日本ヒューレット・パッカード(日本HP)の“樋口新体制”が本格的に動き出した。アジリティ(俊敏性)をキーワードに、二極化戦略の推進、アダプティブ・エンタープライズ(AE)戦略の立ち上げ、パートナー施策の強化などを、これまで以上に加速させる。今年5月に就任した樋口泰行社長は、前社長に比べ16歳の若返りとなる。アジリティのある行動力で、全社員約6000人を統率する。
5つの基本方針を徹底、社長自ら課題解決に邁進
──日本HPにとって今の課題は何ですか。
樋口 日本ヒューレット・パッカード(日本HP)は、箱モノ(ハードウェア)の安売りメーカーでなく、総合的なサービスを提供できる会社なんだということを、改めて示さなければなりません。パートナーのシステムプロバイダ各社とともに、サービスを主体とするビジネスの拡大に力を入れます。日本HPでのサービス関連事業の売り上げを年率20%で伸ばしたいと計画しています。このためには、アウトソーシングやそれにともなうデータセンターの拡充、ROI(投資対効果)が高いソリューションを主体としたパートナーとのビジネスモデルの構築などをできるだけ早い時期に実現しなければなりません。また、オープン環境を重視する当社では、Linuxに関する戦略も明確に打ち出さなければならないでしょう。
多少細かい話になりますが、旧コンパックコンピュータと旧日本HPの事業所をどう統合するのかも課題の1つです。合併直後、東京都内2か所にあった組み立て工場は、昨年末に東京都昭島市の旧日本HPの工場に統合しました。工場は1日も早く統合しないと在庫など無駄なコストが多くかかってしまうからです。しかし、事務所を中心とした東京・天王州本社(品川区東品川)、市ヶ谷事業所(千代田区五番町)、高井戸事業所(杉並区高井戸東)などの統合は未着手です。特に旧コンパックの天王洲と旧日本HPの市ヶ谷はともに都心にあるので、互いに近くに寄りたいという思いはありますし、できない理由もありません。早急に改善するつもりです。
──社長就任後、すでに約1か月半が経ちました。
樋口 就任と同時に着手したのが「事業戦略室」の設置です。社長室と間仕切り1枚を挟んだところに同室を置き、2人が常駐しています。事業戦略室は、社内外で発生している問題や課題を調べ上げるのが仕事で、私は彼らの報告を聞きながら自ら顧客先を訪問したり、社内の幹部や若手との交流を進めています。これらの活動のなかから、私はまず5つの方針を掲げる必要があると判断しました。「顧客およびパートナーとの関係強化」、「社内組織の改革」、「結果を出す」、「オープンである」、「日本市場に根づく」の5つです。まずはこの5つの方針を徹底させます。
特に2つ目の「社内組織の改革」については、大型合併からまだ1年も経っていませんので、いろいろ組織的な横の連携が取りにくくなっていることが分かりました。合併効果は出ているものの、その一方で課題も出てきています。社長に就任してまずやらなければならないことの1つは、これらの問題を正しく認識することだと考えました。トップである私が、「うぁっ、これは問題だ!」と現場の人と共鳴し、解決に向けてドライブをかけなければ、問題や課題は解決しません。トップが何もせず、社長の椅子に座ったままでは、組織的な横方向の連携が取れず、事業部間の課題を解決できないまま放置することになってしまいます。これでは、1つ目の方針「顧客およびパートナーとの関係強化」も望めません。
3つ目の「結果を出す」とは、プロセス(過程)を無視するという意味ではなく、結果を出すためにはどういう議論をすべきかという考え方の指針です。4つ目の「オープンである」とは、私自身、現場の人々との年齢差があまりないため、オープンな雰囲気で正しいことは正しいと主張できる環境をつくるという意思表示です。5つ目の「日本市場に根づく」は、外資系企業にありがちな縦割り組織を廃して、顧客に褒められる会社になるという目標です。合併もしましたし、社長も若返ったことを蕫良い機会﨟とし、この5つの方針を基に社内体制を大きく改善しようと考えています。この1か月半で、初期的な課題抽出が終わり、これらを解決するための作業部会を6月から始動させました。この先約半年で、初期的な課題を解決し、来年以降はさらに一歩踏み込んだ課題解決の第2次作業を進める計画です。
価格競争力を全面に打ち出し、PCサーバー国内台数シェア30%目指す
──昨年1年間で見ると、日本HPのPCサーバーのシェアは大幅に落ちました。
樋口 確かに昨年1年間を通じて見ると、旧コンパックと旧HPの製品を統合し、1つのブランドになるなどの影響で、一時的な販売台数の減少は見られました。しかし、今年1―3月に入ってからは「二極化戦略」を打ち出した効果もあり、ほぼシェアを挽回できました。NECなどのトップ集団に追いつくことができたと自負しています。これからはトップ集団から頭ひとつ抜きん出ることを目指して、新しい施策を打っていきます。「二極化戦略」とは、「量販に適した分野」と「高付加価値の分野」とを両極に位置づけ、それぞれ適した販売手法で臨むという考え方です。具体的には、パソコンやPCサーバー、プリンタなどは、価格競争力を前面に出します。一方で、UNIXサーバーやシステム開発、サポート・サービスなどは、大企業を主な対象として付加価値を高めた商材づくりに力を入れます。
5月末に発表した「アダプティブ・エンタープライズ(AE)戦略」は、主に大企業向けで、変化適応力が高く、ROIを最大化するコンセプトです。ダイナミックな仮想化技術、自動化されたマネジメント技術、連続的で安全な運用などを実践することで、環境の変化に対して俊敏な適応力を発揮する情報システムを組み上げます。ここでの最大のポイントは、俊敏に適応する、つまりアジリティある情報システムがポイントとなります。顧客にアジリティを提供するには、まずわれわれの組織のアジリティを高めなければなりません。数値的な目標としては、今年末までにPCサーバーの国内台数シェアを20%に高め、来年末までには30%に高めます。
──パートナー向けの施策は。
樋口 基本的には、箱売り型の販売・流通のビジネスから、ともにソリューションを仕掛けるパートナーであるという関係づくりに力を入れていきます。この路線は従来から変わっていません。直近の話題でいえば、6月からマイクロソフトの「ウィンドウズサーバー2003」の出荷が始まるなどの追い風があります。ウィンドウズサーバー2003は、HPのサーバーマシンをベースに開発されたものです。当社はマイクロソフトのプライム(最上位)パートナーとして、この強みを存分に発揮すると同時に、パートナーの皆さんとともに市場を大いに盛り上げたいと考えています。当社において、アダプティブ・エンタープライズのコンサルタントは現在約30人います。今後は、この新しいコンセプトに則ったアジリティある情報システムを構築できるコンサルタントを50人、100人と増やします。これらコンサルティング力を生かしたビジネス展開を推し進めると同時に、パートナーにもこれらコンサルティング力による支援を強化します。
眼光紙背 ~取材を終えて~
数々の合併を経て、IBMと肩を並べる巨大コンピュータメーカーに成長したHP。この日本法人トップとして異彩を放った高柳肇・前社長の後継に就いた樋口新社長。45歳という若さだ。「あの高柳さんのあとだけに“力不足”ではないかと感じたのは、当たり前のこと。しかし、今は私の話すことが、諸先輩方や現場の人たちの共感を得られているという実感があり、どんな難しい局面においても伸びていけるという手応えがあるのも事実」社長に抜擢された理由については、「経歴がどうのというよりは、責任を感じて真っ直ぐ打ち込む性格が評価されたのだと思う」と話す。見た目のスマートさのなかから、内なる闘志が強く感じられる。(寶)
プロフィール
樋口 泰行
(ひぐち やすゆき)1957年、兵庫県生まれ。80年、大阪大学工学部電子工学科卒業。同年、松下電器産業入社。91年、ハーバード大学・経営大学院(MBA)卒業。92年、ボストンコンサルティンググループ入社。94年、アップルコンピュータ入社。97年、コンパックコンピュータ入社、コンシューマ製品事業部長兼PC製品事業部長。98年、製品統括本部コンシューマ製品本部長。99年、コンシューマビジネス統括本部長。00年、取締役コンシューマビジネス統括本部長および米本社バイス・プレジデント。02年11月、日本ヒューレット・パッカード(日本HP)との合併に伴い、執行役員インダストリースタンダードサーバ統括本部長。03年5月、代表取締役社長兼COOに就任。
会社紹介
日本ヒューレット・パッカード(日本HP)は、「二極化戦略」と「アダプティブ・エンタープライズ(AE)戦略」の2本立てで臨む。二極化戦略とは、徹底した高効率運営による量販ビジネスと、コンサルティングを主体とした高付加価値のシステム構築ビジネスとを、それぞれ同時に伸ばす考え方だ。AE戦略は、高付加価値のシステム構築ビジネスを支えるコンセプトで、ダイナミックな仮想化技術などをベースに、変化適応に優れた設計思想を打ち立てる。
二極化戦略のなかで、量販ビジネスはどちらかと言えば旧コンパックコンピュータが得意とする分野。一方、コンサルティングを主体としたAE戦略は、旧HPが得意とする分野である。量販分野で元気良く“暴れ回る”タイプの旧コンパックと、静かに熟慮して“戦略を練る”タイプの旧HPの文化を融合させ、合併効果を最大化するのが二極化戦略とAE戦略の狙いだ。これにアジリティ(俊敏性)を掲げる樋口泰行・新社長の手腕がどう発揮されるのか。注目される点である。日本HPは2002年11月、旧コンパックコンピュータと旧日本HPが合併して誕生した。