ブラザー工業の国内販売会社、ブラザー販売のトップに神谷純社長が就任してから2か月半が経った。海外市場に強いブラザーグループのなかで10年以上の海外勤務を経て、その後、一貫して情報機器部門を担当してきた。主力事業の1つでありながら海外市場に比べ出遅れた国内の情報機器販売で、どのようにブランド価値を高めていくのか。キーワードは“日本風”の製品作りと、売り切るためのチャネルだという。
グローバル展開で海外市場に強み 情報機器事業の国内売上高を20%に
──社長就任から2か月余りが経ちました。ブラザーグループのなかで、ブラザー販売が進む方向性は固まりましたか。
神谷 「真のマーケティング会社になる」ということです。「顧客はどこにいて、ブラザー販売はどこにターゲットを絞り、どのようなアプローチをするかをもう1度明確にしよう」と社員には話しています。そして、販売会社として顧客の要望に合った商品をメーカーであるブラザー工業に作らせ、作ってもらったらしっかりと売り切る。そのためのチャネル整備をしっかりと進めることです。これが、販売会社としてのブラザー販売のミッションです。
──ブラザーグループは、グローバル展開するなかで日本の売上比率は決して高いとは言えません。
神谷 ブラザーグループの売上高で日本が占める割合は25%程度で、残りの約75%を海外市場が占めています。確かに、日本の売上比率は高いとは言えません。特にプリンタやデジタル複合機などの情報機器はまだまだです。
情報機器の販売で日本の市場開拓が世界市場に比べて遅れた理由は、ブラザー工業が開発していた製品の需要が、海外の方が強かったからです。
ブラザー工業は、ミシンの開発・販売からスタートしましたが、1961年にタイプライターを発売し、71年には世界で初めてドットプリンタを販売しました。競合他社に比べても情報機器にはかなり前から進出していたのです。当たり前のことですが、タイプライターを全世界で販売した当時、需要は欧米が中心で日本にはほとんどありませんでした。こうしたことで、欧米では事務機系販売チャネルが整ったのに対し、日本にはチャネルが全てできませんでした。
また、日本では情報機器よりもミシンの需要が強かった時代ですから、日本のビジネスではミシンの販売にリソースが集中していました。このため日本でのブランドイメージも、「ブラザーといえばミシン」となってしまったのです。これらが原因で、欧米と日本では、情報機器の販売で大きな開きが出てしまい、今でもその流れを引きずっている部分があります。
グローバル展開する企業として、マーケット規模も大きく地元でもある日本の売上高が低いことは、90年代後半から大きな課題として問題視していました。この状況のなか、日本国内の販売会社であるブラザー販売が担う責任は大きい。日本の情報機器事業の売上高は、全世界のなかでまだ約10%ですが、これを5年以内に20%には引き上げないといけないと思っています。
“日本風”の製品作りに注力 SOHOと小規模事業所をターゲットに
──情報機器でどのようにブラザーブランドの存在感を高めますか。
神谷 情報機器事業を99年から担当していたこともあり、トップに就いたからといって方針を変えることはありません。強化するポイントは2つです。日本の顧客の要望に応えられる〝日本風〟の製品をメーカーに作らせることと、販売チャネルの整備です。
日本では、欧米で売れている製品をそのまま販売しても通用しません。米国、カナダでの勤務を終え、日本に帰ってきた時、まず最初にそのことを痛感しました。私が日本の情報機器事業を初めて率いるようになった時は、海外で販売していた製品をそのまま販売するといった状況でした。メーカーとしては、コストを下げるため、形状や色など同じ製品を全世界で販売したいと思うのは当然ですから。
しかし、それでは日本では成功しない。まずそこから変えました。スペック、機能、デザインなどあらゆる面で日本の要望をマーケティング会社でもあるブラザー販売が吸い上げ、要望は何かを伝え、その要望を満たす製品を作ってくれとブラザー工業にしつこくお願いしています。その結果、薄型デジタル複合機の「MyMioシリーズ」の誕生や、軽量・薄型でデザイン性に優れたファクシミリやレーザープリンタも多数ラインアップできていますし、徐々にですが日本のユーザーに受け入れられる製品が増えてきたと思っています。今後もジャパニーズテイストの製品を数多く投入するために、日本の顧客が何を求めているのかを追究していきます。
──販売チャネルについては。
神谷 家電量販店などでの販売に最初は力を入れましたが、一昨年からは事務機系ディーラーを活用したチャネル販売に本格的に取り組んでいます。
「ブラザーといえばミシン」という印象が強い日本市場で、デジタル複合機やプリンタをディーラーに紹介しても相手にされないのは確実でしたから、業務用途の製品でもまずはショップで実績を積み、知名度を上げることが先決だと考えていました。現在ではある程度知名度も高まったと思いますので、本格的にディーラーにブラザー製品を売り込んでいきます。
ディーラー開拓のための営業力の強化は大きな課題です。現在は30人程度しかディーラー開拓要員がいませんが、2年以内に2倍にします。ディーラーやシステムインテグレータ(SI)に対してブラザーの良さやユニークさを理解してもらえるよう、体制を強化します。
──製品ラインアップでは、SOHOや小規模事業所向けをコンセプトにした製品が目立ちます。
神谷 自宅で仕事のためにプリンタやデジタル複合機を使うビジネスマンは、SOHOに限らず非常に増えています。有望な市場であることは間違いありません。ターゲットはSOHOだけでなく、自宅で仕事をするビジネスマンです。
SOHOに加え、家庭に業務の一部を持ち帰るような「ライトSOHO」や、会社には週に1回程度出社するだけで、それ以外は自宅で作業する「COHO(コーポレートホームオフィス)」というワークスタイルのビジネスマンも非常に増えています。このマーケットに以前から着目しており、薄型コンパクト、そしてビジネスを意識しデジタル複合機にはファクシミリも加えるなど、ビジネス用途をコンセプトに、他社のデジタル複合機とは一線を画すユニークな製品を揃えました。
総合電機メーカーに比べ製品の種類は少ないですが、焦点を絞ったマーケットでは、他社との大きな差別化ポイントを持っていることがブラザーの強みです。このマーケットは今後も引き続き拡大すると見ていますので、高品質の製品を出し続けます。
──レーザープリンタでは、カラーのニーズが強まっていますが、ブラザー販売にはモノクロしかありません。SOHOからもニーズは強いと思いますが。
神谷 現在のラインアップにはありませんが、前向きに検討している段階です。カラーレーザープリンタの普及の足かせになっているのは、価格と大きさだと思います。いかに価格を下げ、省スペース化を実現できるか、ブラザーらしい特色を出すことができるかなど、さまざまな角度から検討している段階です。
眼光紙背 ~取材を終えて~
10年以上の海外勤務を経て、ブラザー販売の情報機器事業担当取締役に就いた時、社員に伝えたメッセージがある。それは「“普通の会社”になろう」。
「普通のことを普通にできる環境、上下関係を気にすることなく言いたいことを普通に言える関係を作ろうという意味を込めて伝えた。何より楽しく仕事ができる環境を整えたかった」
トップに就任した今も、その方針は変わらない。
インタビューも撮影も終始自然体。気さくで飾らない雰囲気が神谷社長の持ち味だ。
トップに立った現在も、社員からは社長ではなく、「神谷さん」と気軽に声をかけられる存在だという。
普通で楽しい会社作りのため、自らが率先して立場や役職を超えたコミュニケーションを社員と図っている証だろう。(鈎)
プロフィール
神谷 純
(かみや じゅん)1959年2月11日生まれ、愛知県出身。81年3月、一橋大学商学部卒業。同年4月、ブラザー工業入社。95年10月、加ブラザー インターナショナル コーポレーション社長。99年4月、ブラザー販売情報機器統括事業部長。00年4月、執行役員情報機器統括事業部長。01年6月、取締役。03年6月、常務取締役情報機器事業部、ホームファッション機器事業部、ソフト文化事業部、CS推進部担当。05年6月22日、代表取締役社長に就任。
会社紹介
ブラザー販売は、親会社のブラザー工業が開発・製造する製品の国内販売会社。主力の情報機器や産業機器、ミシンなどの販売のほか、パソコン教室の運営も手がけている。前身は1941年に設立されたブラザーミシン販売で、83年に現社名となった。同年に、名古屋証券取引所第2部に上場。その後、99年にブラザー工業の完全子会社となった。
昨年度(05年3月期)の売上高は前年度比11.2%増の604億6900万円。このうちデジタル複合機やファクシミリ、プリンタなどの情報機器部門は216億5400万円。ワイヤ放電加工機やタッピングマシンなどの産業機器部門は220億700万円。
従業員は約700人。名古屋本社のほか全国7か所に事業所を設置。161か所に直営店舗を設けている。