役者不足との印象も否めない中央政界に対して、“改革派”と呼ばれる地方自治体トップへの注目度は高い。なかでも行政のIT化の取り組みでは、岐阜県の梶原拓知事の存在と実績は群を抜く。政府のIT戦略本部の本部員として、地方の立場から積極的な発言を行う一方、他の自治体の参考になる新しい行政サービスの開発にも余念がない。梶原知事が描く「電子自治体」の姿とは。
岐阜県を全国のモデルに、各自治体の連携が必要
――梶原知事は、電子自治体のリーダー的な役割を担っていますね。
梶原 政府のIT戦略本部の本部員や全国知事会の情報化推進対策特別委員会委員長を務めるほかに、1995年に岐阜県が立ち上げた任意団体、全国情報通信基盤等整備促進協議会には全国47都道府県が参加してくれています。そうした役目を果たしながら、岐阜県のIT戦略が全国のモデルとなるべく使命感をもって取り組んでいます。
欧米、韓国、シンガポールに比べて立ち遅れた日本を相当の馬力でIT化していかないと、ますます世界にとり残されてしまうという思いです。
――IT化は、都市や道路づくりに通じる部分もありますか?
梶原 社会基盤や産業基盤は、時代とともに変化します。道路や橋は、鉄やコンクリートでつくる骨格系、筋肉系のインフラです。情報化が進展すれば、頭脳系、神経系のインフラへと移行せざるを得ません。大きな時代の流れを政治家も官僚も予見して対応していれば、今頃になって高速道路網をどうするかといった議論も起こらなかったのではないでしょうか。
――地方のIT化をどのように進めていくべきでしょうか。
梶原 コンピュータの世界も、かつてはスーパーコンピュータで一極集中コントロールするという時代がありましたが、いまではパソコンをネットワークでつないでスーパーコンピュータと同じ仕事ができます。
政治も同じことで、東京一極集中というのは、もう先進国が取るべき政治行政構造じゃない。東京中心に単細胞動物になってしまって外界の変化に対応しきれなくなっているのは、今の状況を見れば判るでしょう?。これからは、地方分権が進み、それぞれの地方自治体が1つの国のように自主性をもちながら連携して有機体となっていく。それによって変化にも柔軟に適応できる体制をつくれるのではないでしょうか。
岐阜県がもし独立するとしたら、チリ、ニュージーランド、チェコと同じ世界で43番目の経済力となり、国際社会でも十分に通用する規模ですよ。静岡、愛知、三重、岐阜の東海4県ならカナダ、スペイン並みで11番目となる。日本列島に閉じこもって足の引っ張り合いをしているようじゃダメ。各自治体が自立的な精神と国際的な視野をもって動かなければ日本は変りません。東京が日本を変えることは期待できない。各自治体がいろんな行動を起こして良いモデルを各地域でつくり、そのモデルを各都道府県が導入していく。私は“善政競争”、良い政治を行う競争と言っていますが、武力を使わない革命です。
――ITが武器になるわけですね。
梶原 いまIT化を進めるうえで、公共分野のビジネスモデル、いわゆる「公共モデル」の開発が最重要課題になりつつあります。IT化の歴史を振り返れば、まず銀行など金融機関の電子化から始まり、次いで大企業が新しいビジネスモデルの実現や業務改革に活用した。これからは、中小・零細企業のIT化、そして行政のIT化が巨大なマーケットとなるでしょう。
通信のブロードバンド化もほぼ見通しが立ってきました。情報端末の普及も急速に進み、情報リテラシーも40-50代の女性がIT講習会に参加して家庭のIT化も本格化してきました。インフラ、端末、ユーザーが育ってきた今、最大の問題は公共モデルを開発できる専門家などの人材不足です。電子政府・自治体を進めていくうえでの隘路になるのではと懸念しています。行政の業務改革、BPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)まで踏み込まなければ、電子政府・自治体も意味がありません。
“デジタルガバメント”を提唱、行政サービスをデジタル化
――公共モデルの開発はあまり前例がないですね。
梶原 確かに未開の分野です。そこで慶應義塾大学環境情報学部長の熊坂教授の協力を得て、どんどん新しい公共モデルの開発を進めてもらうことにしました。政府もe-Japan戦略でIT化に向けた環境整備を積極的に進めてきましたが、業務をオンライン化するだけで精一杯なんです。電子政府の課題は縦割りをいかに横割りにするか、省庁間、局間の壁を取り除いていくか、それが国の業務改革です。IT戦略本部でも、日本経団連副会長の岸(暁・東京三菱銀行会長)さんが港湾通関業務のワンストップ化を実現しようと主張されてきたが、そうしたモデルをどんどん開発しなくちゃいけない。国民が困っている問題をIT化でどのように解決するか。次のステップで取り組まなくてはならないと思います。
一方で、自治体は対住民サービスの窓口ですから、もちろんバックオフィスの業務改革にも取り組まなくちゃいけませんが、むしろ大事なのは住民サービスを担うフロントオフィスのIT化です。われわれは、電子自治体を“デジタルガバメント”と呼び、バックオフィスの電子化と錯覚されがちな“eガバメント”に代わる概念として打ち出しています。その構成要素として、全体性、統合性、創造性の3つのキーワードを掲げています。
全体性とは全ての行政サービスをデジタル化するということで、従来の権限行政からサービス行政への移行を意味しています。統合性は、サービスやシステムが有機的に連携していることがポイント。岐阜県では戦略的なアウトソーシングということで、120本のシステムの再開発をNTTコミュニケーションズに一括して受けてもらいました。7年間で30億円以上の経費節減を実現するとともに、既存のシステムを含めて有機的な連携が可能になります。3つめの創造性は、デジタル化とともに業務改革を進め、新しい価値を生み出していくことです。ネットワークによって県民との双方向性が確保されますから、県民の知恵を生かして価値のある行政サービスをどう実現するか。基本的に新しいサービスを開発できるのは地方自治体しかありません。ただ、市町村の力が弱いですから、都道府県のリーダーシップが重要になってくるでしょう。
――市町村合併の問題が、IT化推進の足かせになりませんか。
梶原 確かに市町村合併と時期が重なってしまい、合併を控えた市町村では難しいかもしれません。しかし、一段落すれば、一気に進み出します。県としては、それに備えて支援体制を敷き、ルールづくりやシステムづくりを進めておこうと考えています。すでに市町村との連絡協議会を立ち上げて、本格的に取り組もうとしているところです。
市町村のIT化を推進する場合、広域化、共同化が必要で、市町村には専門家が少ないからシステム開発はアウトソーシングすることになる。アウトソーシング先を地元ベンチャーや零細ITベンダーに分担させることでIT産業が各地域で育っていく。せっかくの電子自治体も、東京の大手ベンダーに丸投げしていたのでは、永久に地方にIT産業は育ちません。
眼光紙背 ~取材を終えて~
梶原知事がIT産業の育成をめざして大垣市に設置した戦略拠点「ソフトピアジャパン」。96年にオープンしたソフトピアジャパンセンタービルには、織田信長の銅像が建っていた。「NHKの大河ドラマ『利家とまつ』で、信長の台詞に『天下布武とは私利私欲を捨てること』とあったが、坂本龍馬の精神にも通じます」
地元のヒーロー信長も、梶原知事が敬愛する龍馬も、強い使命感を抱き、日本の新しい時代を切り拓いた。「龍馬には、名誉心がなかった。今の政治家もパフォーマンスで人気を取る虚しい行為を止め、自分を捨てて善政競争を行う知事が増えれば、日本も変る」ITを武器に突き進む信念にいささかの揺らぎもない。(悠)
プロフィール
(かじわら たく)1933年岐阜市生まれ。京都大学法学部を卒業後、建設省に入省。建設省官房会計課長、同省道路局次長、同省都市局長を経て、85年岐阜県副知事。89年「夢おこし県政」を旗印に岐阜県知事に当選。現在4期目。高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(国IT戦略本部)本部員、全国知事会情報化推進対策特別委員会委員長、社会資本整備推進地方連合座長、全国情報通信基盤等整備促進協議会会長、デジタル・ミュージアム推進協議会会長、ブロードバンド時代における放送の将来像に関する懇談会構成員、国立情報学研究所評議員、東京農業大学客員教授ほか。マルチメディアグランプリ2000「人物表彰の部」特別賞受賞。著書に「都市情報学」「道路情報学」「国土情報学」「地域情報学」など。
会社紹介
情報化社会の到来を予見して、「都市情報学」「道路情報学」の2冊を執筆・出版したのは、建設官僚だった20年近く前のこと。1989年に岐阜県知事に初当選し、政府がe-Japan戦略を打ち出す以前からIT産業の育成や行政サービスのIT化に取り組んできた筋金入りのIT化推進論者である。
岐阜県では、電子自治体の実現に向けて01年2月に独自の岐阜県IT戦略を策定。デジタルデバイド(情報格差)解消を図るため、岐阜県全域をカバーする基幹ネットワーク「岐阜情報スーパーハイウェイ」の構築などの施策を進めてきた。この岐阜情報スーパーハイウェイも来年3月にはいよいよ完成する見通しで、梶原知事が待望していた通信インフラがようやく整う。これに合わせて、地域IX(インターネット・エクスチェンジ)の運営会社を三重県と共同で今年4月に設立したほか、電子入札システムなどの各種行政システムの開発も進んでいる。岐阜県が目指す電子自治体の姿がはっきりと見えてきそうだ。