米IBMが中国の大手パソコンメーカー、レノボグループ(聯想集団)にパソコン事業を売却し、今年5月「新生レノボ」が誕生した。これに伴い、日本法人のレノボ・ジャパンも始動し、早くも4か月が過ぎようとしている。IT業界はもとより、世界に大きな衝撃をもたらした買収劇だったが、現在の関心時は「果たしてレノボは、世界のパソコンビジネスを着実にリードしていけるのか」に移りつつある。レノボ・ジャパンの向井宏之社長は、「確実に黒字を達成できる」と揺るぎない自信を示す。
日本IBMのスタイルにレノボのノウハウを 初年度で黒字化を実現する
──日本アイ・ビー・エム(日本IBM)からレノボ・ジャパンに衣替えし、販売パートナーや顧客企業からの評価は変わりましたか。
向井 レノボ・ジャパン発足後、販売面やサポート面などで販売パートナーや顧客企業から、かなり高い信頼を得ていると自負しています。当社がスタートする前までは、日本IBMが「レノボ」に変わるという事実が、多くの顧客企業に購買意欲を失わせつつあるというマイナスの影響が出たことは否めません。実際、顧客企業からは、「日本法人は本当に設立されるのか」という話が囁かれていたとも聞いています。しかし、設立後はそうした疑念が払拭され、顧客企業に安心してもらえていると確信しています。ですので、決してパソコンビジネスが縮小を強いられているということはありません。
──具体的なパソコンビジネスの拡大戦略がなければ、パートナーや顧客企業からの信頼度が下がる危険性もあります。
向井 確かに、“気合い”だけでは市場は認めない。実質的な結果を出さなければなりません。売り上げなどの見通しについては、具体的には申し上げられませんが、利益を出せる状況にあることは確かです。
──日本IBM時代は、パソコンだけでなく、サーバーやソフトウェアなども含めた総合的なビジネスで業績を伸ばせたといえます。今後は、パソコンだけで収益を出していかなければなりません。パソコンは「利益が出せないビジネス」ともいわれています。レノボ・ジャパンで解消できますか。
向井 スタートからすぐに高い利益を出せるというわけではありませんが、日本ではIBM時代から確実に収益を出せるモデルが構築されています。例を挙げれば、店頭販売が厳しかったため、早々に撤退しています。日本IBMで行っていたビジネススタイルにレノボのノウハウを加えれば、業績を伸ばせると確信しています。
加えて、パソコン事業に特化していれば、パソコンの拡販に向け改善しなければならない点が多く出てきます。製品を総合的に販売しているIBMでは、他の事業を含めた総合的な拡大戦略を立てなければなりませんので、「そうはいっても」と、パソコン事業だけを拡大するための投資や戦略をなかなか立てられなかったのも事実です。そういった点では、レノボ・ジャパンの方が小回りが効くといえます。
また、管理体制をきっちりと行えば、まだまだ業績を伸ばすことは可能です。だからといって、リストラを行うなど人員を削減するわけではありません。部品の共通化を行い、製造コストを1%下げるだけでも利益は大幅に上がります。コスト削減策を強化すれば、さらに利益を増やせる体制は整います。
──生産や開発で改善の余地はありますか。
向井 日本IBMからパソコンの開発拠点だった大和事業所(神奈川県)や藤沢事業所(同)のノウハウを、中国にあるレノボの生産拠点にも生かそうと考えています。なかでも、品質に関するチェック項目の強化に努めています。IBMでは、生産したパソコンをダイレクトに納品することも行っていました。これをレノボでも行っていくよう生産拠点の強化を図っていきます。
──日本IBMとマーケティングやサービスで提携したことに加え、販売は日本IBMの流通網を通じて行っていますね。
向井 その点が、日本でパソコンを拡販させる要となります。これにより、パソコンの販売だけではないトータルソリューションを提供していくことが可能となります。まさに、2社のパソコン事業統合による“新時代のビジネス”と呼べるのではないでしょうか。
──早期の黒字達成など、勝算はありますか。
向井 もちろんです。黒字は、当社の初年度となる2005年度(06年3月期)で確実に実現します。
2次店向けパートナープログラムを開始、ワールドワイドでも拠点拡大
──売り上げを拡大するうえでの強化策は。
向井 パートナー戦略を強化することです。設立早々に、2次販売代理店向けに「レノボ・ビジネス・パートナー・リセラー・プログラム」を開始しました。このプログラムに参加している企業は、今年7月末時点で約300社に達しています。年内には1000社に引き上げます。
「レノボ・ビジネス・パートナー・リセラー・プログラム」では、2次販売代理店にも販売実績に応じたインセンティブを与えています。このプログラムを提供していくため、電話による専任営業を新設しました。このほか、「ThinkAgent(シンクエージェント)」という営業支援担当者を50人程度配置し、全国各地の販売パートナーを訪問して営業などの直接支援を行っています。しかも、会員向けポータルサイトや電子メールなどを通じ、パートナーにとって有益な情報を提供しています。日本IBMでは、大手ディストリビュータや大手システムインテグレータなど1次販売代理店のみと販売契約を結んでいました。しかし、2次販売代理店経由で販売された製品を売りっぱなしにしているのは良くない。当社がフォローをしなければ、ビジネスチャンスを失うと判断しました。
このプログラムが功を奏し、6月はパートナーが前年同月に比べ2割増程度の台数を販売してくれています。パソコンを売る市場はどこにでもあります。パートナーをきちんと支援し、正しい情報を伝えれば、顧客企業をさらに開拓できます。
──レノボとIBMとでは、米国と中国という点からも文化が異なるといえますが。
向井 その考え方は違います。マネジメントスタイルは同じです。IBMのビジネスとレノボのビジネスは全く違和感がない。レノボグループも、あくなき販路拡大を狙っています。しかも、レノボグループの人員は平均年齢が30歳前後と若く、アグレッシブなスタッフが多いといえます。積極的にビジネス拡大を図っていこうという点では、IBMの文化に共通しています。レノボグループ出身のスタッフと打ち合わせをよく行うのですが、文化の違いを感じることはありません。
──ワールドワイドでの拠点拡大については。
向井 新生レノボとしてスタートした5月の段階では日本や米国をはじめ17拠点でしたが、第2弾として今夏でさらに20拠点を増やす予定です。特定地域に集中して拠点を増やすというわけではなく、世界各地域で立ち上げます。戦略的な拠点としてはロシアが今後パソコン需要が増大するという点で重要だといえるでしょう。年末までには、40─50か国まで増える計画です。
──人民元の切り上げについては、どのようにみていますか。
向井 現段階では、大きな影響はありませんが、製造コストなどの面で何らかの変化があるとみています。しかし、当社に限らずグローバル企業は為替の動きに関して敏感で、しかもパソコンやサーバーは影響されやすいので、対応策は持っています。
眼光紙背 ~取材を終えて~
レノボ・ジャパンの幹部陣はすべて日本IBM出身。オフィスは日本IBMの本社内(東京都港区六本木)にある。これは、IBMと連携したビジネスを行い、パソコン販売だけではない“トータルソリューション”を提供していくためだ。レノボ・ジャパンにとっては、IBMとのパートナーシップがパソコン市場でのシェア拡大のカギになる。向井社長は、「2社のパソコン事業統合による新時代のビジネスを展開できる」と自信をみせる。
日本IBMとのパートナーシップをアピールするという策は、販売面やサポート面などでパートナーに不安を抱かせない点で適切な判断かもしれない。しかし、同社はもはや“IBM”ではない。レノボ・ジャパンとしてパソコンを拡販していかなければならない。
IBMのノウハウとレノボのノウハウを生かし、業績を拡大できるかどうか。向井社長の手腕にかかっている。(郁)
プロフィール
向井 宏之
(むかい ひろゆき)1952年7月23日生まれ、広島県出身。77年3月、早稲田大学理工学部機械工学科卒業。同年4月、日本アイ・ビー・エム(日本IBM)入社。関西営業本部公共営業所営業課長、流通産業営業本部第六営業所長、小売営業統括本部第二営業部長、流通システム事業部小売システム事業部長などを経て、96年2月、IBM APに出向。97年2月には、IBM EMEA(欧州本社)に出向する。00年2月に日本IBMに戻り、流通セールス・オペレーションズ担当、同年4月に理事・流通システム事業部長、04年1月に理事・PC&プリンティング事業担当、同年1月に理事・PC事業担当。05年5月、レノボ・ジャパン社長に就任。
会社紹介
米IBMが中国のレノボグループ(聯想集団)にパソコン事業を売却し、ニューヨーク州パーチェスを本社とする「新生レノボ」が5月1日から始動した。レノボグループの楊元慶氏が会長、IBMでパソコン事業を統括していたスティーブ・ワード氏がCEOに就任した。ワールドワイドでのパソコンの売上高は130億ドル(約1兆4400億円)規模。パソコンの出荷台数は1400万台規模となり、米デル、米ヒューレット・パッカード(HP)に次ぐ世界3位のメーカーとなった。「Think(シンク)」シリーズの販売とIBMのパソコン事業を継承するほか、IBMとマーケティングおよびサービスで提携。パソコンの販売はIBMの流通網を通じて行っている。
レノボ・ジャパンは5月2日から営業を開始。資本金は3億円。従業員は640人で、日本アイ・ビー・エム(日本IBM)の理事・PC事業担当だった向井宏之氏が社長に就任した。研究・開発担当の取締役副社長には、元IBMフェローの内藤在正氏が就いた。営業拠点だけでなく、大和事業所(神奈川県)などIBM時代からのパソコン研究・開発拠点を引き継いだ同社は、新生レノボがワールドワイドで業績を伸ばしていくための重要な役割を担う。