業務支援ソリューションを提供しているSaaSベンダー各社が、全国各地の地方銀行との協業に力を入れている。人口減少や少子高齢化といった問題は地方でより深刻化しており、地方の中小企業のDX推進が急務となる中、地場の企業の経営課題を知り尽くした地方銀行は有力なパートナーとなり得る。地方銀行を通じたソリューションの提供によって、各社はどのようなビジネス展開を狙っているのか。
(取材・文/大向琴音 編集/日高 彰)
freee
意識の変化がビジネスを後押しICTコンサルの知見を提供
SaaSベンダーとしては比較的早い2015年から地方銀行との提携を開始したのがfreeeだ。北國銀行(金沢市)との協業から始まり、現在では50行と連携している。特にここ1年で、地方銀行を通じた地元企業の支援では大きな成果が上がってきているという。
freee 川西 諭 部長
その背景として、freee金融アライアンス事業部の川西諭・部長は「人口減少や少子高齢化が進む中、地域活性化の一端を地方銀行で担わなければならないという意識が強くなってきた。(地方銀行が)顧客の経営課題を解決するためには、生産性向上の面で価値を提供しないといけない。そうしない限り自分たちが持つ市場自体が活性化しないと気づいた」と説明。地方銀行の事業基盤である地域の活力を維持・向上させるために、銀行自らが旗振り役となって地場の企業の生産性を改善していく必要性が高まったとの見方だ。
具体的な取り組みとしては、地方銀行が企業に対して「ICTのコンサルティング」としてfreeeの製品を含むITツールの導入・活用支援を行っている。バックオフィスの業務効率化を支援する各種機能をパッケージソフトとして提供している製品の性質上、導入企業は自社の業務を製品にあわせることが必要になる。そのため、業務プロセスの再設計などにおいて、導入を支援するコンサルティングサービスの需要が存在する。地方銀行は元々、企業の経営課題を認識してコンサルティングしてきた経験があるため、freeeからはICT領域のコンサルティングに必要な知見を提供することで、十分な支援ができるとの見方だ。
また、企業の業務フローの組み替えや、導入に際して行った業務フローの可視化など、ITツールの導入・活用支援のための知見は、freee以外の製品を提案する際にも生かすことができる。川西部長は「極端に言えば、ナレッジを活用してもらうことで顧客貢献ができて、中小企業の皆さんが適切に業務改善ができるなら、選ぶ製品がfreeeでなくても構わない」としつつ、あくまで「freeeの製品の力は信じている」と力を込める。
サイボウズ
地域のデジタル化を“地産地消”で推進する
ノーコード/ローコードツール「kintone」などを提供するサイボウズも、17年9月の伊予銀行(松山市)との協業から地方銀行との連携を開始した。
この取り組みでは、地方銀行が企業に対して「デジタル化コンサルティング」を行い、顧客に対してサイボウズの製品を含めたITツールの導入支援をしている。具体的には、まず地方銀行の各支店の営業が、それぞれの顧客の業務やシステムに関する課題を拾い上げる。加えて、課題解決に適したITツールを提案するだけでなく、専門部隊がITツールの活用支援まで担う。サイボウズは地方銀行の提案活動や、導入企業での活用などをサポートをする仕組みだ。
現在、20行以上と協業をしており、取り組みを通じて500社以上の企業が同社の製品を導入している。
サイボウズ 渡邉 光 部長
kintoneを提案するメリットについて、サイボウズ営業本部パートナー第1営業部の渡邉光・部長は「デジタル化のコンサルティングをするとなると、(地方銀行には)ITの知識やスキルが必要だと思われることがある。kintoneはノーコード/ローコードでシステムをつくることができるので、コンサルティングをする地方銀行も、実際に導入する企業も、そこまで高度なIT知識は必要ない。むしろ、業務知識や経営の知識が必要になってくる」と話す。
kintoneはあくまでプラットフォームであり、企業の業務を実際に改善するためには、課題に合わせたアプリケーションを構築していかなければならない。地方銀行は企業の伴走者となり、どんなアプリケーションを作るかについて綿密にすり合わせをする必要がある。その点、「地方銀行は業務知識と経営知識の二つをバランスよく持っているので、デジタル化コンサルティングに向いている」(渡邉部長)と指摘する。
とはいえ、業務のデジタル化にあたっては地方銀行だけで解決できない課題が発生することもある。そこで活躍するのが地場のITベンダーだ。サイボウズでは、地方に根差すサイボウズのオフィシャルパートナーと地方銀行をつなぎあわせて、ITの“地産地消”を推進する構造をつくっている。例えば、長崎県の企業に長崎県の銀行がコンサルティングをして、長崎県のサイボウズパートナーがSIなどの支援に入る。これにより「長崎県の中でお金が循環するので、最終的には地方銀行にもお金が戻ってくる。この地産地消のビジネススキームを意識している」(渡邉部長)。
今後は、サイボウズが起点となり、デジタル化に向けたコンサルティングに取り組む地方銀行のコミュニティづくりを目指す。ノウハウの共有や人材の交流など、地方銀行同士のつながりを形成することで、アライアンスの活性化につなげたい考えだ。
SmartHR
行員の働き方に寄り添った提案を実践
SaaSベンダーにとって地方銀行が有力なパートナーであることは間違いないが、銀行側から見れば、ITの導入支援は顧客企業に提供しているさまざまなサービスの一つという位置づけだ。SmartHRは、20年から金融機関との協業を開始しており、パートナービジネスグループの後藤達也・部長は「(金融機関にも)本業があるので、どうすればより紹介してもらいやすい環境になるのかを常に考えるべき」と指摘する。
SmartHR 後藤達也 部長
SmartHRは全国に五つの拠点を持つ。日々の営業活動で認知してもらうことが難しい層を開拓していくことを考えたとき、地方銀行が持つ顧客はとても魅力的だ。コロナ禍でオンラインのコミュニケーションが活発になったが、SmartHRは各拠点の人員を活用し、銀行の支店を密に訪問して話し合いを続けているほか、勉強会もオフラインで開催するなど、地方銀行の働き方に寄り添った提案活動を行い、ビジネスマッチングという形で地方銀行を通じて製品を企業に紹介している。
後藤部長は、オンラインでの話し合いが当たり前にできるようになった今だが、あえて「もっとウェットな取り組みがしたい」と述べる。「より多くの行員の人たちから話を聞きたい。時代に逆行した取り組みかもしれないが、サービスの導入を通して少しでも地方の企業が活性化するのであれば、どれだけ訪問してもいいと思っている」と力を込める。
マネーフォワード
安心のブランドでデジタル化の第一歩を支援
業務DXサービス群の「Mikatano」シリーズを22年から提供しているマネーフォワードは、法人用資金管理サービス「Mikatano資金管理」、グループウェア機能などが搭載されたDX支援ポータル「Mikatanoワークス」、請求書管理サービス「Mikatanoインボイス管理」の三つの製品を36の銀行を通じて提供している。
(左から)マネーフォワードの田島達也・本部長と本川大輔・執行役員
Mikatanoシリーズは、「みやぎんMikatanoシリーズ」のように名前に銀行名(ここでは宮崎銀行)をつけて企業に提供している。同社執行役員でマネーフォワードエックスカンパニーの本川大輔CSO(最高戦略責任者)は「各銀行の自前のサービスのように思ってもらい、積極的に売ってもらっている。導入企業としても、日々付き合いのある銀行のブランドが見えるので、安心して使ってもらえるとの意図がある」と語る。
Mikatanoシリーズは、資産データや決済データを収集・蓄積・分析する基盤の「マネーフォワードFintechプラットフォーム」をベースに構築しており、導入企業の資産の動きなどを可視化できる。地方銀行は導入企業が課題に感じていることや困りごとなどをデータからリアルタイムに見つけられ、新たな提案のヒントを得られる。導入企業から見ても、元々構築していた地方銀行との信頼関係があるため、ITに関する知見が限られる地方の中小企業でも安心して導入できるという。
マネーフォワードエックスカンパニーデジタル推進本部の田島達也・本部長は「思っていた以上に中小企業のデジタル化は進んでいない。Mikatano資金管理のような、本当に簡単なサービスからデジタルの世界に入ってきてもらう必要がある」と主張。本川執行役員は「Mikatanoシリーズは、いわゆる“シニア向けスマホ”のようにシンプルで必要最低限の機能しか入れていないので、まずデジタル化の一歩目として使ってほしい。ほかのSaaSベンダーの製品と競合する立場ではない。よりデジタル化したいのであれば、(他社のサービスを含めて)いろいろなサービスを使ってもらえばいい」と話し、同社のサービスはIT導入の入り口として最適だと強調する。
金融機関の人材育成を支援する 一般社団法人「DIGITAL CAMP」を設立
全国の金融機関への支援を強化するための取り組みとして、SaaSベンダー同士で手を組むケースも生まれている。サイボウズとfreeeはIT人材の育成を行う一般社団法人「DIGITAL CAMP」を21年に共同で設立した。金融機関向けにデジタル化コンサルタント育成の研修事業を行い、各地域の企業にICTの価値を届けることを目的に活動している。
具体的には、各金融機関から3人ずつコンサルタントの候補者を受け入れる。候補者は3カ月間でコンサルタント業務について集中的に学んだ後、所属している金融機関に戻り、OJT支援を受けながら実際に業務改善のコンサルティング業務を提供する。プログラムは1年で完結する。卒業したコンサルタントは24社84人に上る。
今後は、活動の範囲を拡大するため、募集人数の増加や、講師役の増員も視野に入れる。