新型コロナ禍を契機にデジタルテクノロジーとの向き合い方が大きく変わった現代日本。デジタルトランスフォーメーション(DX)をお題目のように叫ぶフェーズは過ぎ、テクノロジーを着実にビジネス成長につなげる実践的な段階へと移りつつある。民間に遅れながらも、自治体におけるDXの機運も高まっている。
デジタル技術の進展は社会に果実をもたらしつつあるが、セキュリティリスクという危機の萌芽も存在感を増す。2022年上期(1~6月)の本紙紙面を振り返りながら、IT業界の進路を展望する。
(構成/藤岡 堯)
Chapter_1
テクノロジーを企業変革の核に
DXの本質的な意味は既存の作業をただテクノロジーで代替するだけではなく、そこから企業構造を変革し、新たな価値を生み出すことであるだろう。テクノロジーを活用して、ありたい姿へ“変態”していく。それがDXの理想型だ。本紙特集には、その実践例がいくつか登場した。
5月16日・1922号の紙面
5月16日・1922号の「国内“InsurTech”の旗手になるか 『オールスター』の支援で究極のCXを目指すネット型自動車保険企業」では、イーデザイン損害保険がフルクラウドでシステムを全面刷新し、新たな形の保険商品を生み出すプロジェクトを報じた。
同社は企業としての「ありたい姿」から逆算的にサービスを設計し、その実現に必要な技術を複数導入することで、プロジェクトを具現化させていった。成功の鍵となったのは、地力のある複数のベンダーと、マルチベンダーでワンチームの体制をつくったことだという。
ビジネスモデルだけでなく、人材や組織の変革にテクノロジーを生かす企業も増えている。「従業員スキルを計画的に転換 タレントマネージメントで事業変革を推進へ」(6月6日・1925号)は、Works Human Intelligenceのタレントマネージメントシステムで、人材戦略の転換を図るコニカミノルタジャパンの取り組みに迫った。
コニカミノルタジャパンは複合機の販売を中心としたビジネスから、顧客企業の働き方改革や業務変革を軸としたソリューション・サービス事業へと領域を広げる戦略を進めている。実現には、従業員のスキルを可視化し、適切な人員配置を進めていくことが欠かせない。加えて、従業員一人一人が、目指すべきキャリアを形成しやすい環境を整備できれば、個人の効率的な成長にもつながる。事業だけでなく、組織全体もテクノロジーによって生まれ変われる例となりそうだ。
DXはユーザー企業側の変革への熱意が原動力となるのは間違いないが、ベンダーによる的確なニーズの把握と価値提供がなければ実現は難しい。企業のDXへの意欲が高まる中、ベンダーによる支援のあり方が、より厳しく問われることになるだろう。
Chapter_2
自治体DX実現へ走り出した政府、ベンダー
民間から波及する形で、官公庁や自治体におけるDXの機運が高まっている。行政の役割が複雑・多様・高度化している現代日本にとって、最重要課題の一つである。政府がさまざまな制度設計を通じて具現化を目指す中、それを支えるITベンダーの役割も重要となっている。22年上期は政府、ベンダーともに自治体DX実現に向けて助走をつけるタイミングとなった。
2月21日・1911号の紙面
政府は「デジタル田園都市国家構想」の具体化に向けて動き始めた。デジタル技術を活用して地方が抱える課題を解決し、地方が自らボトムアップの形で活性化を図ることで、国全体の成長と、持続可能な経済社会の実現につなげる狙いだ。2月21日・1911号の特集では、22年度までに5兆7000億円という巨大な予算がどのように投じられ、IT市場にいかなる影響を与えるのかを探った。
(1)デジタル基盤の整備(2)デジタル人材の育成・確保(3)地方の課題を解決するためのデジタル実装(4)誰一人取り残されないための取り組み――。この四つをテーマに事業が推進される見込みだが、それを支える人材不足が構想実現に影を落とす。
自治体は情報システムをITベンダーに丸ごとアウトソースする従来のやり方から脱却すべく、地場のデジタル人材の育成に取り組むことが最優先課題との声も上がる。IT業界には地域と二人三脚でデジタル化を推進できる人材供給源としての役割が求められる。
その業界側も支援に向けて加速している。2月7/14日・1910号の特集「商機取り込みへ加速するITベンダー 自治体DX支援ビジネスが本格化」で、その現状をリポートした。
ベンダーは官公庁向けのソリューションメニューを体系化したり、自治体DX支援専業の子会社を立ち上げたりするなど力を入れている。
基礎自治体を中心にDXへの着手が遅れている状況を踏まえると、支援するベンダーへの期待は大きく膨む。政府の掛け声にも押され、当面の伸長が期待される自治体DX市場に、ベンダーはいかに向き合い、自治体の悩みにどう対応していけるか。下期以降も注目である。
Chapter_3
多様化する攻撃、国内企業の取り組みは鈍く
技術による恩恵が広がる一方、セキュリティリスクは深刻さの度合いを増している。しかし、多様化するサイバー攻撃に対し、国内企業の取り組みの鈍さも見られる。
4月4日・1917号の紙面
21年の終わりにJavaのロギングライブラリ「Apache Log4j」(Log4j)に深刻な脆弱性、通称「Log4Shell」が発見された。3月14日・1914号の特集は、Log4jの騒動から浮かび上がった脆弱性対策の現状を掘り下げている。
Log4jはログ出力などを目的に利用されるライブラリで多くのIT製品に組み込まれており、Log4Shellを悪用した攻撃によるセキュリティ事故の増加が懸念された。
早期にLog4jのアップデートが行われたこともあり、国内で目立った事故は確認されなかったものの、セキュリティベンダーからは今回の騒動で国内企業の関心の低さや対応の遅れが明らかになったとの指摘もある。
今回はたまたま被害は免れたものの、さらに深刻な脆弱性が発見された場合、どうなるかはわからない。自社に適したセキュリティソリューションや「DevSecOps」のように開発段階からセキュリティを意識した枠組みを取り入れる必要があるだろう。
他方、工場やインフラなどの制御機器を制御・運用するシステム(オペレーショナルテクノロジー、OT)を狙った攻撃も多発している。IoT化が進み、ネットワークに接続する必要がなかったシステムがネットにつながり、リスクは増大している。
4月4日・1917号の特集「セキュリティ対策が遅れるOT環境 ベンダーは専門ソリューションの提供を進める」はOTセキュリティ市場の今をテーマに、ベンダーが提供するのソリューションや対策を紹介した。
OT環境に存在する資産の洗い出しやインシデント発生時の対応手順の明確化、持込USBデバイスの制御など考えるべきことは多岐にわたる。
日本企業の情報セキュリティを未成熟とする向きは多い。ビジネス現場にテクノロジーが浸透すればするほど、リスクは高まっていく。企業全体の意識改善が求められる中、ベンダーの役割はより大きくなる。
Extra
新技術のビジネス実装へ協業広がる
新技術に目を向けると、ドローンや自動配送ロボットのビジネス現場への実装が間近となっている。市場の開拓に向け、ITベンダーらが協業を積極的に展開している。
3月7日・1913号の紙面
ドローンをめぐっては、22年度中に、これまで認められていなかった「有人地帯での目視外飛行(レベル4)」が解禁される予定だ。解禁後は市街地でも飛行が増えるとみられ、用途の拡大が見込まれている。
3月7日・1913号の特集「有望視されるドローン市場 可能性の広がりに期待高まる」は、立ち上がる市場を前にしたベンダーらの取り組みを伝えている。
TeamViewerジャパンとSB C&Sはドローンとリモート接続ソフトウェア「TeamViewer」シリーズを使い、空撮映像を遠隔地で共有するサービスを展開。点検や空撮、災害対応などでドローンを活用する企業や自治体を主なターゲットとしてソリューションを提案していく考えを示す。
KDDIと日本航空は(JAL)は複数のドローンを統合的に運行管理する体制の構築や、企業・自治体向けドローン活用支援のビジネスモデル検討で連携する。
自動配送ロボットの領域もビジネス展開への機運が高まっている。活用推進を目指す企業が、一般社団法人「ロボットデリバリー協会」を設立。3月28日・1916号には発足式の詳報を掲載した。
協会はSIerや重工業や自動車のメーカー、流通などの8社が理事を務め、ロボット運用における自主安全基準の制定や、認証制度の仕組みづくりなどを活動の柱に掲げている。
Eコマースや注文後すぐに配達を行うクイックコマース(即配)サービスが拡大する中、配送の担い手不足は深刻さを増している。代替手段として自動配送ロボットへの期待は高まっており、運用面でのルールや安全対策の方向性が固まれば、市場展開は近づく。
ドローンや自動配送ロボットは新市場としての可能性はもちろん、社会課題の解決に大きく貢献できるポテンシャルを秘める。さまざまな協業を通じて、より幅広いユースケースが生まれることが期待される。