データを活用し、現実の世界をデジタル技術で再現する「デジタルツイン」の実現に、ITベンダーが取り組んでいる。製造業の生産現場などで活用が進み、新たな価値を生む技術として注目度は高まっている。具体的な事例からデジタルツインの現在地と社会実装を拡大していくための課題、将来的な可能性を考える。
(取材・文/堀 茜)
現実世界の「再現」が本質
さまざまなITベンダーがデジタルツイン技術を提供しているが、その中身は多種多様だ。そもそもデジタルツインとは何を指すのか。
関連の調査レポートを発表しているIDC Japanの小野陽子・Infrastructure&Devicesリサーチマネージャーは、明確な定義は難しいと前置きした上で「デジタルツインの本質は、データを機械が理解できるかたちに構造化、モデリングし、3Dで現実世界の双子として再現すること」と解説する。
IDC Japan 小野陽子 マネージャー
デジタルツインは、予測によって事前に効率的な方法を試せる点が特徴だ。小野マネージャーによると、もともと建築や工業製品などの設計に使う3D CADで活用が進み、製造業や建設業で欠かせない技術になってきた経緯がある。
最近では、製品などの物体をデジタルツイン化するほかに、人流や交通など一定エリアの動きをデジタルツイン化する潮流もある。製造業などでは、リアルタイムでのデータ連携がより重要になり、デジタルツインをサプライチェーン全体に適用することで提供できる価値の向上が期待できるため、「静的、動的の両面でデジタルツインが必要になってくる」と展望する。
デジタルツインの普及に向けては「デジタルツイン基盤の上で動くアプリケーションなど、エコシステムの充実」を課題として挙げる。幅広い業界で活用されていくには、コストメリットを出すことも重要だと指摘する。
日立製作所
業務のつながりを可視化
日立製作所は、生産現場のデジタルツイン化ソリューション「IoTコンパス」を2018年から提供している。デジタルサービス本部データマネジメントプラットフォーム部の渡邉修至・主任技師は「業務のつながりを可視化できるのが一番のメリット」と力を込める。
日立製作所 渡邉修至 主任技師
IoTコンパスでデジタル空間に生産ラインを再現することで、工場内でばらばらに管理されている各工程のデータをつなぎ、生産業務の全体最適化につなげられる。具体的には、例えば工場の生産品の中から欠陥品が見つかった場合、どの工程のどのロットに欠陥品が含まれていたかをさかのぼって特定できるため、リコール対象を最小限にしてコストの削減が可能になるという。
データ管理範囲を段階的に拡張できることもメリットの一つで、渡邉主任技師は「サービスの特徴として、スモールスタートして広げていける」と紹介する。最初は一つの生産ラインで効果を確認し、その後、工場全体や企業全体に連携を広げることで、サプライチェーン全体の最適化が実現できるとしている。
企業におけるデータ活用では、各工程のデータのサイロ化が課題となっており、日立は、IoTコンパスで課題の解消と生産性の向上を支援したい考え。製造業向けのサービスとして始まったため、製造、組み立てといった業務でのトレーサビリティ用途の事例が多いが、再生医療のバリューチェーン全体を管理する目的でも使われている。
渡邉主任技師は「現状は、企業単位やプロジェクト単位の活用で、個別の課題に対応している。企業によって生産ラインや業務は異なるので、業界ごとなどのテンプレート化はハードルが高い」としつつも、「ビジネスの広がりという意味で、(メニュー化したパッケージとしての)マネージドサービスへの展開を目指していきたい」と話す。
NTTデータ
伴走しながら課題を解決
NTTデータは、デジタルツイン技術を顧客の課題解決の選択肢として提供。現在は製造業を中心に実装しており、顧客に伴走しながら課題解決と価値創造を進めている。
同社が重視しているのが、上流のコンサルティングだ。経営課題の何を解決したいのかを分析し、顧客にとって新しいビジネス価値がどこにあるのかを検証しながら、デジタルツイン技術を実装しているという。
事例として多いのは、自動車を中心とした製造業だ。業務の中で既に3Dモデルデータを扱っており、データ整備が不要で導入コストを抑えられることが背景にある。技術革新統括本部技術開発本部の大井玲奈・イノベーションセンタ課長は「ビジネス的なリターンをあらかじめ明確に説明するのは難しく、PoCを実施しないと価値が見えにくい。導入コストが抑えられる製造業のような業界から相談されるケースが多い」と付け加える。
NTTデータ 大井玲奈 課長
データのモデリング後、実際にデジタルツインを構築するシステムでは、米NVIDIA(エヌビディア)のプラットフォーム「Omniverse」を活用している。「一緒にデジタルツインの市場開拓をしていきたいという思いもあり、エヌビディアと協業している」(大井課長)との狙いもある。
グローバルでは、スマートシティの領域で活用が進んでいる。欧州の地方自治体では国家的な投資による中長期のプロジェクトが複数進行しているという。大井課長は「グローバルでの知見を生かせるのは当社の強みだ」とし、欧州の事例を国内でも展開していきたいとの意向を示す。
富士通
「クロスインダストリー」で活用
富士通は、社会全体をまるごとデジタル化する「ソーシャルデジタルツイン」を掲げている。課題解決のための施策を現実世界で実施する前に、デジタル空間で人や社会の動きを再現し、影響を評価することを「デジタルリハーサル」と定義。現実社会でいきなり実施すると生じる失敗や無駄なコストをあらかじめ検証することで、有効な施策を効率よく実施することを目指している。
同社は、21年にスタートした新事業ブランド「Fujitsu Uvance(ユーバンス)」の一部としてデジタルツイン技術を提供。同ブランドが目指す業種を横断した「クロスインダストリー」での展開という方針の下、各業界でデジタルツインの活用を進めている。
富士通 増本大器 フェロー
富士通研究所コンバージングテクノロジー担当の増本大器・フェローは、クロスインダストリーを実践する狙いについて「デジタルツインを特定の業種や会社に閉じるのではなく、複数の会社がウィンウィンになる、あるいは社会も含めて課題解決をするための基盤と捉えている」と語る。業種をつなぐことによって、より大きな社会的課題の解決を狙っているという。
事例は、海外で多く展開している。英ロンドンでは、特定の道路や地域、時間帯における自動車利用者に対して課金することで公共交通への転換を促し、CO2の削減を目指すプロジェクトに活用。どのエリアにいくら課金すれば利便性を維持しつつCO2を効果的に削減できるか、経済発展と安全性、環境負荷軽減を両立させるため、データを活用したデジタルツインによる事前シミュレーションが大きな役割を果たしている。
国内では製造業での実装が進む。複数の企業や自治体間でデータ共有の基盤を整えることで、幅広い業界に展開できると見通す。生産労働人口が減少していく中、業務をデジタルに置き換え、効率化するニーズも高いとし、「売り上げ、環境配慮、働く人の満足度向上という全てをかなえる方向性で、デジタルツインへの期待は高い」と述べる。
ソフトバンク
AI技術も使って未来を予測
デジタルツインは製造業での活用が目立つが、ソフトバンクは、都市計画に焦点を当てている。東京大学、小田急電鉄と共同で、神奈川県海老名市の小田急線海老名駅周辺の人流をデジタルツインで可視化し、集客など人流誘導に活用する「次世代都市シミュレーター」の実証実験を実施した。
実験では、商業施設の売り上げデータや駅の改札ログ、性別や年齢などの情報を、個人を特定しないかたちでスマートフォンの位置情報データなどと連携。街にどんな属性の人がいつ訪れるのかを把握し、売り上げに影響する集団をどう動かしていくかをデジタルツインで再現。AIの人流予測モデルも組み合わせて未来予測を行った。
予測データをもとに、映画館を訪れた人に、映画が終わるころに近くのカフェの割引券を配信したり、集客イベントをピンポイントに実施したりした。
その結果、誘導エリアの来場者を最大10%程度向上させたほか、1イベントの滞在時間を1人当たり15~20分程度延長させることができたという。
ソフトバンク 國枝 良 部長
AI戦略室産学連携事業推進統括部の國枝良・AI事業研究推進部部長は「KGI(経営目標達成指標)を明確に設定し、達成に向かって実行すること」を重視したと解説。さらに、プロジェクトを進めるためには、関係者にメリットを分かりやすく提示し、効果を測定できる点が重要になったと振り返る。
実証実験の場所となった海老名駅周辺は、商業施設や公共施設、マンション、オフィスなど、街の機能が凝縮されている。実証実験は23年3月で完了したが、小田急電鉄は実証実験で行った内容を継続し、集客に活用している。
國枝部長は「街全体の人流予測を社会実装した例として、ほかの街に横展開していける可能性が大きい」とし、「街の課題は数多くあり、それを一つ一つ解決するためのデータ活用の手段として、デジタルツインのビジネスチャンスは大きい」と強調する。