イーマシーンズの低価格パソコンが、着実に販売台数を伸ばしている。主力販売店の1社である九十九電機によれば、「年間10万台ペースの販売も視野に入っている」と強気だ。国内低価格パソコンの新しい市場を開拓しつつある。イーマシーンズは、なぜ急成長しているのか。今後の展望も踏まえ、ウェイン・イノウエ社長が実践するビジネスモデルに関心が集まる。
すべての業務を効率化、販管費率5.5%を維持
──日本国内で販売台数を順調に伸ばしておられますね。
イノウエ イーマシーンズの基本は、小売店との連携にあります。日本の九十九電機、石丸電気、米国の大手約5社の小売店、その他、欧州、オーストラリアなどの小売店から“売れるパソコン”の情報を集め、これら小売店と共同で製品開発に当たっています。つまり、販売店で売れる製品しか私たちは作りません。10月から販売を始めた秋冬モデルでも、九十九電機から提案のあった「静音設計」を採用し、日本向けのモデルだけでなく、世界に向けた製品にも適用しました。基本的に、小売店からの要望をまとめあげて、新製品を企画しています。
──イーマシーンズは、2000年に経営危機に直面しています。
イノウエ そうです。私は危機的状態にあったイーマシーンズを立て直すため、01年に経営に参画しました。01年当時、イーマシーンズには日本円で約190億円のキャッシュがありましたが、一方で年間損失の見込みが190億円に達し、およそ1年で倒産するという状態でした。私はまず、イーマシーンズの主力商品であるパソコンを販売して、きちんと利益が出る仕組みをつくることが大切だと考えました。この方針は今でも変わっていません。では、どうしたらパソコンで利益が出せるようになるのか。参考にしたのがデルです。デルの販管費率(販売管理費率)は、当時調べたときは約12%でした。
しかし、われわれイーマシーンズは、小売店を通じてパソコンを販売するため、われわれ自身の販管費率を12%に抑えても、これに小売店のマージン(利益)を上乗せすると、デルより販管費率が高くなってしまいます。そこで、デルの販管費の半分に落とせば、小売店のマージンを加えても、デルとほぼ同等の販管費に抑えることができます。01年以降の改革は、至って簡単なものです。つまり、販管費をデルの半分にすることです。この結果、今では部品調達から生産・流通・マーケティングに至るすべての業務を効率化し、販管費率5.5%を維持しています。
──徹底的なコスト削減は、今も続いているようですね。
イノウエ 昨年のイーマシーンズの世界全体での販売台数は約140万台。今年は180万台を目指しています。03年上半期(1―6月期)の米・店頭小売り市場におけるデスクトップパソコンの台数シェアは、ヒューレット・パッカード(HP)に次ぐ規模にまで成長しました。一方、01年当時、160人いた社員は現在130人に減らしました。社員は増やさずに、売上高は右肩上がりで推移しています。これを受けて、私は組織をまとめていくうえで必要となる目標を立てました。「社員1人あたり、年間で日本円にして約12億円を売り上げる」という目標です。これは、容易な目標ではありませんが、現在これに向かって努力しています。
──いつまでにこの目標を実現する計画ですか。
イノウエ あくまでも目標ですから、達成できるかどうかはわかりません。しかし、私は達成できると確信しています。目標達成のために、完全なプロジェクトマネージャー制を採用しました。当社の社員がプロジェクトマネージャーとなり、設計、購買、製造、販売、保守サービスといった各プロセスを管理します。さらに、当社のプロジェクトマネージャーを中心として、その他は外部のアウトソーシングを柔軟に活用しています。これらの施策によって、社員1人あたりの年間売上高は約9億円と達成率約75%まできました。
流通在庫を低減する、デルを超えるビジネスモデルへ
──デルの直販とイーマシーンズの間接販売とでは、ビジネスモデルは違いますが、収益面ではデルに一歩近づいたということですか。
イノウエ いいえ。われわれのビジネスモデルは、デルを超えることを目指したものです。デルは、主にウェブによる受注生産(BTO)を基盤とし、発達した国際物流網を駆使した直接販売を行っています。私たちは、彼らのビジネスモデルを否定するものではありません。しかし、強大なデルにも弱点はあります。デルモデルは、まず、インターネット環境が整備されていること。次に、国際物流網や宅配便など最新の配送網が整備されていること。これに、クレジットカードなど決済インフラが整備されていることの3点が揃っていないと成り立ちません。また、パソコンが低価格化すればするほど、製品全体に対する配送料の比率が高くなります。たとえば、4万9800円のパソコンを購入するとき、そのうちの1割にも達する高額な配送料を、誰も喜んで支払うことは少ないと思います。
これに対してイーマシーンズは、小売店があるところなら、どこでも売ることができます。今後、市場が立ち上がる中国や南米、インドなど南アジアでのビジネスは、われわれイーマシーンズの方が有利に展開できます。欧州でも、先の3つの条件が揃っている地域は意外に少ないですよ。このため、イーマシーンズは、ウェブを使ったBTOおよびこれに続く直接販売は、今後とも手がける予定はありません。直接販売は、多かれ少なかれ小売店のビジネスにマイナスを与えます。小売店に特化している当社は、BTOや直接販売に乗り出すことはありません。
──間接販売では、流通在庫の課題から逃れられません。パソコン業界では、生産から販売までのリードタイムを1週間に短縮する動きが盛んです。イーマシーンズのリードタイムは1か月ほどあるという話も聞きますが。
イノウエ イーマシーンズの基本的な考え方は、「不要な流通在庫を持つより、販売機会を逃した方がいい」というものです。特にパソコン業界ではそうです。リードタイムを短くするために部品在庫を増やしたり、販売機会のロスを低減させるために流通在庫を増やしたりすることはありません。流通在庫を低減させる方法はいくつかありますが、当社の場合は特定の小売店と提携し、その小売店が販売できる分量しか生産しないという方式です。日本の場合は、九十九電機と石丸電気が販売できる数量を、彼らの協力を得ながら、入念に調べ上げます。10月から販売を始めた秋冬モデルでも、ほぼ確実に完売できる見込みです。完売した後、販売機会を逃したとしても、流通在庫を持つよりはいいという考え方です。
──今後、日本で提携先小売店の数を増やす予定はありますか。
イノウエ 長期的には考えています。しかし、短期的には全く考えていません。九十九電機、石丸電気でイーマシーンズ製品をこれほどまで積極的に扱ってもらい、とても感謝しています。今後とも、小売店との密接な連携を基盤として、事業の拡大に力を入れていきます。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「どの小売店で、どのくらい売れるかは、大体予測がつく」と、小売業歴およそ30年のイノウエ社長は話す。イーマシーンズのビジネスモデルは至ってシンプルだ。商品を卸す小売店を数社に特定し、そのなかだけで商売をする。小売店重視の古典的な仕組みのように見えるが、実は流通在庫をつくらないために絶大な効果を発揮する。
一度は経営危機に直面したイーマシーンズだが、トップがイノウエ氏に代わった2001年以降、見事に復活を成し遂げた。「当初は、業績好調なデルモデルを研究した。だが、今は最先端の情報・物流網を必要とするデルモデルの限界も見えた。シンプルなビジネスモデルが有利なときもある」と強気だ。(寶)
プロフィール
ウェイン イノウエ
(ウェイン イノウエ)1952年、米カリフォルニア州生まれ。日系3世。72年、小売業に就職してから、01年にイーマシーンズ社長兼CEOに就任するまでの30年近く、小売り一筋で仕事をしてきた。直近では、小売店の「The Good Guys!」の商品計画部門担当上級副社長を9年間務めた後、95年からは「Best Buy」のパソコン商品計画部門担当上級副社長を務めた経験を持つ。
会社紹介
BCN総研によれば、イーマシーンズが日本市場に進出した2002年12月のパソコン販売台数を100とすると、03年2月から6月にかけての販売指数は200―300の水準まで伸びた。その後、夏商戦期の7月の指数は415と、進出以来最大の販売実績を達成した。10月に投入した新製品も、夏商戦期と同様の勢いがあり、日本市場の需要を着実につかんでいる。
イーマシーンズの製品は、とてもシンプルな構成であると同時に、そのビジネスモデルもシンプルなものである。高度な受注生産(BTO)やサプライチェーン管理(SCM)を導入することもなく、提携先の限られた数の小売店が、確実に販売できる台数だけ生産する。製品は、提携先の小売店で売れるものしかつくらない。
日本では、九十九電機と石丸電気のみと提携し、この10月から秋冬モデルとしてデスクトップ6機種、ノート1機種を投入した。デスクトップの標準モデルは4万9800円、ノートは13万9800円。ともに、両販売店で完売が見込める数量しか、日本向けに生産・出荷していない。