「モザイク」の開発者である。アンドリーセン氏がいなければインターネットは現在のように普及していない、とさえ言われる。それから10年。ウェブサービスが拡大していくなかで、「より良いサービスを提供できるソフトの開発」に力を注いでいる。自らが火付け役の1人となったインターネットの爆発的な普及を、さらにどう加速していくかがビジネスのテーマだ。
低コストで効率的にサーバーを管理、「競合製品よりも2、3年は先を走っている」
──当初のラウドクラウド、現在はオプスウェアと社名を変えていますが、アンドリーセン会長はモザイクの開発から10年、何をビジネスのテーマとしてきましたか。
アンドリーセン 1990年代は、インターネットに多くの人を引き込むことに躍起になっていました。ブラウザを開発することで、10年前は100万人にも満たなかったインターネット人口が、今では世界で8億の人々が活用するようになってきた。ウェブサービスもIP電話やeコマース、動画配信といったように、どんどん広がっています。サービスが一般的になってくることで、サービスを提供する側は、新しい技術をどう活用していけばいいのか、どんな新サービスを提供するか、どうしたら安定したサービスを提供できるか──ということが非常なプレッシャーになってきています。また、システムのアウトソーシングも一般的になってきています。こうしたビジネスの手助けをしていくことが、オプスウェアの役割だと考えています。今後、企業で活用されるサーバーの数もビジネスアプリケーションの数も爆発的に増えていきます。サーバーやアプリケーション数が増えればセキュリティやメンテナンスのコストも格段に増えていく。そこで、低コストで効率的にサーバー群を管理できるソフトの開発・提供をビジネスモデルにしているわけです。
──サーバーの効率的な活用を図るために、グリッドコンピューティングあるいはユーティリティコンピューティングという考え方が広がりつつあります。市場で競合する企業も増えているのでは。
アンドリーセン グリッドコンピューティングというのは、元来、電力グリッドから発生した言葉です。必要な時に必要なだけ電力を供給できる──というのが発想の起源です。コンピュータリソースも、必要な時に必要なだけのパワーがあればいいのではないでしょうか。そういうシステムを目指してオプスウェアは99年9月の会社設立の日に開発をスタートしました。それ以来、すでにバージョン4まで開発しています。競合するシステムの開発が始まったのが00年から01年。未だにバージョン3の段階です。この業界では、「バージョン3までは信用するな」という言葉があります(笑)。信頼性がそれほど高くない、というわけです。オプスウェアは競合製品に比べて、2、3年は先を走っていると自負しています。もちろん競合も必死で追いかけてきているので、当社も開発を続け全力で走っていきますが。
──米国での具体的な活用事例はありますか。
アンドリーセン すでに、米国のアウトソーシング受託企業であるEDS(テキサス州)での実績もあります。米フォード・モーターは4輪駆動車の装着タイヤによるリコールを発表した際に、ウェブサイトにアクセスが集中することが予想できました。通常ならば対応するサーバーの数を増やすのに少なくとも3週間はかかりますが、3日で完了しました。また、米全国紙であるUSA Todayでは同時多発テロのあった01年9月に、ニュースを求めて爆発的にアクセス数が増えましたが、サーバーのキャパシティを2倍にするのにわずか90分で済みました。普通は5日から10日はかかるでしょう。オプスウェアを導入することで、そのようなサーバーの割り当ても自動管理できるようになるのです。
今後はアウトソーシングが一般的に、日本でも市場開拓を進めていく
──ユーザーにとっては、情報化を進めることでビジネスの効率化を図る一方で、TCO(システム総保有コスト)の点からも維持管理コストの増大が問題になっています。
アンドリーセン テクノロジーが複雑化してくるにつれて、ユーザーも面倒なことはやりたくない、使いたい時に使いたいだけコンピュータリソースがあればいいと考えるようになってきています。この課題を解決するためには、アウトソーシングするか、維持管理を自動化するしかないでしょう。自動車生産は、1台1台を手作りしていた時代から、ベルトコンベアによる流れ作業になり、今ではロボットが自動車を製造する時代です。それで大量生産が可能になり価格も安くなりました。情報化のテクノロジーのなかでは、まだこういう現象が起きていません。オプスウェアはこれを実現しつつありますが、市場で一般的になるのはこれからです。ITは他の産業の効率化には大きく貢献してきましたが、自身がどれだけ効率化されているかというとまだこれから。そんな部分は多いと思います。10年前、情報スーパーハイウェイ構想が生まれたときは、多くの人が遠い将来の話だと考えました。しかし、現実的には今、8億もの人がインターネットを利用しさまざまなサービスを利用しています。これから10年間も、大きな変化が続くと考えています。アウトソーシングが一般的になり、サーバーシステムの自動管理というのも普及してくると確信しています。
──今回の来日は、NTTコミュニケーションズ(NTTコム)との提携と同時に、日本およびアジアパシフィック拠点の開設が目的ですね。
アンドリーセン NTTコムはアウトソーシングで長い経験があり、日本での強力なアウトソーシング受託企業の1社と認識しており、われわれとしてもベストな提携相手と思っています。今回の提携は、もともとNTTコムとEDSのパートナーシップがスタートになっています。EDSはオプスウェアと提携しており、システムを導入していました。このため、NTTコムも約1年にわたりオプスウェアを詳しく評価し、導入することを決めたわけです。NTTコムはアウトソーシングの経験とともに高い技術力があり、NTTコム、EDS、オプスウェアの3社ですばらしいパートナーシップを長く続けていきたいと思っています。その他にも、日本企業ではNECとも提携しており、NECの販売網とNTTコムのアウトソーシングビジネスで、オプスウェアの市場開拓を進めていくことができます。
──これで日本でのビジネスの拡大は期待できる体制になりました。中国市場や欧州についてはどのような戦略を立てていますか。
アンドリーセン 中国市場については人口も多く、大変興味のある市場ですが、今のところ具体的な進出計画は持っていません。欧州についてはロンドンに拠点を置き、英国および西ヨーロッパをターゲットに大企業向けの展開をスタートさせたところです。欧州では、システムインテグレータや通信事業者、メディア、政府関係など幅広いユーザーが関心を寄せています。すでにビッグカスタマーとの話し合いも進めており、数か月後には発表できるようになると思います。
眼光紙背 ~取材を終えて~
2メートル近い長身のスーツ姿。気難しいそぶりも見せず、これが「モザイク」を開発した本人か、と一瞬驚いた。ITに振り回される方から見れば、未だ32歳という若さも信じ難い。ソフト業界でも、誰もが知っているような有名人でもない。独禁法に触れたり、買収で企業を大きくしたりもしない。しかし、「インターネットを普及させた男」とは言われている。企業の情報化投資が進み、さまざまなサービス、アプリケーションが開発されサーバーの導入台数は急速に拡大している。彼は「コンピューティング資産が無駄にされていないか」と考えてきた。NTTコミュニケーションズは今回の提携で、オプスウェアを導入したサービス「アジリット」をホスティングサービスの中核に据えるという。(蒼)
プロフィール
1971年7月生まれ、米アイオワ州出身。93年、イリノイ大学コンピュータ学科卒業。この間、ブラウザの原型とも言える「モザイク」のプログラム9000行を仲間とともに数か月で書き上げる。92年、シリコングラフィックス(当時)の創業者であるジム・クラーク氏と意気投合し、94年11月に「ネットスケープ」を設立。イリノイ大学からモザイク開発チームを引き抜き、「ネットスケープ・ナビゲーター」を開発する。99年、ラウドクラウド(現・オプスウェア)を設立し、会長に就任。02年6月、現社名に変更。
会社紹介
米オプスウェア(カリフォルニア州)の前身であるラウドクラウドの設立は1999年9月。会社設立の日から、データセンター管理自動化ソフト「オプスウェア」の開発に着手した。02年6月に社名を変更。04年1月期の売上高は1810万ドル。05年1月期には3500万─3700万ドルの売上高を見込む。オプスウェアのシステムは、サービスの構成から変更、セキュリティ確保、普及、サーバー・ビジネスアプリケーションの変更など、ITのライフサイクルの全ての自動化を目指している。拡張された企業システムで、サーバーの不正な構成を排除し、最適化を図ることでアプリケーションのダウンタイムを最小限に抑える。また、OSのセキュリティホールにパッチを当てる作業も短時間で可能という。今月、NTTコミュニケーションズ(NTTコム)と提携したが、オプスウェアの導入でNTTコムではアウトソーシングで100%SLA(サービスレベルアグリーメント=サービス品質保証)を導入し、システムのダウンタイムに補償を行う。それだけオプスウェアの信頼性が期待されているわけだ。