ITを身近な“道具”として使いこなしてきた世代から知事が誕生した。e-Japan戦略Ⅱに掲げられた「ITの利活用」を、ごく当たり前のこととして推進できるリーダーシップは大きな武器である。知事に就任して半年――。「佐賀県民87万人の御用聞きをして走り回っている」なかから、どんな新しい試みに挑戦するのか。県民の期待と県職員の不安(?)を一身に、一気に走り出した。
役所の仕事を「住民から見える形」に、最高情報統括監(部長級)を任命
──知事の仕事にITを積極的に活用されていると聞きますが。
古川 もう一般企業では普通でしょうが、知事に就任してから県庁でも仕事の指示や報告は基本的に電子メールで行うように変えました。それまでは時間を取って対面で処理するのが基本でしたが、やり方を全く逆にしたわけです。職員の意識改革を促す狙いもあったのですが、そうすることで“時間”という貴重な経営資源を有効に使う意識も芽生え、デジタル技術を使うことで“対面”というアナログの大事さも判る。もちろん必要と判断したときには「直接説明してほしい」と指示しますし、そのメールは秘書課長にもCC(カーボンコピー)で出せば良いわけです。
──ITは役所をどう変えるのでしょうか。
古川 現在進められている電子県庁も、単に従来の仕事をIT化するというだけで、役所の仕事を「住民から見える形にする」という発想が欠けていると感じています。業務の改善を置き去りにして、電子県庁を進めてもあまり意味がないわけで、県庁の業務そのものの改革が不可欠です。その時に重要なのは、業務プロセスのルールをどのように決めておくか。新しいデジタル技術を前提した役所の仕事のあり方を考える必要があります。例えば、災害現場の状況を考えた場合、今なら携帯電話があれば動画を送信することが可能で、その方が的確な判断ができるはずです。新しい技術を積極的に取り入れて、県民にとって役に立つアウトプットを出せる仕事のやり方を創り出していかなければなりません。そこは、これまでの電子県庁構築計画には含まれていない部分だったわけで、そうした取り組みを通じて、佐賀県を全国の都道府県の中でも「情報化で光る県にしたい」と考えています。11月1日付で、CIO(最高情報責任者)補佐官相当職の「最高情報統括監(部長級)」を任命したのも、そのためです。
──他の地方自治体でもCIO補佐官を設置する動きが広がっています。
古川 CIO補佐官の設置のきっかけは、電子県庁のための情報システム発注でした。予定価格より大幅に安い価格で落札されたのを見て、むしろ将来的に費用が高くなるとの懸念を感じました。そこで、浮いた予算で人材を雇うことにしたわけです。佐賀県のCIO補佐官の特徴は2つあります。まず、部長級という高い地位を与えたこと。さらに、組織規則も改正して、CIO補佐官に指揮命令権限をもって仕事をできる根拠をつくったことです。CIO補佐官には、情報システム開発がITベンダーの言いなりになっていないかチェックして、無駄な費用の発生を抑えるだけでなく、県庁の仕事の改善を推進してもらおうと考えています。組織内の抵抗勢力と戦って、業務改革を進めるには地位と権限が必要だからです。
地元限定で2つの発注制度を導入、官需の活用で地場企業を育てる
──仕事のやり方でまず変えたいことは?
古川 身近な例で言うと、県庁の仕事を外部で説明するときには、プロジェクターを使ってプレゼンテーションできること。出張に行って空港などで待っている時もパソコンでメールチェックや報告が書けるようにすること。そのためのIT環境を整えるとともに、職員にも積極的なマインドをもってもらいたい。私の場合は、海外出張に出ても電子メールや携帯電話が使える環境を自分で整えました。「出張中だから電話もメールも通じない」なんて言う時代ではありませんからね。もともと県庁の職員は非常に高い能力をもっており、県がやる気になればかなりのことができるのです。要は、どこまで本気になれるかどうか。いま来年度の予算編成に向けて政策評価を進めていますが、政策立案の考え方が「過去の成果を踏まえて蕫次の一手﨟を考える」というもの。「先々の目標を掲げ、それを実現するためにどうするか」という発想が欠けていると言わざるを得ません。
──地方自治体では、ITを地域経済活性化のために活用する動きも盛んです。
古川 佐賀県では情報システムなどの公共発注で、地場企業の育成を目的に地元限定で発注する「ローカル発注」と、実績のない企業や製品を県が率先して導入する「トライアル発注」の2つの制度を導入しました。本来は安くて良いものを調達するのが役所の役目で、ローカル発注は禁じ手だとは思っています。しかし、景気低迷が続くなかで、官需を活用しながら地場企業を育てる必要があると決断しました。トライアル発注では、105品目の応募があって、その中から30品目を選んで納入してもらいました。使った評価は企業に知らせて、結果が良ければ納入実績としてどんどんPRしてもらえればと思っています。以前に4年勤務していた長崎県では、情報システムの仕様書を書ける人材を県庁で雇い、オープンソース化を進め、地場の中小IT企業への分割発注を可能にしました。これは、佐賀県でもぜひ実現したいと考えています。やはり1社が独占するような不透明な発注方法は問題があります。
──トライアル発注は面白い仕組みですね。
古川 企業からは「技術開発への補助金は要らないから、その分の予算で県が積極的に新しいものを使ってほしい」との意見も出てきています。技術開発の現場では、計画を途中で変更したり、中止したりするのは日常茶飯事ですが、県の補助金が付いてしまうと、計画変更もままならず、単年度予算なので資金提供も中途半端。それぐらいなら、できたものを買って使ってくれた方が良いというわけです。
──今後、ITによる地域活性化にどのように取り組んでいきますか。
古川 地場のIT企業は、残念ながら新聞社系、銀行系のほかは、弱いと言える状況です。しかし、佐賀大学から出てきた学生ベンチャー企業「オプティム」や、情報倉庫サービス「ジムコ」といった新しい芽も育っているので、応援していきたいと思っています。
ITによる産業振興は、どの地方自治体でも「ITをつくる」産業の育成に力を入れていますが、佐賀県は「ITを使う」産業のメッカ、デジタルコンテンツの拠点にしたいというのが、私の発想です。先の小泉首相の所信表明演説でも、映画、アニメ、ゲームを日本が世界に誇れる産業として育てていく方針が出されましたよね。すぐに佐賀県にそうした産業を立ち上げることはできないかもしれませんが、まずはメタデータ(作成者や著作権などコンテンツに関する情報)を処理するぐらいから始めて、韓国や台湾とも連携していく。来年度の新施策として「アジアのハリウッド構想」の名称で検討しているところです。佐賀県は農業県です。佐賀県産農作物の付加価値を高め競争力を強化する手段としてトレーサビリティシステムなどICチップ活用は、ぜひ取り組んでみたいテーマです。もともと農作業は家から離れた場所、つまりモバイル環境で行うわけですから、ITの利用は農業の活性化にも非常に役立つのではないかと考えています。
眼光紙背 ~取材を終えて~
膨大な数のメールが毎日、知事に送られてくる。県庁の職員からの報告、県民からの意見・要望などのメールには自ら目を通し、自分の名前で発信するメールは全てチェックする。「初めの頃は職員のメールに『メールで失礼します』なんて書かれていたのが、最近はなくなりましたね」。いくら電子メールが使える環境が整っていても、活用しなければ意味がない。その文化を根付かせるために率先して行動しているのだが、「業務量が増え過ぎて、ちょっとスマートでなくなってきた」のが悩みとか。組織がフラット化し、トップに機能が集中する傾向はIT利用の宿命とは言え、“パワフル知事”にも限界はある。集中と分散のバランスをどうとるか。CIO補佐官の果たす役割は重要だ。(悠)
プロフィール
古川 康
(ふるかわ やすし)1958年7月15日、佐賀県唐津市生まれ。東京大学法学部卒。82年、自治省に入省し、財政局指導課。同年、沖縄県総務部地方課。84年、自治省消防庁地域防災課。86年、自治省行政局振興課。89年、長野県企画局企画課長。90年、長野県総務部地方課長。92年、自治大臣官房情報管理官付課長補佐。93年、自治省税務局固定資産税課課長補佐。94年、岡山県総務部財政課長。96年、自治省税務局企画課課長補佐。97年、自治大臣秘書官。98年、自治大臣官房企画室環境対策企画官。同年、自治大臣官房地域振興券推進室副室長兼務。99年、長崎県商工労働部長。01年、長崎県総務部長。03年1月、長崎県および総務省を退職。同年4月、佐賀県知事に就任。日本一若い県知事となる。
会社紹介
今年4月の統一地方選挙で、全国で最も若い知事として初当選した。唐津市に実家はあるものの、29年間佐賀を離れていて、1月に総務省を退職。わずか3か月で当選を果たした原動力は、若さと行動力に加えて、時代が大きく後押ししたからかもしれない。自身のホームページのURLは「パワフル・ドットコム」。今年「佐賀県」が大ヒットしてブレイクしたお笑いタレント、はなわのプロモーションビデオに、知事当選後、就任直前に出演して全国区でも有名になった。
ITとの出会いは、旧・自治省大臣官房情報管理官室(現・地域情報政策室)の課長補佐時代。「オオカミ少年の話を引き合いに、今度こそ情報化の波が訪れるから準備しよう」と説いて回り、自らも積極的にパソコンやモバイルを活用してきた。一方で、長野県、長崎県など4つの県庁での勤務経験を持ち、自他ともに認める「県庁のプロ」。業務改革を阻む抵抗勢力の手の内も、ITの限界も知り尽くしたうえで、モバイル片手に電子県庁の構築と地域活性化に奮闘を続けている。