4月1日、弥生株式会社が事業をスタートした。旧ミルキーウェイ、旧日本マイコンという国産業務ソフトベンダーを米インテュイットが買収し、パソコン用業務ソフトメーカーとしては珍しい外資系企業となっていた同社だが、今回、再び国産ベンダーに逆戻りしたことになる。平松庚三社長は、「米インテュイットの子会社だった時代に得られた資産は大きい。それを経て純国産ベンダーとなったことは企業としての強み」と語る。新生弥生が目指す企業像とは…。
MBOで米インテュイットから独立
将来はIPOの可能性も
──今回、MBOという形で米インテュイットから独立しましたね。
平松 最初にMBOという選択を考えたのは、もう1年以上前のことになります。2001年度の決算時に米インテュイットのスティーブ・ベネットCEOと話をした時、ビジネスを伸ばすには「現行の製品をもっと売る」、「新しい商品やサービスを作る」、「M&A」の3つの方法しかないと指摘されたのです。
そこで、「オプションとしてMBOという選択はあるのか」と彼に質問すると、「今がその時ではないが、そういう選択肢もある」との答えでした。私は02年の決算時にも同じ質問をしました。そこで了解を得ることができて、今回、MBOを実施することにしたのです。
──米インテュイットにとって、日本法人はどういう位置づけだったのでしょうか。
平松 日本法人は大幅な経営改善を行い、直近3年間は連続で売り上げを伸ばし、営業利益は2年前の2・5倍に達しています。つまり、絶好調なわけですね。よそに売る蕫商品﨟として、最適な時期だったわけです。
また、米本社もゼネラル・エレクトリック(GE)出身のスティーブ・ベネットを新CEOに迎えて、事業を米本土に集中するという選択をした時期でした。だから、われわれ日本側と米国側の思惑が一致した結果だと思います。
もともと、インテュイットは米国に本社をもつ日本法人としては、極めて特殊な存在でした。100%子会社と言いつつ、米本社の製品は「クイッケン」しか売っていなくて、後はすべて日本オリジナルの製品。クイッケンも、02年の初めには販売を中止していましたので、現在ではオリジナル商品しか販売していない。
──となると、米インテュイットの子会社にならずに、日本のメーカーとして営業を続けていた方が、メリットは大きかったのではないですか。
平松 いや、それは違います。インテュイットの子会社だった時代に得た経験は大きな財産です。例えば、ユーザビリティルームでフォーカスグループインタビューを行い、実際に商品を動かしているユーザーの動きを見るといったテクノロジーは、日本のソフトメーカーにはないものです。こうしたテクノロジーを習得することができただけでも、十分にメリットはあったと断言できます。
さらに今回のMBOでは、投資会社のアドバンテッジパートナーズに経営参画してもらったことも、非常に大きなメリットです。IPO(株式公開)を実施するためのノウハウを得ることができますし、おそらく時間的にも独自でやるよりもかなり短期間にIPOができるのではないでしょうか。
──IPOはいつ頃の予定ですか。
平松 最短で2年と考えています。ただ、市況などによって時期がずれることもあると思いますが…。
──弥生株式会社となることについて、日本のスタッフの反応はどうでしたか。
平松 社員向けには発表当日の朝10時に話をしたのですが、全社員がスタンディングオベーションで賛同してくれました。これはIPOへの道が示されたことで、社員にとってモチベーションが高くなったということだと思います。また、ちょうど今、打つ手、打つ手が非常に当たっている時期で、その時期に独立という話が出たことで、タイミングが良かったということもあるでしょう。
実は弥生株式会社という名前も、社内の投票で決定したんです。個人的には、弥生という製品の認知度が高いから、マーケティング的には弥生を社名にしてしまうことが最もメリットが高いと思っていましたが、社内投票でも弥生を社名にしたいという意見が大半を占めました。
中小企業を側面から支援
より日本市場にコミット
──新生弥生が目指す企業像とは、どんなものですか。
平松 基本的なことはこれまでと変わりません。日本の中小企業の成功を側面からお手伝いするという理念は全く同じです。ただ、純粋な日本企業になったことで、より日本市場にコミットしていくことができると思います。
昨年、初の青色申告用商品「やよいの青色申告」を発売しました。これについては、「既存の弥生シリーズのマーケットを浸食するだけで、プラスにはならないのでは」との懸念もありました。しかし、実際はそうではありませんでした。これまで業務ソフトを使っていなかったITリテラシーの高い若年層のユーザーという、全く新しい市場を開拓できました。
また、製品だけでなく、盗難防止キャンペーンの実施、返品フリーキャンペーンといった施策をいろいろな方から評価してもらいました。盗難防止キャンペーンは、販売店から、「盗難は非常に大きな問題。メーカー側でこうしたキャンペーンを設けてくれることは非常にありがたい」と言ってもらいました。
返品フリーキャンペーンは、ユーザーから大きな賛同を得ました。「弥生は競合メーカーの商品に比べて難しく、買っても使いこなせないのでは」という不安を感じていたユーザーもいたようですが、このキャンペーンによって、その不安が払拭されたことを評価してもらったようです。
──これまでの弥生シリーズに加え、会計事務所向けソリューション「MARCHプロジェクト」も計画通り発売していくのですか。
平松 MARCHプロジェクトについて、予定の変更は一切ありません。4月からベータテストを開始し、8月には製品版のリリースを行う予定です。IT業界はオープンの時代で大きなパラダイムシフトがありましたが、会計事務所の世界にはそういうパラダイムシフトは起こっていない。MARCHプロジェクトは、会計専用機とは桁の違う価格帯を実現し、大きなパラダイムシフトを起こそうというプロジェクトです。
弥生会計は5000の会計事務所で使われています。そのなかで「これができないのか」、「あの機能がないと困る」といった意見をたくさんもらいました。この意見を貴重な財産として、そこからスタートして作り上げた製品ですから、発売すれば大きな反響があると思っています。
──MARCHも日本語に直せば弥生ですね。社名と製品名が一致したことで、「弥生」という製品イコール会社の評価ということになりそうですが。
平松 社内では今回の社名変更で、ソニー、ホンダと並んだって言っているんですよ(笑)。トヨタを例えに出すと分かりやすいんですが、トヨタの正式な社名は「トヨタ自動車」です。これに対し、ホンダは後ろに自動車はついていないでしょう(笑)。
冗談はともかく、弥生という名称は中小企業の経営者への認知度が高い。社名を弥生にしたことで、認知度はもっと高くなると考えています。製品の技術進化はあっても、弥生という名前にはこれから先もこだわっていきたいですね。
眼光紙背 ~取材を終えて~
外資系企業で仕事をしてきた平松社長。「漢字の名前の会社で仕事をするのは初めての経験」だそうだ。
「弥生っていう社名を聞いた16歳の娘が、蕫パパ、弥生って名前、かわいっぽいかもしれない﨟って褒められた」
漢字の社名に満更でもない様子。
業務ソフトメーカーは、IT業界には珍しく人の異動が少ない。とくに経営陣はほとんど異動しない。平松社長は業務ソフトとは関係のない世界からやって来た珍しいタイプの経営者。本人もそれを自覚しており、新しい風を吹き込むことに積極的だ。
他の業務ソフトメーカーの名前はみんなカタカナ。漢字の社名はどうやら蕫確信犯﨟のようである。(猫)
プロフィール
平松 庚三
(ひらまつ こうぞう)1946年1月6日、埼玉県生まれ。73年、アメリカン大学コミュニケーション/ジャーナリズム専攻を卒業後、ソニーに入社。ソニーコーポレーション・アメリカ、本社海外事業部などに勤務。86年、アメリカン・エキスプレス・インターナショナルジャパンに入社。パブリッシング・ディレクター、旅行・企業カード業務担当副社長などを務める。92年、IDGコミュニケーションズジャパン社長、98年、AOLジャパン社長などを経て、00年11月にインテュイット代表取締役社長兼CEOに就任。
会社紹介
弥生の前身であるインテュイットは、もともとはミルキーウェイ、日本マイコンという国産業務ソフトメーカー2社を米インテュイットが買収し、100%子会社として誕生した。当初は2社のプロダクトを両方とも販売していたが、その後、日本マイコンの製品だった「弥生シリーズ」に製品ラインを統合。弥生という社名からも明らかなように、弥生シリーズの販売によって事業が成り立っている。
今回、MBO(マネジメント・バイ・アウト=経営者による企業買収)により、米インテュイットから分離独立したのを機に、4月1日付で社名を「インテュイット」から「弥生」に変更した。
今後の事業としては、(1)弥生シリーズに「顧客管理」のような新たな製品の投入、(2)ERP(基幹業務システム)、業種ソフトといった新ジャンルへの参入、(3)会計事務所向け製品「MARCHプロジェクト」など、既存の弥生シリーズ以外の製品投入を計画している。現行の弥生シリーズの顧客に加え、こうした新製品でどれだけ新たな顧客を獲得できるかで、同社の評価が定まるといえるだろう。