「ITは手段であって目的ではない」との言葉に説得力がある。机上の学者ではなく、市民ボランティアとして市政にも積極的に参画してきた実践主義者だ。“技術”主体に偏りがちなIT分野で、“利用者”主体の立場を貫いてきた。市町村合併も一段落し、いよいよ電子自治体の構築も本格化するなか、三鷹市はITをどう活用していくのか。その“経営”手腕に、全国から注目が集まる。
医療や教育のIT化はすべて自前 SOHO CITY構想で収入増へ
──三鷹市は、1980年代から情報通信分野の先駆的な取り組みを続けてきました。
清原 私が市長に就任したのは2003年4月からですが、70年代終わり、大学院生時代に「ニューメディア」の研究に取り組み、84年から87年まで三鷹市で行われた電電公社(現NTT)のINS(インフォメーションネットワークシステム)実験には研究者として参加しました。97年には市民、市職員、専門家が一緒に行った三鷹まちづくり研究会の座長として「情報都市みたかへの提言~INS実験都市からSOHO CITYへ」を取りまとめたほか、02年には「あすのまち・三鷹」プロジェクト構想を提案した発起人の1人として、市長になる直前まで審査評価委員長を務めるなど、三鷹市に住む市民ボランティアとして市の政策研究や組織づくりに取り組んでいました。
──e─Japan戦略など政府のIT政策にも関わりが深い。
清原 00年に成立したIT基本法の国会審議の時は参議院の委員会に参考人招致され、「利用者主体」の重要性を指摘しました。情報バリアフリーと、IT利用の有効性を実証する観点から電子政府・電子自治体の促進の2つを提言し、法律にも反映していただいたと思います。政府が03年7月に策定したe─Japan戦略Ⅱを検討した「IT戦略の今後の在り方に関する専門調査会」の委員にも、東京工科大学メディア学部長の時に参加して、ネットワークインフラ重視の戦略から、医療、教育などのアプリケーションに重点を置いた戦略への転換が図られました
──利用者主体の考え方は、三鷹市でのフィールドワークで培われたわけですね。
清原 三鷹市では、大体のアプリケーションを経験してしまっているのです。教育のIT化も遠隔医療も経験済みで、その問題点も判っている。当たり前の話ですが、ITは手段であって目的ではありません。いまでも三鷹市では、当時の「INS市民の会」メンバーが多角的に活動しているほど情報化に対する市民の意識は高い。80年代に「一体(I)、何を(N)するの?(S)」と揶揄された苦い経験もあるので、新しいことを行う場合も慎重に検証しながら対応してきました。SOHO CITY構想でも、まずパイロットオフィスを設置し、どのような支援が必要かを検証しながら、良ければ続ける──というやり方を提案したのです。
──IT化が総合的に進んでいると評価されていますが…。
清原 三鷹市は、地方交付税の不交付団体なので、医療や教育のIT化にしても全て自前で揃えなければならず、何事にも計画的、段階的に取り組むという経営感覚を持った自治体でした。SOHO CITY構想を提案したのも、医療、教育のIT化だけでは支出が増えるばかりで、収入を増やすための施策が必要だと考えたからです。最近、役所でもPDCA(計画・実行・評価・改善)サイクルの導入が盛んですが、三鷹市ではITを含む全ての分野でそうした意識が根付いています。ブームに翻弄されずに、地に足の着いた自治体経営が外部からも評価されているのではないでしょうか。
これまでは市民、研究者として厳しく注文をつける立場でしたが、市長になって立場が変わっても、市民から見て納得できるプロジェクトなのか、有効なのか、コストはかかり過ぎていないかを絶えず検証し、市民感覚で経営していかなければならないと思っています。
ISMS認証を昨年1月に取得 庁議の名称を「経営会議」に
──就任後、IT化への対応はいかがですか。
清原 まず手を付けたのが、第3者評価によるISMS(情報セキュリティマネジメントシステム)の認証取得です。昨年1月に取得できましたが、東京都内の自治体では初めてです。昨年からスタートしたのが、戸籍のデジタル化や基幹システムの更新です。税収が落ち込むなかで、メインフレーム型からサーバー型へのシステム転換は懸案事項でしたが、やっとゴーサインを出せました。役所のネットワークづくりも、市民にとって役立つのかどうかが大切です。三鷹市はもともと少数精鋭で、職員数が少ない。必然的に電子自治体的な発想で効率化して負担を減らそう、との意識がトップダウンではなくボトムアップでも出てくる。私もボトムアップとトップダウンの融合に加え、部課長クラスが積極的に提案するミドルトップダウンが重要と考えて、昨年4月に庁議の名称を「経営会議」に変更し、「経営本部制」を導入しましたが、打てば響く組織づくりにこそ、ネットワークが生きてくるのです。
──IT化によるBPR(ビジネスプロセスリエンジニアリング)ですね。
清原 03年に財務会計システムを導入したことで、各課に置いていた経理担当が要らなくなりました。代わりにクリエイティブでポジティブな仕事を行う調整担当部長を経営本部制の移行に合わせて設置しました。これは、役所の仕事も最近では部課の垣根を超えたプロジェクト的なものが増えてきたからです。ホームページへの情報発信も、各課担当主義を03年7月から徹底しました。
市民の意識と市政への参画度が高い三鷹市では、市政の基本は市民との情報共有です。まちづくり計画の策定から、行事やイベントの運営まで市民にお願いしなければならないことはたくさんあります。そのためにも、役所内部での情報共有がますます重要になるのです。BPRも、市民の顔を思い浮かべながら問題解決を図っていくことが必要でしょう。
──電子自治体も利用がなかなか進んでいない印象があります。
清原 人間には変化に対応できるスピードがありますよね。電子納税が「できます」と市民が「使います」の間には感覚的なギャップがあり、PR活動を含めて普及に向けたきめ細かな対応が必要です。
──今後、三鷹市が目指す電子自治体像とはどのようなものでしょうか。
清原 市民には、まず元気になってもらわなくてはなりません。そのためにもITを活用しながら都市型産業を振興していきたいと考えています。少子高齢化の進展で、リタイアして戻ってきた企業OBの方が、生産活動に参加できるような基盤をネットワーク上に作っておきたいですし、ベンチャー企業をインキュベートできる街にもしたい。人生の生きがいやセカンドステージを享受できる基盤にネットワークがなるはずとの発想を持って、取り組みを進めていきたいですね。
具体的に効果が見えるものとして、三鷹市の場合は交通問題があるのではないかと思っています。JRの駅も市の端にあって、公共交通の中心はバス便。電子自治体というと申請など手続き類のイメージが強いですが、役所が見えている必要などないわけで、市民にとって「暮らしが心地良い」ことが大切ではないかと思っています。
眼光紙背 ~取材を終えて~
広域化による行政効率アップを目的とした市町村合併も、それだけでは住民1人ひとりへのきめ細かな対応が難しくなり、住民サービスの低下を招く懸念が大きい。急速に少子高齢化が進むなかで、行政の効率化を進めつつ、清原市長が言うような住民にとって「心地良い暮らし」を実現していくには、ITが重要な手段であることは間違いないだろう。
電子自治体も、これまでは申請手続きや情報提供など既存の事務手続きの電子化ばかりが注目されてきた。単にそれだけであれば事務方でも対応できるだろうが、住民サービスの向上を目指して自治体の経営そのものをIT利活用で変えていくことは、経営トップである首長自らが決断しなければ実現は難しい。首長の認識によって格差がますます拡大していくとの見方もある電子自治体を今後どのように推進していくべきか。その解決策が求められている。(悠)
プロフィール
清原 慶子
(きよはら けいこ)1951年生まれ、東京都出身。74年、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。76年、同大学大学院法学研究科修士課程政治学専攻修了。79年、同大学大学院社会学研究科博士課程社会学専攻単位取得満期退学。80年、同大学文学部非常勤講師、杏林大学医学部非常勤講師。83年、常磐大学人間科学部専任講師。87年、ルーテル学院大学文学部助教授。92年、同大学文学部教授。99年、東京工科大学メディア学部教授。02年、同大学メディア学部長。03年4月から三鷹市長。現在、内閣府障害施策推進本部参与、内閣府「IT戦略本部評価専門調査会」委員、総務省「情報通信審議会」「地域における情報化の推進に関する検討会」委員なども務める。主な著書・論文に、「三鷹が創る『自治体新時代』(21世紀をひらく政策のかたち)」(ぎょうせい、00年)、「ユビキタスネットワーク時代における自治体情報化と情報バリアフリー」(都市問題研究第54巻第10号、02年)、「自治体経営と協働の視点による電子自治体」(都市問題第93巻第8号、02年)など。
会社紹介
三鷹市(東京都)は、1980年代のINS実験で全国的に知られる情報通信の最先端都市である。電子自治体の評価ランキングでも必ず上位に顔を出すITのトップランナーとして走り続けてきた。その三鷹市をボランティアで支えてきた情報通信研究の第1人者が市長に就任。自らが深く関わってきたまちづくりプランの実現に向けて、新たなスタートを切った。
「駆け出しの研究者なのに研究に参加させてもらった」というINS実験は、“研究者・清原”の原点である。その先見性とバイタリティで、ITの本質を鋭く見据えながら、利活用への道を拓こうと利用者の視点に立った活動を展開してきた。それだけに市長としての超多忙な責務をこなしながら、IT戦略本部評価専門調査会、情報通信審議会、スマートウェイ推進会議など政府の委員会からも引っ張りだこ。三鷹市の電子自治体を推進しながら、その成果を全国自治体のIT化にどうつなげていくか。市長と研究者、両方の活躍が期待されている。