日立製作所は、「OT×IT×プロダクト」の融合を強みに、社会イノベーション事業を成長戦略の柱に据えている。その構成要素の一つである「OT(Operational Technology、産業向け制御技術)」を支えている拠点が、茨城県日立市の大みか事業所だ。歴代社長を輩出した拠点でもあり、OTに関わるハードウェアやソフトウェアの開発、生産のほか、GX(Green Transformation)の実証フィールドとしても活用されている。大みか事業所を訪れ、日立製作所のOTの取り組みに迫った。
(取材・文/大河原克行 編集/日高 彰)
「総合システム工場」として操業開始した大みか事業所
日立製作所の社会イノベーション事業は、50年以上の歴史を持つITと、100年以上にわたって電力や鉄道、鉄鋼、水資源といった社会インフラを支えてきたOT、それらを物理的に実現するプロダクトで構成する「OT×IT×プロダクト」のかけ合わせが強みだ。
中でもOTの領域では、24時間365日の連続稼働が前提となる重要インフラを安定的に稼働させることが求められるが、日立製作所はそれを支え続けてきた実績を持つ。例えば鉄道分野では正確かつ安全に列車の運行を制御する運行管理システムを提供し、電力分野では発電から送変電、配電のほか、電力会社の情報システムまでを網羅し、電力の安定供給を支えるシステムを構築してきた。公共・産業分野では水の供給を制御するシステムを手がけてきた。
社会ビジネスユニット制御プラットフォーム統括本部の千葉大春・統括本部長は、「OTで求められるのは、安全性、信頼性の確保、長期稼働の保証である。日立製作所は、社会に貢献するため、重要インフラを支える情報制御システムを、顧客とともにつくり上げてきた。それが日立製作所のDNAとなっている」とする一方、「時代に合わせた機能の刷新が求められている。昨今の『ミッションクリティカルIoT』の分野では、現場システムや基幹システム、外部システムとさまざまなデータを共有し、これをAIによって解析。堅牢性が求められる社会インフラにおいても、社会変化を感知した柔軟な対応を可能にしている」と胸を張る。
OTの中核拠点となっているのが、茨城県日立市の大みか事業所だ。操業は1969年と55年の歴史を持つが、日立製作所が独自に新設した国内工場としては最も新しい。また、東京ドーム約4個分にあたる20万1000平方メートルの敷地面積も、ほかの生産拠点に比べると規模は小さいほうだ。
だが、「世界に冠たる総合システム工場」を目指して発足した拠点で、情報制御システムに関する開発、製造、保守、品質保証、運用サポートまでを網羅する一貫体制を持つ総合システム工場として稼働し、業務アプリケーションから制御機器までを開発、生産し、供給する役割を担っている。2020年1月には、世界経済フォーラムが選出する先進的工場である「Lighthouse」に日本企業で初めて選ばれ、名実ともに世界に冠たる総合システム工場であることを証明した。
長期稼働実現のための自律分散フレームワーク
大みか事業所にはいくつかの特徴があるが、その中でも特筆できるのが、これまでに約4000の社会インフラシステムに適用されてきた実績がある、自律分散フレームワークによるソフトウェアの設計、開発の実績である。
千葉統括本部長は、「制御システムを安全に拡張・保守できるアーキテクチャーをフレームワーク化し、高信頼なシステムの安定開発を可能にしている。仮に、サブシステムの一つが不稼働な状態になっても、全体のシステムには影響しない仕組みとなっており、サブシステムは自らを制御し、互いに協調して稼働する。また、新たな機能を持ったサブシステムを追加することも容易にできる点も特徴の一つだ」と位置づける。
自律分散フレームワークのコンセプトを採用した代表的な社会インフラシステムとして、東日本旅客鉄道(JR東日本)が導入している「東京圏輸送管理システム『ATOS』」がある。首都圏の高密度線区の列車運行管理を実現する大規模自律分散型システムで、車両や信号などを対象に鉄道輸送に関わる制御を行う一方、運行状況案内や遅延情報案内などの情報系システムと連動。「安心・安全・確実」な運行を24時間支えている。
自律分散フレームワークによって、駅を自律した一つのサブシステムとして成立させることができ、既存の線区を拡張する際にも、終電後の深夜の時間帯を利用することで通常の営業運転を止めずに新駅の追加や試験が行えるようになり、駅単位で切り離した保守も可能となっている。
鉄道システムに限らず、社会環境や市場環境が急速に変化するなかで、システムの柔軟な対応が求められているが、自律分散フレームワークによって、こうした要請に対応したシステム開発や運用を実現している。
大みか事業所では、設計、開発だけでなく、自律分散フレームワークによって導入したシステムの安定稼働に向けた仕組みも用意している。本番環境と同じものをサイバー空間上に再現した「総合システムシミュレーション」を大みか事業所で運用し、サブシステムの追加や新機能の試験などに活用しているのだ。
「お客様が実稼働中の環境では実施できないシステム試験を、シミュレーター上で網羅的に実施することができる。改造リハーサルも可能であり、変更などの要望にも柔軟に対応できる。システム引き渡し後も、安全安心なオペレーションをサポートしている」とし、社会インフラに対する長期安定稼働と絶対品質を担保するための重要な仕組みになっている。
防衛訓練のための専用施設
もう一つ、大みか事業所で特徴的なのが、サイバー攻撃に対する防衛訓練が行える専用施設「NxSeTA(Nx Security Training Arena)」を設置していることだ。
サイバー防衛訓練施設
「NxSeTA」
17年から稼働している同施設は、重要インフラに対するサイバー攻撃の脅威に備えて、人材育成や組織運営を強化する役割を担う。社会インフラシステムを稼働する企業の情報システム担当者、制御システム担当者、経営者らが「ブルーチーム」(防御側)となって参加。サイバー攻撃に対するインシデント対応だけでなく、現場からの報告、経営層の判断、実行までを検証する。
演習中は、専門知識を持った大みか事業所のメンバーが「ホワイトチーム」(評価役)としてサポート。判断に困った場合には対応方法を指導する。また、訓練終了後にはフィードバックを行い、レポートとしてまとめて、改善点や課題を明確化する。
「サイバー攻撃はITシステムを対象としたものが多かったが、ここ数年は、電力や鉄道などの重要インフラ設備に対する攻撃が世界各国で発生している。監視や分析、判断、行動を、組織としてスムーズに連携できるチームとしての対応能力の強化と、それらを実行できる人材育成が必要である。NxSeTAを活用することで、模擬環境での訓練と人材育成が可能になる」(制御プラットフォーム統括本部制御セキュリティ設計部の藤江友喜・技師)とする。
日立市との連携をGXのモデルに
大みか事業所の新たな取り組みの一つが、「大みかグリーンネットワーク」である。大みか事業所をハブとして、地域企業や近隣企業、サプライヤー、公共機関、金融機関、教育機関といったさまざまなステークホルダーが参加し、脱炭素に関する実証を行い、技術やノウハウを蓄積。協創成果をもとに、「GXトータルシステムエンジニアリング」としてソリューション群を体系化し、カーボンニュートラルの実現と社会課題解決に取り組むことになる。「お客様と創り上げる脱炭素支援ネットワーク」と位置付ける。
具体的な活動例として、23年12月に、日立市と締結したスマートシティ実現に向けた共創プロジェクト包括連携協定の取り組みがある。日立製作所は「ひたち協創プロジェクト推進本部」を社内に発足し、社会イノベーションに関するプロフェッショナル人材など50人以上の体制で取り組んでいる。メンバーは日立市への駐在を開始しており、具体的な検討を加速しているところだ。日立市が打ち出した「ゼロカーボンシティひたち」の施策とも連携し、日立市全体のCO2排出量を30年には13年比で46%削減し、50年には実質ゼロにするという目標に向けて支援する。
大みかグリーンネットワークとの連携第1弾として、日立市内の中小企業のエネルギー使用量やCO2排出量の可視化を支援する「中小企業脱炭素経営支援システム」を提供。環境情報管理サービス「EcoAssist-Enterprise」を通じて、計画立案や達成状況の把握、削減計画の管理などを行えるように支援する。
徳永俊昭 副社長
日立市のCO2排出量の約7割は産業領域によるもので、全国平均の約4割を大きく上回っている。また、その半分が中小企業からの排出となっている。日立製作所の徳永俊昭・代表執行役執行役副社長は、「環境対策は、中小企業が1社ごとに取り組むには大きな負担がかかる。日立製作所が貢献できる部分が大きいと考えている」とし、大みか事業所自らが実証フィールドとなって脱炭素を推進する姿勢を示す。日立製作所では、30年度に工場やオフィスなどの事業所におけるカーボンニュートラルを達成する目標を掲げているが、大みか事業所は先行事例として24年度に達成する計画だ。
大みか事業所では、約900カ所に電力センサーを設置し、建屋別の電力使用量を計測。太陽光パネルを設置して、事業所全体で使用する約6%の電力を発電している。26年度以降にはパネルの設置台数を増やし、現在の2.5倍となる2062kWの発電容量にまで拡大する計画だ。
徳永副社長は、「日本には、地域生産額における第2次産業の割合が40%以上、人口が10万人以上といった、日立市と同様の特性を持つ都市が100以上ある。日立製作所と日立市の取り組みが、Society 5.0を実現するスマートシティモデルの確立につながることを目指す」と意気込む。
大みか事業所は、社会インフラを支える拠点として、OTの総合システム工場としての役割を果たす一方、カーボンニュートラルやスマートシティの実現といった社会からの新たな要請に対しても応えられる拠点へと進化している。
高効率生産モデルを実現
大みか事業所では、ハードウェアの設計、製造における高効率生産モデルを実現している。社会インフラを支える情報制御システムは、用途や顧客ごとに要件が異なるため、多品種少量の受注生産が基本になる。制御盤には1台あたり300~500種類の部品が組み込まれ、200種類のケーブルの中から最適なものを選択して配線するなどしている。
RFIDを駆使した制御盤の組み立てライン
制御盤の組み立てラインでは、約8万枚のRFIDと、500台のRFIDリーダーを活用した「RFID生産監視システム」を導入。作業者は、指示カードを読み取ることで、1台ずつ仕様が異なる制御盤の組み立てでも、正確な作業が行える。
現場から得られる4M(huMan、Machine、 Material、Method)データを収集、分析して、属人化していた暗黙知をモデル化。これまでの改善活動の取り組みにより、制御装置の生産リードタイムを50%短縮した事例もあるという。