フード業界では、人手不足の問題に加え、物流の「2024年問題」、天候不順や為替の影響による輸入原材料の価格変動への対応、ESG経営の観点から廃棄物の削減・再利用が求められるなど、経営環境を取り巻く課題が複雑化している。食品関連企業向けに事業を展開するITベンダー各社は、デジタル技術を活用した業務効率化の必要性が高まっていると見てソリューションの強化を図るとともに、パートナーを通じた販売を加速している。
(取材・文、藤岡 堯、大畑直悠、齋藤秀平)
日本IBM
「守り」と「攻め」の両構えで変革を
日本IBMは長年、食品製造業のDX支援に取り組んでいる。現状について、流通サービス事業部の菅野信広・理事は「まだまだ進んでいない。逆に言えば、ビジネスの伸びしろは大きい」とみる。数年前と比較すれば「投資や新たなことを始めようという事例は格段に増えている感がある」(同事業部の佐藤和樹・プリンシパル・データ・サイエンティスト)のは確かであり、企業の意欲は確実に高まっているようだ。
日本IBM 菅野信広 理事
食品製造業はほかの製造業に対して1社あたりの規模が比較的小さく、多額の投資が難しい面があり、DXを遅らせる一因になっている。ただ、ここ数年で製造業向けのさまざまなソリューションが普及した結果、導入しやすくなりつつある。食品産業全体の景況が上向いていることも追い風となり、今後ますますデジタルへの投資が高まる可能性もある。
日本IBM 佐藤和樹 プリンシパル・データ・サイエンティスト
食品製造業ならではの課題は多く、複数のサプライヤーから原材料を仕入れていることに加え、時期や天候などによってサプライヤーが刻々と変化したり、食品は原材料表示のルールが厳しく定められているため、調達先がどのような材料をどう加工しているかといった詳細まで把握したりする必要がある。このほか、食の安全に関する意識の高まりや顧客ニーズの多様化、熟練開発者の技術継承など、デジタル技術で解決を見込める領域は広大だ。
足元のニーズとしては、老朽化した基幹システムの再構築やデータ基盤の整備といった「守りのDX」が中心であるが、デジタル技術によって事業に変革を生むような「攻めのDX」が徐々に広がると期待される。
菅野理事は「守りと攻めを一緒に進めるほうがいい。すべての領域を真面目にする必要はない」と話し、基幹システムやデータ整備に課題があったとしても、効果を見込めれば、PoCレベルでも着手したほうが望ましいとの考え方を示す。コストは必要になるが、一つの投資を複数の用途に応用すれば投資効果を最大限に引き出すこともできる。そのためには、事業の中身を切り出し、何にどこまで投資すべきかを判断する必要があるが、ユーザー企業だけでは難しい場合もあり、ITパートナーやコンサルティングの後支えが欠かせない。日本IBMでも見極め段階から支援に入るケースがあるという。
日本IBM 猿渡一仁 アソシエイト・パートナー
また、従業員の変革への意欲を経営層がいかに受け止め、事業に取り入れていくかも重要だとする。同事業部の猿渡一仁・アソシエイト・パートナーは、大手飲料会社で、生成AI活用に意欲的な従業員に学習の機会を設け、その成果をそれぞれの所属部署に持ち帰り、現場レベルで理解を深めている例を紹介し、「これがデジタル化を早める」と指摘。意欲を育てる社内風土も成功のかぎを握るようだ。
日本IBMは近年、五つの「価値共創領域」を掲げており、食品製造業界向けにもパートナーや顧客と協力して事業展開する方針だ。食品製造業は地域の経済を支える中小規模の企業が多く、佐藤プリンシパル・データ・サイエンティストは「中小規模の企業に対しては、地場のSIerと一緒に取り組まなければならないと考えている。そういう事例も出ており、活動をもっと増やし、共に課題解決できるようになればいい」と話す。
内田洋行
トータルソリューションで顧客を支援
内田洋行が提供する食品製造・卸業界向けERP「スーパーカクテル Core FOODs」は、原価と生産、販売の三つの管理パッケージを連携させ、データの活用や可視化などで業務効率化を後押ししている。12月末頃にはバージョンアップを予定しており、新たに倉庫管理を最適化する物流業務向けパッケージをオプションとして追加する予定。食品業界向けのトータルソリューションの展開で顧客を支援する構えだ。
内田洋行 土屋正弘・上席執行役員(右)と徐春朝・部長
上席執行役員の土屋正弘・情報ソリューション事業部事業部長は、「食品業界は、賞味期限の管理などとともに、物流の2024年問題やフードロスの削減に対応しなければならない。無駄のない生産計画を組み立てつつ、物流の効率化が図れるシステムが求められている」と指摘する。
同社ではこれまでも顧客の要望に応じて倉庫業務の効率化を支援しており、入出荷時の検品作業のデジタル化やハンディーターミナルの活用に加え、自律搬送ロボット(AMR)を導入し、基幹システム内に蓄積した商品の倉庫内の所在を示すデータと連携してピッキング業務を省人化した事例もあるという。土屋上席執行役員は「倉庫内でAMRなどを活用するためのネットワークまで含めた空間構築ができることは当社ならではの強みだ」とアピールする。新たな物流パッケージにはこれらで得た知見を盛り込む予定だ。
新バージョンではこのほか、オプションとして提供してきた、電子帳簿保存法に準拠した文書管理機能に加え、発注書や請求書、納品書を送信先に応じてファクスやメールなどで自動配信できる「AirRepo」を標準機能として搭載する。
情報ソリューション事業部ソリューション営業部の徐春朝・部長は、食品製造業界で重視される課題として「トレーサビリティーをいかに確保するかは重要な点」だとし、例えば問題が起きた場合に、使った材料のロットや出荷先などの一連のデータがつながっていなければ、人手を費やして特定する必要が生まれてしまうという。徐部長は「業務ごとにばらばらのシステムを使っている、自社開発したシステムが属人化しており知見を継承できない、といった課題に対し、スーパーカクテルを使って業務プロセスやデータのやり取りを一元的につなげたいという引き合いは多い」と紹介する。また、ウイングアーク1stのデータ分析エンジン「Dr.Sum」やデータ可視化ツール「MotionBoard」などと連携させ、データ活用を進める顧客も多いとする。
販売面では、パートナーとの協業によるビジネスの拡大に意欲を示す。パートナー同士の交流会である「USAC会」で、営業や顧客サポートのノウハウを共有する場を設けていると紹介し、土屋上席執行役員は「新規パートナーも取り込みたい」と話す。その上で「スーパーカクテルの強みはパッケージでありながらカスタマイズできること。顧客の要望に合わせてコーディネートしてほしい」と呼び掛ける。地銀と連携した地方への拡販も進める方針だ。
インフォマート
卸売り業者の業務をデジタルに転換
インフォマートは、企業間商取引を電子化する「BtoBプラットフォーム」シリーズなどをフード業界に提供している。最近では、同シリーズに加え、グループとして卸売業者向け受発注システム「TANOMU」の拡販にも注力。紙などのアナログの方法で成り立っていた卸売業者の業務をデジタルに転換し、フード業界のDX推進につなげる方針だ。
同社は、1998年に設立して以来、フード業界を中心に事業を展開してきた。BtoBプラットフォームシリーズのうち、Web上で発注と受注ができる主力の「BtoBプラットフォーム受発注」は今年3月末現在、飲食チェーン3966社、飲食店7万7608店舗、卸売業者4万4656社が利用。23年のBtoBプラットフォーム受発注を介した流通金額は2兆2743億円で、コロナ禍前の19年を上回った。
人手不足や原材料費の高騰、物流の2024年問題と、フード業界が抱える課題は多く、解決策の一つとしてシステムの導入を進める動きはある。しかし、依然としてアナログの業務が残っており、チェーン店と個店で差が出ているのが現状だ。
インフォマート 石塚賢吾 部長
同社によると、モバイルオーダーシステムなどのフロント業務は、チェーン店でも個店でもデジタル化が一定程度進んでいる。一方、バックヤードの業務については、個店では紙などによる人手を必要とする方法で進められているといい、フードマーケティング部の石塚賢吾・部長は「バックヤードの業務のデジタル化は、フロントの業務に比べて後回しになっている」と指摘する。
卸売業者にとっては、アナログで業務を進める店舗からの注文は、電話やファクスで受けるケースが多く、手作業での集計や管理は大きな負担になっているという。こうした状況を解消するため、同社は21年、TANOMUを提供していたタノムと資本業務提携を結び、販売代理店としてTANOMUを拡販。300社超の受注を達成したことから24年3月に連結子会社化し、グループのフード事業の成長エンジンにしている。
TANOMUは、卸売業者がスマートフォンなどを使って店舗側からの注文を受け付けたり、新商品などを案内したりできるのが特徴。BtoBプラットフォーム受発注は基本的に直販でフード業界に導入を広げているが、TANOMUに関しては、販売パートナーを通じた拡販も想定しており、基幹業務システムや売り上げ管理システムを取り扱う販社との協業を増やす方針。インボイス制度などへの対応のためにシステム化が活発になると予想する中堅以下の卸売業者を狙い、その先の店舗側での活用も見込む。
インフォマート 杉山大介 上席執行役員
フード事業を統括する杉山大介・上席執行役員は「パートナーにとっては、取り扱う商材にTANOMUのデータを連携させられるほか、われわれが抱える4万社を超える卸売業者の市場に入り込むきっかけにできる」と説明。TANOMUを入り口とした追加提案にも注力し、中期重点施策に掲げる「卸の受注100%デジタル化」を目指すと意気込む。