある」と指摘。一方、スキャンディットの関根正浩・日本事業責任者は完成されたパッケージソフトではなく、SDK方式での提供であるため「アイデア次第でさまざまな機能を実装できる柔軟性が強み」と話す。複数のバーコードを一度に読み取れたり、ARに対応するといった個別技術の優位性はもとより、システム全体のプラットフォームとなり得る拡張性のよさを強みとする。
現段階では「○○町○丁目の荷物はトラックの荷台のどこに積んで、配達のときにどの荷物から降ろしたら効率がよいのか」といった情報を示す機能にとどまっているが、将来的にはAR技術を駆使して、トラックに積まれているどの荷物が○丁目○番地の誰のものなのかがスマホの画面を通じて視覚的に分かるようにすることも検討する。
ヤマト運輸の熟練セールスドライバーであれば、家の近所ですれ違ったとき「〇〇さん、きょう午後の便で荷物があるから○○時頃大丈夫?」と声をかけたり、どの家がだいたい何時頃帰宅するのかなどをおおよそ把握したりしており、最も効率のよい荷物の積み込み、積み下ろしを個人の能力で判断が可能だ。しかし、協力会社のドライバーにそうした熟練の技を求めるのはハードルが高いため、ITで適切に補っていく必要がある。外部に委託する上で、顧客の個人情報の保護も一層厳格化することも想定しており、荷物に貼り付けるラベルに氏名、品名などを一切記さず、QRコードのみで配送する方法を取り入れることも視野に入れる。
全体最適のナビゲーションに応用
ネット通販は自分で発注して自分で受け取るため、「受け取り時間や受け取る方法を細かく設定したい」という需要が根強くある。本来は対面で受け取る予定だった荷物を、在宅勤務であっても急なオンライン会議が入ったため玄関前の“置き配”に変更したいといったケースもあり得るだろう。既存の宅急便の仕組みでは即時に受け渡しの方法を変更することが難しかったが、仮にリアルタイムに情報処理を行えるようになれば、直前まで自由に変更することも可能になる。
具体的には、配達先の家の近くにトラックが停車し、荷物のQRコードを読み取ったときにスマホの画面上に受け渡し方法を表示する直前まで受け渡し方法の変更を可能にする。置き配の種類も玄関ドア前や宅配ボックス、ガスメーター、物置、車庫、自転車のかご、管理人預けなどさまざまな方法をリアルタイムで選択できるようになれば、ユーザーの利便性はより高まる。
齊藤ゼネラルマネージャーは「今後、EAZYでのシステム開発を進めるに当たって、ITで効率化する範囲を一段と広げていきたい」と話す。今回はEAZYの協力ドライバーが荷物を積み下ろしする工程がメインだが、例えば、その前工程では集配所に荷物が到着して、それらを仕分けし、カゴに入れてEAZYのドライバーに渡すまで何人も介在している。それぞれの担当者が「最も効率のよい」と判断する方法で作業をしているが、「個々の作業の最適化が、トータルで最も効率のよい方法とは限らない」とみている。
EAZYではスマホでのバーコード読み取り、ARといった技術要素を組み合わせてナビゲートすることで、ヤマト運輸の宅配に慣れていない協力会社のドライバーでも効率よく荷物を配達するよう支援する仕組みを取り入れた。「この手法をより掘り下げ、応用すれば配送業務の全体を最適化、効率化できるナビゲートの方法が見つかる可能性が高い」と齊藤ゼネラルマネージャーは捉える。
現状ではスマホ片手に作業をすることになるが、眼鏡型のウェアラブル端末のスマートグラスなどハードウェア技術の進展によって、両手を使える状態を維持しつつ、端末で効率のよい作業手順をナビする道筋も見えてくる。
関根日本事業責任者は「ハードウェアに依存しない当社の技術は、仮にスマホからスマートグラスへ移行しても使い続けられる」と、デバイスの変化に柔軟に対応できると話す。EAZYサービスから始まったスキャンディット技術の活用だが、ヤマト運輸の業務全体の一層の最適化、効率化にも役立つよう支援していく考えだ。