古くは天皇・皇后のご成婚や万国博覧会、オリンピックといったイベントを経るたびに進化してきた家庭用テレビ。ブラウン管から薄型テレビへのリプレースという大きなうねりのなか、2004年のアテネ五輪を迎える。松下プラズマディスプレイにとっても、茨木第2工場稼動、尼崎新工場着工という大きなエポックの年となるが、薄型テレビの将来市場を考えると、まだまだスタートしたばかり。森田研社長は、需要があるのに売る物がないという「機会損失だけは引き起こしてはならない」と気を引き締める。
テレビは“顔”のような存在、多くの人に魅力を感じてもらう“もの作り”
──今年はオリンピックイヤーであると同時に、薄型テレビ市場が本格化する年になりそうです。
森田 松下電器産業にとってテレビというのは、昔からまさに“顔”のような存在でした。ブラウン管に代わって薄型ディスプレイが主役になると予想されるなか、1970年代から様々なネタを仕込んできました。その結果、「PDPはいい商品になる」との解答を見出し、98年の長野五輪から商品を提供しつつ、技術革新を進めてきました。01年に茨木第1工場を立ち上げる際に、30%のシェアを取りたいと申し上げ、そのためには順次、工場を開設していかなければならないことも申し上げましたが、上海松下プラズマディスプレイや茨木第2工場、来年の尼崎工場と、きちんと実践してきています。松下がPDPという商品に込めてきた思いは、いささかも変わりありません。その間、PDPの需要は予測と同等か、それ以上に伸びてきました。これは、薄く、ブラウン管よりも大型化が可能で、映像を楽しめるというPDPが持つ商品そのものの魅力が予想を上回り、ユーザーも本質を理解して頂いたからだと思います。
──市場拡大と生産能力拡大のスピードは、一致しています。
森田 03年度の松下の販売台数は約40万台で、01年度から毎年ほぼ倍増のペースできています。04年度もそのペースで増やしていく計画ですが、茨木第1工場と上海松下だけでは足りません。今年4月から稼動した茨木第2工場の立ち上がりは、計画通りの順調なものになっていまして、松下全体の生産能力100万台は確保できます。もちろん、需要は直線的に伸びるものですが、増産するにしても妥当な範囲というものがあります。とにかくシェアを取るというなら、100万台作ってもいいのでしょうが、商品の魅力を理解してもらいながら売るというのが、松下のスタンスです。ただし、「買いたい」というお客様がいるのに、「売れない」という機会損失だけは引き起こしてはならず、それを念頭に置いた「もの作り」をしていきます。
──歩留まりの向上は、常に最大の課題ですね。
森田 他社に比べ、量産開始が遅かったため、当初は苦労したのも事実です。しかし、今では海外メーカーはもちろん、国内メーカーにも劣っているとは思ってません。詳しくは申し上げられませんが、製造工程や生産技術など、日常の行為の中に課題を見つけ、高い目標を実現することを諦めないという姿勢が大切です。東レとの合弁事業であることを含め、すべてを自前でまかなっているわけではなく、割り切りが必要な面もあります。ですが、その結果が、歩留まりやスループットの向上につながっているわけです。放っておいても売れるような商品はなく、値付けやデザイン、使いやすさなど追求し、セールスプロモーションも含めて、多くの人に魅力を感じてもらわなければなりません。同じことは、もの作りにも言えます。その点には常に注意するよう心がけてます。
──新設工場も尼崎に建設するなど、パネル生産は国内をメインに考えているようですが。
森田 PDPには、値段を下げていくことなどの課題があります。そのためには、材料や設備を変えていく必要もあり、少なくともパネル生産に関しては、拠点である茨木から近い方がいい。PDPのテレビ市場に占める割合は、台数ベースでまだ2─3%に過ぎません。PDP市場が1000万台規模になる、あるいはテレビ全体の10%を占めるというようになるまでは、パネル生産は国内中心でいくことになるでしょう。もちろん、組み立ては消費地に近い方がいいですが、パネル生産は組み立てに比べ自動化が進んでおり、人件費がかかるわけでもありません。05年11月に量産開始予定の尼崎工場は、スループットを高めています。茨木第1工場が基板を1枚ずつ処理していたものを、茨木第2工場では3枚ずつ処理する。それが尼崎工場では6枚ずつ処理します。材料の改善や工程短縮なども行うことで、尼崎工場の生産効率は茨木第1工場の4倍になるということです。
世界最大級の65型を今秋発売予定、1インチあたり1万円は通過点
──より大型のPDPテレビを市場投入するお考えは。
森田 世界最大級の65型プラズマディスプレイは、今秋にも発売する予定です。試作であれば、80型まではすぐにもできるし、1台1000万円で買って頂けるというなら、いつでも生産します。ただ、事業としては大型製品を発表するだけでなく、いつから量産化するかというところまで考えなければなりません。40型などに比べれば、数そのものは少なくなるでしょうが、80型以上の製品のニーズは必ずあると思います。すごいお金持ちであるとか、イベント用やホール・エントランス用など、用途はいろいろ考えられます。また、松下としても最上位機種としてラインアップしておく必要もあるでしょう。これまでとは設備が異なるため、新たに作る尼崎工場でなければならないこともなく、茨木であってもいい。新設備導入で、既存のラインのスループットが落ちるわけでもありませんので、どこの工場に導入するのがいいかを総合的に判断していけばいいのです。
──消費者の最大の関心は価格の問題ですが、今後の動向をどう見ますか。
森田 薄型テレビの市場は、00年以降拡大を開始しました。その後の価格面の動きをみると、2割ずつ値段が下がってきています。今後も、ある程度までは下がり続けると思いますし、1インチあたり1万円という数字も、通過点ではないかと思います。われわれとしても、安く値付けができるよう努力しつつ、早く妥当な値ごろ感に近づけていきたいと考えます。その一方で大事なのは、薄型テレビという商品を殺すことのないよう、事業として成立させていかなければならないということです。実力以上の価格競争に踏み込んで、商品を疲弊させてしまっては意味がありません。
──薄型テレビという新たな市場形成の観点から、方式の違いをどう捉えますか。
森田 薄型テレビの方式についても、様々な見方がなされていますが、PDPならPDPの、LCD(液晶ディスプレイ)ならLCDの良さを生かし、それぞれの商品が消費者に買ってもらえるという市場を形成していくべきでしょう。松下は、PDP、LCDをともに手がけていますが、大型製品については材料費の面からも、設備投資の面からもPDPが優れていると考えています。消費電力が大きいといわれる点も、パネルそのものでは大きく変わりません。画像の美しさを損なうことなく、改善できる余地はPDPの方が大きいということです。もちろん、小型製品については、PDPは画素が小さくなるため、LCDに分があります。どちらかが、どちらかを徹底的にやっつけるというものではなく、共に市場を形成していくものだと思います。
眼光紙背 ~取材を終えて~
PDP生産については、当面国内工場を主力として行う方針の松下電器。その一方で、技術のブラックボックス化が進み、生産現場に立つ要員は減少の方向にある。生産会社のトップとしては難しい立場にあるが、森田社長は「1つの工場から数千億円のアウトプットがあり、部材の購入や物流が増える分、周辺分野を含めた雇用や産業の活性化につながる」と指摘する。これまで生産の海外移転が続いた日本の産業だが、産業空洞化や知財保護の観点などから国内回帰の流れが強まっている。輸出を含め新しい市場の創出が日本の経済成長の押し上げ要因になるとの信念を持って、PDP事業に取り組んでいるようだ。(虎)
プロフィール
森田 研
森田 研(もりた けん)1948年生まれ、大阪府出身。71年、大阪大学基礎工学部物性物理学科卒業。同年4月、松下電器産業入社。91年、松下電子工業第一事業本部DA開発センターバイポーラDA開発部部長などを経て、00年、松下電器産業PDP事業部事業部長に。現職は松下プラズマディスプレイ社長のほか、松下電器産業パナソニックAVCネットワークス社副社長、映像・ディスプレイデバイス事業グループ次長、上海松下等離子顕示器有限公司副董事長。
会社紹介
松下プラズマディスプレイは、松下電器産業が75%、東レが25%出資する合弁会社として、2000年10月に事業を開始した。松下電器の持つパネルからセット完成品までの製造技術、東レの持つ背面板製造技術の供与を受け、デバイスからセット完成品までの一貫製造を行っている。大阪府茨木市にある茨木第1工場が01年6月に稼動。上海松下プラズマディスプレイは01年12月にセット、02年10月にパネル生産を開始。今年4月からは茨木第1工場に隣接する茨木第2工場が生産を開始した。さらに、今年5月には、フル稼働時で年産300万台と世界最大規模になる尼崎工場の建設を発表。05年11月の稼動に向けて今秋着工する。PDPの総需要は、03年は150万台だったが、04年270万台、05年500万台と倍増の勢いが予想され、08年には1000万台と見込まれる。尼崎工場がフル稼働となる07年度には、松下の生産能力は年産450万台となる計画だ。