国内IT企業の事業再編の余波が続いている。アラクサラネットワークスは、日立製作所60%、NEC40%の出資により10月1日に正式に事業開始した。海外勢にやられっぱなしの基幹系ルータ、スイッチといったネットワーク機器でのシェア獲得を目指す。和田宏行社長は、「両社にとって弱い事業を組み合わせたのではない。両社の開発スタッフを統合し、タイムリーに製品供給するためにベストのフォーメーションだ」と強調する。
信頼性の高い製品を供給する「ギャランティード・ネットワーク」提唱
──アラクサラネットワークの設立、事業開始は市場を席巻しているシスコシステムズやジュニパーネットワークスへの宣戦布告ですね。
和田 日本の通信機器メーカーは、旧電電公社に対する交換機ビジネスの時代が長く続き、ネットワークの時代になって完全にスタートで出遅れました。日立製作所も、NECも、その他の通信機器メーカーも同様です。ネットワークが企業内のLANなどにとどまらず、インターネットに代表される通信インフラとなることまで見通せなかった。それが今のように、海外勢に国内市場を奪われることになった原因です。
しかし、日立にしろ、NECにしろ、指をくわえて見ていたわけではなく、それぞれ開発を進めてきました。もっとも、ネットワーク機器が、いわゆる通信機器からコンピュータへと変わっていくなか、開発体制が十分ではなかった。海外勢に追いつくだけの投資ができなかった。このため、アラクサラネットワークスの設立は、十分な開発体制を構築するのが目的になります。日立、NEC両社のリソースを統合し、シスコシステムズやジュニパーネットワークスを追撃する体制を構築していきます。
──海外勢に対抗して、アラクサラの特徴を出していくことが重要になります。
和田 会社設立にあたり、「ギャランティード・ネットワーク」を提唱していくことにしました。通信は電気や水道、ガスといったインフラと同じくライフラインの1つです。これまでネットワークはスピード、効率を重視した「ベストエフォート型」が当たり前でした。ADSLや光ファイバーの普及が進み、多くの状況で高速なネットワーク環境を手に入れることが容易になっています。しかし、そうしたスペックばかりが先行し、スピードにしろ接続性にしろ十分な保証がされているでしょうか。当たり前のように高速ネットワークを使っていても、トラブルが発生してしまえば何もなりません。社会基盤として信頼性の高いネットワークシステムを供給する必要がある。だから、アラクサラの設立では品質を保証した「ギャランティード・ネットワーク」を構成するプロダクトの供給を掲げたわけです。
「ギャランティード・ネットワーク」を実現するという意味からも、当社の製品は基幹系ルータとスイッチに絞っています。企業のバックボーンを支えるネットワークシステムや通信事業者向けの製品開発を中心とすることで、安心、安全な情報基盤を提供することが目的になるわけです。
──会社設立と同時に、基幹系ルータやスイッチの新製品も発表しました。販売ルート開拓も事業拡大のカギになります。
和田 6月に日立、NEC両社がネットワーク機器の事業統合することを発表しましたが、実はその前の4月から両社の開発陣は顔を揃えており、共同開発をスタートしていました。開発した機器は、日立やNECにOEM(相手先ブランドによる生産)供給するとともに、アラクサラブランドでも販売していきます。
ただし、当社はエンドユーザー向けの営業を行いません。日立やNECはそれぞれのソリューションに組み込んで販売活動を展開しますが、当社はビジネスパートナーによる販売に集中します。すでに4─5社ほど、ネットワークインテグレータやシステムインテグレータとパートナー契約を結ぶめどをつけました。年内にも正式契約を交わせると思います。これまで海外メーカーが強い市場ですが、ネットワークインテグレータやシステムインテグレータの多くが「国産」に期待している、という実感があります。
パートナーの充実を図っていくことで、来年度(2006年3月期)の事業目標としているのは売上高400億円です。その段階での当社がターゲットとする市場規模は2300億円程度を予想しています。ですから、まず目標とするのは国内シェア17%ということになります。日立、NECを合わせても現在は10%強程度に過ぎないと思います。来年度で基盤を作り、3─5年後には国内シェア25─30%を狙っていきます。
もちろん、狙っているのは国内市場だけではありません、中国をはじめとしたアジア各国にも進出します。アラクサラのパートナーとなる企業の中にはアジア市場に強い企業もあり、そうしたパートナーと協力してネットワークインフラ需要が拡大するアジア地域を攻めていきます。
生産は外部のリソースを活用「スペックの書けるエンジニア」の育成も
──事業基盤を強固にするために、開発や生産面でのテコ入れはあるのでしょうか。
和田 生産については、自社工場を持たないファブレスカンパニーとしてやっていきます。開発した機器の生産は、日立の旧・神奈川工場(神奈川県秦野市)、今のエンタープライズサーバ事業部に委託生産します。生産コストの管理や品質の確保など既存の工場で培ってきた部分は、一朝一夕では作ることができません。外部のリソースを活用した方が有利です。
開発スタッフの強化については、両社の開発陣を統合できたことで、さまざまな手を打つことができます。その1つが、「スペックの書けるエンジニア」の育成です。マーケティングができて顧客のニーズをつかみ、開発チームのリーダーになれるスキルを持ったエンジニアを育てる仕組みを作るつもりです。
これまで日立にも、NECにも優秀なエンジニアはいました。しかし数が少なかった。そのエンジニアがある製品の開発に関わっていると、その他の製品開発に着手できない。そうした状況があるようではタイムリーに製品供給ができません。まず、開発もマーケティングもできる、開発のコアになるエンジニアの育成は重要になります。加えて、アプリケーションに近い部分の組込みソフトの開発についても外部に出していきます。
──日立とNECの合弁事業でスタートしたメモリ生産のエルピーダメモリは、外部の資本も活用し、このほど東京証券取引所1部に上場しました。アラクサラもIPO(新規株式公開)を目指していますね。
和田 アラクサラの場合、第3者割当増資などは当面考えていません。参加したいという企業に対して門を閉ざしているわけではありませんが、しばらくは日立とNECの合弁事業という形で推移することになります。事業を拡大していくなかで、資金需要も出てくるでしょう。国内市場での評価を固めながら、アジア市場にも進出する。アラクサラのブランドを世界に向けて発信していくつもりです。そして、体力とバリューを高めてIPOということになるでしょう。
この分野は海外勢に押されてきました。しかし、技術の蓄積はできています。海外勢に対抗できるブランドも、バリューも持つことができると考えています。決して先細りの事業を統合したわけではない。これからますます重要になる戦略的な事業領域だ──という認識で一致したからこそ事業統合ができたのだと思います。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「アラクサラ」の語源は、ラテン語で“翼”を意味する「ALA」と、その翼が「X」で強く結ばれていることを表す造語だという。日立にしろNECにしろ、また、この2社だけでなく、ここ数年ITベンダーはかつてのライバルと事業統合するケースが多い。それだけ海外勢と対峙するためには呉越同舟も必要ということなのだろう。
なかには企業文化の違いが顕在化している企業もあると聞く。しばらく時間が経った頃に、社風の違いが大きな溝になる恐れもある。和田社長は、「文化の違いは当たり前。それを束ねていくのも私の仕事。でも、急いで焦らず」と認識している。そのため、来年度には人事制度も改革していく考えだ。しかし、「同じフィールドで競争してきた者同士、共通の言葉で話せる」とエンジニアが80%を占める企業らしい面も強みだ。(蒼)
プロフィール
和田 宏行
(わだ ひろゆき)1954年生まれ、長野県出身。80年3月、早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了。80年4月、日立製作所入社、神奈川工場配属。91年8月、神奈川工場ネットワーク設計部主任技師。97年8月、オフィスシステム事業部ネットワーク部副部長。98年6月、日立コンピュータプロダクツ(アメリカ)上級副社長。01年5月、エンタープライズサーバ事業部IPネットワーク本部本部長。03年4月、IPネットワーク事業部事業部長。04年10月1日から現職。
会社紹介
アラクサラネットワークスは、2004年10月1日付で正式に合弁会社として発足。資本金は55億円で日立製作所が60%、NECが40%を出資。従業員は約320人。日立、NECの基幹系ルータやスイッチの開発から、設計、製造、販売、保守までをトータルで事業化した。04年6月にこの分野での事業統合を発表したが、両社による開発作業は4月から始まっていた。
製品は自社ブランドによるパートナーを通じた販売のほか、日立およびNECへのOEM(相手先ブランドによる生産)供給も行う。和田社長は、「国産を望んでいるユーザーは多い」とし、05年度(06年3月期)は売上高で400億円と、基幹系ルータとスイッチの国内シェア17%を獲得し、さらに3─5年後には国内シェア25─30%を目指す。