アドビシステムズの代表取締役社長に、石井幹氏が昇格した。これまでも代表取締役副社長として、実質的に日本法人の運営を行っていた石井氏だが、社長に就任したことで、「パートナーおよびエンドユーザーの皆さんに、日本法人としてのメッセージをきちんと伝えていく」と抱負を語る。アドビが日本のパートナー、エンドユーザーに伝えるべきメッセージとは何か。
パートナーやユーザーのために社長として日本法人に携わる
――社長就任、おめでとうございます。
石井 ありがとうございます。
――ご自身に、代表取締役社長就任が伝えられたのはいつですか。
石井 6月中旬に内示をもらいました。実は今回、社長としてビジネスを統括したいと、米本社の経営陣に私から話をしました。ちょうど5月に、米本社の経営陣が来日する機会があったので、その時に社長として日本法人に携わりたいと話をしました。私が社長に就任するまでは、米本社の上級副社長であるジム・スティーブンスが日本法人の社長を兼任していました。
米本社の役員が日本法人の社長を務めると、通常よりも日本に対する米国のサポートが手厚くなります。また、日本という市場の特性も理解しやすいというメリットもあります。しかし、日本のパートナーやエンドユーザーの方から、「日本法人として、どうなんですか」とたずねられた時に、答えをすぐに出せないといったデメリットもあります。やはり、日本法人として、きちんと市場にコミットしていることを示すためには、兼任ではない日本法人の代表取締役社長の存在が不可欠だと考えています。
――石井社長は、副社長時代から代表権をもち、実質的には日本法人を統括していたわけですが、やはり社長になると違う面はありますか。
石井 今、当社はビジネスの幅を大きく広げようとしています。従来から手がけてきたポストスクリプト、グラフィックス、電子ドキュメントといったクリエイター向けの製品群に加え、アクロバット、アクセリオといった官公庁や企業の情報システム担当者に向けた製品群が増えています。こうした新しいターゲットへ販売していくためには、日本法人としてきちんとメッセージを出していく必要があります。
――日本法人としてのメッセージとは、具体的にどのようなものですか。
石井 製品の幅は大きく広がっているが当社の姿勢は従来から変わっていないということです。コアの部分はどの製品でも共通しています。アドビシステムズのテクノロジーは、常にコミュニケーションをより良くしていくために開発されています。コミュニケーションの媒体は、静止画、動画、ウェブ、紙、電子化されたドキュメントと幅は広がっていますが、基本は変わらないのです。
米本社のブルース・チゼン社長兼CEOが好んで使う例え話があります。「ホンダは、スタートした時には二輪車のメーカーだった。その後、四輪車にも進出したが、そのために二輪車事業がなくなったかというと、決してそうではない。むしろ、エンジンという武器が二輪車と四輪車の両方で発揮され、企業としての強みを増した。アドビも同じだ。コアの強みを失わなければ、事業が拡大してもその企業の良さが失われることはない」というものです。このメッセージは日本でもきちんと伝えていく必要があると思います。
――アドビ製品は各分野のプロが使うものが多いだけに、要求も細かく、濃いものが多いですが。
石井 その通りです。私も指摘を受けて、そういう使い方があったのかと驚かされることも多いくらいです。
法人向けに販社網を構築電子政府の取り組みも視野に
――エンタープライズ向け製品を販売するためのパートナーの構築、ユーザーの開拓はどれくらい進んでいますか。
石井 開拓の真っ最中といったところです。おそらく大手企業ユーザーのほとんどは、何らかの形でアドビ製品を使われたことがあると思います。しかし、全社で利用してもらっているか、あるいは情報システムのコンポーネントのひとつとして活用してもらっているかという点では、まだまだといえるでしょう。パッケージ単体での利用がほとんどだと思います。これを変えていくためには、システム販売ができるパートナー網を構築していく必要があります。パートナーに対しては、当社の製品を情報システムで活用していく場合、どういったメリットがあり、どうすれば最適のシステムが構築できるのかをきちんとアナウンスしなければなりません。
――アドビ製品を利用するメリットとは何ですか。
石井 具体例のひとつが、PDFです。すでに多くの企業がPDFを利用していると思いますが、PDFは作るのも直すのも簡単です。例えば、官公庁の電子政府への取り組みでは、紙のソリューションを電子化する際にPDFが大きな威力を発揮します。まず、紙を見た目そのままに電子化できます。紙の様式に慣れた人にとっては、見た目が同じということで、電子化による敷居の高さがなくなるはずです。
また、当分は紙と電子データの共存が続くことになるでしょう。その場合、両方のデータを行き来させるのにPDFとアクロバットは適しています。さらに、紙を使った作業の流れを電子化するワークフロー、承認フローなどの業務にもアクセリオ製品とPDFが最適です。こうした製品をどう活用していくのかについては、PDF研究会、電子申請推進コンソーシアムといった組織を通じて多くのパートナーに参加してもらい、具体的な事例作りなどを進めています。これが大きな力となっています。
――従来からのグラフィックス関連事業についてはいかがですか。石井社長のプレゼンテーションでは、アクセリオやPDFにばかり力が入っているように見えるのですが。
石井 グラフィックス製品は力を抜いているなんてことは決してないですよ(笑)。
社内からも、「これから自分たちはどうなるんだ」という声もあったんですが、米本社のチゼンCEOも、「ビジネスをシフトしているのではない。拡大しようとしているのだ」とはっきり言っています。今後もこの点は変わりません。
――実はアドビに対して「うらやましい」という声をほかのソフトメーカーからよく聞きます。「マイクロソフトに攻められない、確固たる市場を作っている」という意見です。なぜ、アドビはそれだけ強固な市場を構築できたのでしょうか。
石井 振り返ってみると、アドビがもっているマーケットは、すでにある市場を取るというのではなく、自分自身で作った市場がほとんどなんですよ。ポストスクリプトはパソコンできれいにプリントするという市場を作ったわけですし、フォトショップは写真のデジタル編集といった具合です。新市場を連続して創出するという点が、アドビの強さといえるのではないでしょうか。今後も他社が着目していない市場を作り出していくことで、将来の成功につながっていくと思います。
眼光紙背 ~取材を終えて~
アドビに買収されたアルダス社時代から数えると、同社との関わりは11年に及ぶ。「本社のスタッフでも、古株なんですよ」と笑う。それほどアドビのことを良く理解していたうえに、昨年9月からは代表権をもつ副社長として日本法人を統括してきた。
それだけに、今回の社長就任に対しては、「自分の口からいうのも変だが、社内、社外ともに違和感はなかったようだ」とか。しかし、新しいビジネスへの拡大を狙う時期だけに、米本社から日本法人に対する期待も高く、社長としての責任は重大だ。「企業や官公庁へ入り込むためには、副社長の名刺ではなく、社長の名刺が必要」自ら判断を下した石井社長の手腕に期待したい。(猫)
プロフィール
石井 幹
(いしい みき)1985年、東京大学工学学士号取得。同年、サムシンググッド(現アイフォー)入社。89年、ページレイアウトソフトウェア「PageMaker(ページメーカー)」の最初の日本語版事業に携わる。92年、アルダス社設立時に同社に入社し、取締役商品企画部長に就任。94年、米国でアドビシステムズ社によるアルダス社買収にともないアドビシステムズ株式会社に移籍。マーケティングディレクタ、営業本部長、代表取締役副社長などを経て、02年7月15日付で代表取締役社長に就任。
会社紹介
アドビシステムズの製品の多くは、日本でもデファクトスタンダードとなっている。BCNランキングによると、グラフィックスソフト部門で高いシェアを誇る。「フォトショップ」、「イラストレータ」といった製品は競合がないといってもいいほどだ。さらに、ビジネスソフトの総合ランキングでも、アドビのシェアは高い。特にソフトの単価がほかのソフトに比べ高いこともあって、本数シェア以上に金額シェアが高いことが大きな特徴だ。
同社が新たに注力しているのが、今年2月に買収したアクセリオ社の製品群による電子フォームソリューションである。アクセリオ製品を核として、企業向けや電子政府向けソリューションを提供し、新たなマーケット拡大を狙う。今回、石井社長就任の背景には、企業や官公庁向けに販売を行うには日本人の社長が望ましいとの判断があったようだ。