「改革」という言葉だけが先走りすれば、軋轢が生まれる。「5年先をイメージし、そのゴールを達成する」ことを掲げ、着実に医療分野のIT化を実行している病院経営者がいる。理想だけのトップダウンではなく、あくまで現場を重視し、そして何より患者のためになるIT化を念頭に置く。宮崎県都城市という地方都市にありながら、その眼科治療のレベルの高さとともに、医療のIT化にも一筋の光を投げかけている。
病院にコンピュータを導入、患者さんの在院時間を減らす
──地方の一病院、それも眼科の単科病院でありながら、先進的な情報システムを自ら開発して導入するというのは珍しいですね。
宮田 6年前まで大学病院にいたので、その頃は治療法の研究などに忙しく、ITの話は全く興味がありませんでした。特に当時、東大病院ではオーダリングシステム(医師や看護婦が直接端末を操作し、処方や検査などのオーダを直接入力するシステム)を使っていたのですが、使うドクターの手間も大変で、効率の悪いシステムでした。最初の印象が悪かったせいか、あまりコンピュータ化には関心がなかったというのが本音です。
病院経営に携わっていたわけではないし、コンピュータ化というのは大学や大病院が実験的に導入するもの、という考えがありました。しかし、米国留学から戻って父からこの病院を引き継ぐことになって、病院経営の難しさと医療改革がもうすぐそこまで来ている、という危機感をもつことになりました。
病院経営にITを活用するということで考えられるのは、診療や手術などの「予約システム」、「オーダリングシステム」、保険の診療報酬請求に必要な処理を行う「レセプトコンピュータ」、それに「電子カルテ」といったところでしょう。
しかし、電子カルテは、今ある病院経営のノウハウの中で使えるものは少ないというのが、いろいろ検討してみた結論です。ゼロからスタートする新病院なら現在の電子カルテも効果的ですが、既存の診療現場には使えない。電子カルテを使いながらペーパーのカルテも存在するというのでは、コンピュータ化する意味がありません。
そこで考えたのは、「まず患者さんに喜ばれて、病院のスタッフの仕事も効率化できるシステムから始めよう」ということです。
──ビジネスの分野では顧客第一主義という言葉を最近よく使います。病院のIT化にはまず患者さんの利便性を考えたと?
宮田 病院に行って、いちばん嫌になることは何ですか?。アンケートも取ってみましたが、患者さんに負担をかけているのは、診療の受付をしてから会計を終えて病院を出るまでの時間、つまり在院時間が非常に長いということです。それも治療している時間ではない。診療を待っていたり、検査の順番を待っている時間なんですね。従来の平均在院時間は2時間40分という長さでした。
毎日400人から500人の患者さんが来院します。それも、患者さんは午前の早い時間に集中する。都城市は公共交通機関が発達していませんから、車で通院する患者さんも少なくありません。当然、駐車場も混雑し、そこでも患者さんが待たされる。待合室も検査の順番待ちも同様です。この状況を改善するために、最初に予約システムを開発し、活用することにしたのです。
当病院は、大学などからの派遣や研修医も含めて約10人のドクターが診療に当たっており、外来の診療や検査だけではなく、手術や入院の患者さんもいます。その全てを予約システムで網羅し、患者さんがスムーズに治療や検査を受けられるようにしたわけです。
再診の予約も、専用デスクを設けて係員が対応することで気軽にできるようにしました。また、診察室にパソコン端末を置き、その場で再診予約もできます。予約スケジュールはドクターの勤務表と関連させ、予約ミスが発生しないようになっています。画面を見ながら予約可能な時間を探し予約できることで、患者さんはドクターが指定した日時ではなく、自分の都合に合わせて診察日を指定できるというメリットがあります。
実際にこの予約システムを使い始めてからは、患者さんの平均在院時間は1時間程度短縮できて、1時間40分ほどになりました。同時に、保険医療制度が変わり、老人医療の自己負担率が高くなったにもかかわらず、導入前に比べ5―10%程度は来院者数も増えています。
──治療や検査のスケジューリングが一目で分かるようになることで、スタッフの仕事も効率化できるようになりますね。
宮田 今回開発したシステムは、患者さんの負担軽減と勤務者が効率的に仕事をできるようにするというのがコンセプトです。システム導入前に気になっていたのは、看護師さんたちが医師の補助以外にも本来しなければならない仕事、つまり患者さんの話を聞いて心配を和らげてあげるというような大事な仕事を、紙に書かれた予約の確認や訂正など事務的な仕事に追われて、十分にできていないように思えたことでした。
今では、全てがシステムで管理されており、看護師さんだけでなく、検査のスタッフも次にすべきことが分かっている。効率的に仕事を進めることで、余裕も出てきます。最近、医療ミスが次々に明らかになっています。そうしたミスはほとんど人的ミスで、過労が原因で判断力が落ちている、というケースが多いようです。そうした負担を少なくするのにもITは役に立つわけです。
5年先のイメージを見据える。電子カルテの導入も視野に
──IT活用は病院スタッフにも喜ばれますね。
宮田 この病院には約150人のスタッフがいますが、やはり最初はパソコンにも触ったことがない人が多くて、戸惑いもあったと思います。このために、スタッフをピックアップして「業務改革IT委員会」を組織しました。そこで業務フローを把握し無駄はないか、とチェックを行い、それを基にしてシステム開発を行いました。
企業の場合、トップダウンで経営効率化を進める場合が多いようですが、医療の現場ではドクター、看護師、検査技師や事務スタッフなど、すべて専門性が高く独立しているので、頭からこうしろ、というのでは無理が出てきます。
そこで、現場の意見を重視してボトムアップで業務効率化とITのスムーズな導入を目指しました。しかも、業務改革といってもリストラを目的にしていません。実際、導入効果を上げることで必要なセクションに職員数を増員することもできました。
──予約システムが稼動して、その次のシステムも検討する必要があります。
宮田 近々に考えているのは、予約システムをさらに便利にするために、患者さんの「待ち時間」を表示できるようにすることです。その後には、レセプトコンピュータやオーダリング、電子カルテと充実させていきます。
ただ、早急に導入を図るのではなく、5年先のイメージを見据えていくつもりです。IT化にしても、まずシステムありきではなく、こう改革していこうというゴールを定めて、それに見合ったシステムを開発していかなければなりません。
電子カルテでも、眼底の写真画像など、大量の画像データを記録する必要のある眼科に適したシステムはありません。これについても眼科の私たちが使い易いシステムを作っていこうと考えているところです。投資をしても使いにくいITではなく、目的に沿ったITをボトムアップで構築していくことが重要なのです。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「今日も12件のオペをこなしてきました」。夕方から始まったインタビューの後、宮田院長はさらりと語った。通常なら20―30分はかかる手術も、5分足らずで済ませてしまう指先の持ち主。まさに眼科医の“匠”だ。
そんな宮田院長も「基本は医者」であり、ITは専門外。院内のIT化に踏み切ろうと、パートナー選びで悩んでいた2000年春、ひょんなきっかけで出会ったのが杉浦和史氏(杉浦技術士事務所)だった。杉浦氏は現場密着型のBPRのプロ。徹底した業務プロセス改革に定評があった。
以来、“医の匠”と“ITの匠”の二人三脚が始まり、昨年7月、第1次システム稼働に漕ぎ着けた。互いを「先生」と呼び合う仲。優れた“匠”は仲間を惹き付け合うのかもしれない。(夏)
プロフィール
(みやた かずのり)1958年9月8日生まれ。宮崎県出身。84年3月、久留米大学医学部医学科卒業。同年5月、医師国家試験合格。東京大学医学部付属病院勤務から東大医学部助手、東大医学部付属病院分院講師・外来医長、東大医学部眼科学教室講師・病棟医長を経て、94年9月にカリフォルニア大学サンフランシスコ校留学。97年3月、帰国とともに東大医学部眼科学教室講師を辞職し、同年4月に医療法人明和会宮田眼科病院副院長。98年4月、東大医学部非常勤講師を兼任。99年4月、宮田眼科病院院長に就任。00年4月、宮崎医科大学臨床教授を兼務。加入学会は、日本眼科学会、日本眼内レンズ屈折矯正手術学会、日本白内障学会、日本眼科手術学会、コンピュータ外科学会、日本角膜学会などのほか、欧米の白内障屈折矯正手術学会のメンバーでもある。
会社紹介
宮田眼科病院の年間患者数は約12万人。71床の入院設備をもち、手術は年間約3000件と、個人経営の眼科病院では国内でも有数の規模を誇る。年間の患者数は病院のある宮崎県都城市の人口にも匹敵し、患者は九州ばかりでなく全国から訪れる。角膜移植では定評があり、年間70例の手術を行っている。
宮田院長が父・典男氏から病院を引き継いで3年。病院内には日本でも数少ないエキシマレーザー治療装置を揃えるほか、専門の研究室も備えて研修医を受け入れるなど、地方都市にありながらも、眼科治療の最先端を行く。
そのため、各地で開かれる学会やシンポジウムなどで講師を依頼されるケースが多い。これに加え最近は、「医療分野におけるIT導入の話を」という依頼が増えた。宮田院長は「専門ではないのに有名になってしまって」と苦笑いする。病院経営という旧来の制度に縛られた中でのIT導入および業務改革の実行は、経営改革=リストラと考えがちな企業経営者も耳を傾ける価値はありそう。来院する患者の負担減少と業務改革を実現したのも、しっかりとしたコンセプトを定めて取り組んだ成果だといえる。