ソフト開発のコスト削減を目的に、中国やインドへのオフショア開発の機運が高まるなか、インドのソフト輸出額の約7割を占める巨大マーケット、米国市場には目もくれず、日本市場に特化しオフショア開発を手掛けるのが日印ソフトウェアだ。創業社長であるシャンカラ ナラヤナ ギリ氏は、「日本での成功のカギは、語学だけでなく、日本の商習慣や開発文化まで身に付けた人材にある」と、SE(システムエンジニア)全員に日本での実務経験を積ませるなど、“日本向けSE”の育成を徹底する。インドへの外注にまだ不安を抱くことも多い日本企業に、ギリ社長はどう立ち向かおうとしているのか。
10年以上、日本の受託開発に携わる、徹底した人材教育も強み
──日印ソフトウェアの顧客ターゲットは、100%日本企業です。米国市場のオフショア開発を中心に展開しているインドのIT企業が多いなか、日本にこだわる理由は。
ギリ 日印ソフトを設立する以前から一貫して、日本企業向けのソフト開発の実績やオフショア開発のビジネスノウハウがあったからです。大学を卒業してから、インドで日系ソフトベンダーのオフショア開発に携わり、日本でも約4年間ソフト開発の経験を積みました。10年以上、日本のソフトベンダーの受託開発に携わっていることになります。日本のソフトベンダーに対するオフショア開発のノウハウや日本の商習慣を熟知している点で、米国や欧州のソフトベンダーをメイン顧客に据えている競合他社よりも上だと自負しています。日本は米国に次ぎ、世界で2番目のITマーケットですし、日本市場にリソースを集中させ、日本企業のオフショア開発に、どこよりも長けている企業になろうと考え、日本市場だけに力を入れています。
──日本のソフトベンダーだけに顧客ターゲットを絞ることで、他社よりも優位に立っている点は。
ギリ 人材です。日本のソフトベンダーが、日本の外注先に発注する時と変わらないと感じてもらえるほど、日本語でのコミュニケーション能力や日本の商習慣、開発工程を身に付けているSE(システムエンジニア)が当社には多い。ソフトの仕様書をはじめ、電子メールや電話でのやり取りなどもすべて、日本語でまったく問題ありません。本社はインドのバンガロールにありますが、仕事をする上では日本のソフトベンダーのように扱ってもらっても、全然支障はありませんよ。1997年の設立当時は、日本語を話せる社員は私を含め3人だけでした。ですが、日本でオフショア開発で成功するために最も大事なことはコミュニケーションだと、日本での実務経験で痛感しました。語学を中心とした“日本向けSE”の育成には、創業以来最も力を入れています。
毎年8─10人の新入社員を採用しているのですが、まずは全員に日本語教育を受けさせています。毎年1000万円程度、日本語教育に投資していることになります。また、日本語教師を社員として採用し、社員に1年間日本語を徹底的に教え込みます。その後、親会社であるエヌ・ディ・アールに派遣するなど、日本で実務経験を積ませ、インドに帰国させるというサイクルを確立しています。ここまで徹底したスキームで日本企業を意識した人材教育を行っているのは、インド国内でもないでしょう。現在、日印ソフトの社員は66人で、SEは57人です。そのうち、日本語と英語のバイリンガルSEは約35人と半分以上を占め、日本に駐在するSEも27人います。語学だけでなく、日本で直接ビジネスに携わり、日本の商習慣にも慣れたSEをここまで保有する企業は稀です。
日印ソフトは、アプリケーション開発がメインの事業ですが、それ以外にも組み込みソフト開発はもともと強い分野です。組み込みソフト開発は、ハード、ソフト双方の高度な技術レベルを求められるため、簡単に参入できるわけではありません。また、幅広いソフト開発に対応できるのも強みで、50以上のオフショア開発を手掛けてきた実績があります。
インドは毎年80万人の理系大卒者を輩出、08年までに約1700万の人材がIT業界に
──コストを抑制できるオフショア開発が注目を集めているのは確かです。ですが、外注先としてインドのIT企業を選択することに、不安を抱く企業はまだまだ多いのでは。
ギリ 確かにその通りです。日本人にはもともと身近に作業者を置きたいという文化があり、それは今でも根強い。インドのソフト輸出額のうち約70%は米国向けで、その後に欧州や東南アジアが続きます。日本企業向けはわずか3%しかない。第2のITマーケットである日本に、オフショア開発をリードするインドがこれだけの数字しか出せていないというのは非常に淋しいし、歯痒いです。しかし、私が会社を興した97年当時に比べると、小さな案件をテスト的に海外発注するなどの機運は着実に高まってきています。まだまだ厚い壁はありますが、経営者の視線が変わってきたと感じています。少なくともここ数年で、早く10%ぐらいには到達してもらいたいです。
──日本のオフショア開発では、中国が強力なライバル国ですが。
ギリ インドが距離や言葉の問題で、日本の海外発注対象として中国に先行されているのは確かです。しかし、インドのソフト開発技術は、中国にはもちろん劣らないレベルにあります。日本企業は今、中国ばかりに目を向けているような気がします。中国と同様にインドにももっと目を向け、中国の良いところ、インドの良いところを上手く組み合わせてソフト開発を手掛けて欲しいです。最近のインドのソフトベンダーは、徐々に日本企業を顧客ターゲットとして意識しています。日本語検定試験を受験する人はここ数年、毎年2倍以上で伸びているようですし、すでに日本のオフショア開発を手掛ける企業も80社を超えたと聞きます。インドもさらに日本を意識した展開を進めていくと思うので、日本企業にも、もっとインドに注目してもらいたいです。
──インドのソフト開発技術が長けている理由は。
ギリ 教育機関が数学に力を入れていることもあって、数学に興味を持つ人間が多いからです。大学でも理系の学問を学んでいる人が大半で、数学ができる人は優秀というイメージが強いんですよ(笑)。そのうえで英語には長けていますから、もともとITに強くなる土壌が整っていたということでしょうね。インドの大学全体で毎年80万人の理系の卒業者が出ており、08年までにはIT業界に約1700万の人材が携わることになります。また、インドにはソフトウェアテクノロジーパーク(STP)という組織があり、IT関連の企業が起業しやすい環境も揃っていることもあるでしょう。STPが先導役となって、インド政府は80年代からソフト開発の輸出を積極的にプロモートしています。日本で言えば岐阜県の「ソフトピアジャパン」のような位置づけでしょう。STPに登録している企業は情報を得られるだけでなく、たとえば、10年間は利益に対する税金がかからないとか、日本語版のソフトや特別なハードウェアを無税で輸入できるなどのさまざまなメリットがあります。STPは、バンガロール市を中心に国内に50拠点以上の事務所を構えており、ソフトベンダーを支援しています。こうした取り組みを行っていることも、ソフト開発技術が長けている理由でしょう。登録企業は年々増えており、インドのソフト開発技術は質、量ともにさらに上がっていきますよ。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「まだまだ完璧じゃなくて、今も勉強中」と謙遜するが、日本人にまったく引けを取らない流暢な日本語を話す。文法が複雑な日本語の勉強は大変だったそうだが、「日本と日本人が好きだし、苦にはならなかった」という。 「利己主義のインド人と違って、日本人は良い時も悪いときも、自分だけでなく他人を思いやり、チームワークを大切にする。日本人の最も素晴らしいところ」。こう話すギリ社長の口調は、必ずしもリップサービスだけではなさそうだ。日本への思いは、社名にも反映されている。インドを表す印を前に出さず、“日印”と母国よりも日本を優先した。「お客さんを100%日本企業に絞っているので配慮した」考え方も日本人らしい。(鈎)
プロフィール
シャンカラ ナラヤナ ギリ
シャンカラ ナラヤナ ギリ(シャンカラ ナラヤナ ギリ)1970年1月生まれ、インド・バンガロール市出身。91年、バンガロール大学コンピュータ工学卒業。92年、日本企業のオフショア開発を手掛けるインドジャパンソフトウェアエンジニアリング(バンガロール市)に入社。93年、日印ソフトウェアの親会社であるエヌ・ディー・アールに出向。日本での開発に携わる。97年11月、日印ソフトウェア設立。代表取締役社長に就任。
会社紹介
日印ソフトウェアは、ソフト開発のエヌ・ディ・アール(大阪市、永原隆嗣社長)やギリ氏などが共同出資し、1997年11月に設立した受託ソフト開発会社。アプリケーション開発をメインに、組み込みソフトなどのオフショア開発を手掛ける。親会社のエヌ・ディー・アールとの連携により、日本企業向けのソフト開発に100%特化した営業展開を行う。まで、50件以上の開発案件を手掛けてきた実績を持つという。インド南部のカルナタカ州バンガロール市内に本社を構える。社員数は66人。社員の日本語教育に積極的に取り組んでおり、インド国内でSE(システムエンジニア)に日本人教師による1年間の語学研修を実施しているほか、日本からの発注案件によるトレーニング、日本で数年間の実務経験を積ませるなど徹底している。