電子証明書発行の最大手である日本ベリサインが好調だ。「個人情報保護法」の完全施行にともなう“情報セキュリティブーム”を追い風に、主力製品の電子証明書「サーバーID」の発行枚数を急速に伸ばしている。今年3月にトップに就任した橋本晃秀社長兼CEOは、「成長戦略にはパートナーの力が欠かせない」と、パートナーが売りやすい仕組み作りに余念がない。強みの直販に加え、間接販売をより一層強化する戦略を加速させる意向だ。
「サーバーID」、半年間で2000枚以上発行 最低でも年率30%の売り上げ増目指す
──「個人情報保護法」完全施行などにともない、セキュリティはIT産業のなかでも特に成長している分野になりました。日本ベリサインの主軸である電子証明書「サーバーID」も好調なのでは。
橋本 強いトレンドを感じています。個人情報保護法の完全施行は、思った以上ではありませんでしたが、“特需”を生みました。サーバーIDは、今年1─6月の半年間で2000枚以上を新規顧客に販売し、急激に伸びました。サーバーIDの有効発行枚数は合計で4万3400枚を超え、市場シェアは金額ベースで80%以上を押さえることができました。
個人情報保護法だけでなく、情報漏えい事故の多発、ウェブサイトへの不正アクセス事件の発生などの社会的背景から、サーバーの実在を証明し、セキュアなアクセス環境を提供する電子証明書が、これまで以上に注目を集めているのは間違いありません。
でも、まだまだです。開拓の余地は大いにあります。有効発行枚数は4万3400枚ですが、導入企業数でいえばわずか1万3000社程度です。個人情報保護法が完全施行されたからといって、今年4月1日時点ですべての企業が対策を施したとは当然言えませんし、電子証明書もほんの一握りの企業にしか提供できていません。
企業にとってウェブサイトを持つことが当たり前になり、セキュアな環境が求められるeコマースの市場が飛躍的に大きくなっているなかで、自社のウェブサイトの実在を証明する必要性はどの企業にもあるわけです。それなのに、まだ1万3000社です。
最近では、フィッシング(インターネット上の詐欺)サイトが急増しており、サーバーIDの必要性はさらに増しています。この強いトレンドはまだまだ続くとみています。少なくとも年率30%のペースでサーバーIDの売り上げを伸ばさなければなりません。
──年率30%の成長は、強いニーズがあるなかで消極的な目標のように思いますが。
橋本 30%はあくまで最低ラインです。今の日本ベリサインが真面目にやれば、達成できる数字だと認識しています。30%にプラス10ポイント上乗せし、年率40%で伸ばすためにはどうしたら良いかを考えており、すでにその手は打っています。
米ベリサインは、ワールドワイドで45万枚の電子証明書を発行しており、そのうちの80%を米国市場が占めています。なぜそこまで伸ばすことができたのかといえば、単純に市場規模が大きいだけではありません。米ベリサインは、マネージドセキュリティサービス(MSS)という運用サービスを手がけており、そのなかで電子証明書をバンドル提供するサービスモデルも用意しています。電子証明書の単体売りだけでなく、このMSSとのセット販売が電子証明書の発行枚数を増やしている要因の1つになっていると感じています。日本ベリサインでも、このビジネスを始める予定です。運用サービス会社のサイトロックを完全子会社化したのはそのためです。来年度(2006年12月期)の第1四半期(06年1─3月)には、MSSとサーバーIDを組み合わせた新ビジネスを開始する方針です。
今年4月に「パートナー営業部」設立 来年度には支援プログラムも用意
──新規顧客の獲得とともに、発行したサーバー証明書の更新率を上げることも重要です。
橋本 更新比率を高めることは確かに大事です。一度顧客になったユーザーが1年後に確実に更新してくれるように、2つの施策を用意しています。1つはカスタマーサポートセンターを設置し、顧客の相談に応じる窓口を開いていること。これはどのベンダーでも行っており、当然ですよね。もう1つが、非常にユニークで米ベリサインもやっていない特徴的な施策ですが、それは大手顧客に専属のサポート要員を配置していることです。
たくさんのサーバーIDを導入している顧客には、それぞれ専任のサポート担当者を配置し、顧客が困った場合は迅速に対応できる体制を整えています。これによって、顧客のサポートに対する満足度が上がり、1年後に来る更新契約をスムーズに行えるようにしているわけです。この顧客は140─150社に上ります。現在、サーバー証明書の更新による売り上げは昨年度(04年12月期)、前年度比17%増で推移しており、着実に成果が出ていると感じています。
──販売面では、直販と間接販売の2つのチャネルでアプローチしています。市場を広げるためには、パートナーの拡大も必要ですね。
橋本 現在のサーバーIDのビジネスは、直販が約60%を占め、残りがパートナー経由の間接販売です。この比率を早急に半々にしたいと考えています。
マーケットを広く開拓するためには、日本ベリサインだけが頑張ってもたかが知れています。やはりパートナーの力が必要です。パートナーは大手のITベンダーだけに限らず、各地域の中小企業に密着してサービス提供する、地場のパートナーも重要だと認識しています。多くのパートナーに日本ベリサインをもっと知ってもらい、販売してもらうためには、売りやすい仕組みを提供しなければなりません。
そこで、パートナーの拡大や関係を強化するため、「パートナー営業部」を今年4月につくりました。パートナー営業部では、まずはパートナーの数を増やすことに力を注いでいます。新設した4月以降、積極的にパートナー開拓を進め、約半年間で20社以上の新規パートナーを迎えることができました。今では約100社のパートナー網をサーバーID事業で構築しており、間接販売の比率は徐々に上がってきています。
今後は売り上げに応じてパートナーをしっかりと区分し、それぞれの支援プログラムを用意する予定です。プレミアパートナーやゴールドパートナーといった区分を設け、それぞれに合った支援プログラムを作ります。年内に具体的なプランを立て、来年度の早ければ第2四半期には提供したいですね。まだはっきりとはいえませんが、パートナープログラムのなかで最上位に位置するプレミアパートナーは、全体の3分の1程度になると思います。
──M&A(企業の合併・買収)にも積極的な考えですね。どのような企業に興味がありますか。
橋本 電子証明書発行のビジネスでリーディングカンパニーになった日本ベリサインは、いま次のステップとして“総合セキュリティベンダー”となることを標榜しています。このビジョンに沿う企業はすべて当てはまります。日本ベリサインは、セキュリティ対策という強いトレンドのなかで、着実に収益を上げられる企業に成長しました。ですが、現状に甘んじることなく、次のステージに上がらなければなりません。売上高の桁が一桁増えるほどの急成長を果たすため、日本ベリサインが持っていない技術や製品・サービスを保有する魅力的な企業があれば、M&Aも含め積極的に資本提携していきます。今年と来年が、日本ベリサインが変われるか変われないかの大きなターニングポイントとなります。
眼光紙背 ~取材を終えて~
日本ベリサインの全社員は、1枚のカードを持っている。そのカードには、会社の目指すべきビジョン、各社員が立てた目標が書いてあり、その目標に対しての社長のメッセージも直筆で書かれている。
「全社員が日本ベリサインという会社に誇りと自信を持つことが必要」。社員全員にこのカードを持たせているのも、全社的な方向性と向上心を常に社員に意識させておくためという。
橋本社長兼CEOはすべてのカードに目を通し、メッセージを書く。「自分の目標をトップが知っているという意識を持つだけで、自ずと社員のモチベーションは上がってくる」という理由からだ。
「OSといえば、マイクロソフトのウィンドウズを誰もが想像する。サーバー証明書といえばベリサインと、みんなが想像できるブランド力をつけたい」
ブランド力向上のために、社内の意識改革にも余念がない。(鈎)
プロフィール
橋本 晃秀
(はしもと てるひで)1957年9月10日生まれ、東京都出身。神田外語学院卒業。87年12月、日本アポロコンピュータ(現日本ヒューレット・パッカード)入社。91年2月、米ティブコ・ファイナンス・テクノロジー・インク入社、東京支店長兼ノースイーストアジアジェネラルマネジャ。99年9月、エヌ・エス・ジェイ(現ビートラステッドジャパン)入社、営業統括本部長。00年7月、日本ベリサイン入社、マーケティング部統括部長。同年12月、取締役マーケティング部統括部長。01年3月、取締役副社長兼最高業務執行責任者。05年3月25日、代表取締役社長兼CEOに就任。
会社紹介
日本ベリサインは、1996年2月23日に設立された電子証明書開発・販売の最大手。正規のウェブサイトであることを証明するとともに、サイト運営者とアクセス者間の通信を暗号化して情報保護する電子証明書「サーバーID」が主力製品。サーバーIDは、今年6月の時点で発行枚数が4万3400枚を突破。導入企業数は、1万3000社以上にも上る。サーバーIDのほか、電子メール向け電子証明書「ベリサインセキュアメール」の販売やセキュリティコンサルティングサービスなども手がける。
昨年度(04年12月期)の業績は、売上高が前年度比28.2%増の54億5300万円、営業利益が同67.0%増の12億1800万円、経常利益が同83.7%増の12億7000万円、当期純利益が同73.1%増の7億1500万円。今年度(05年12月期)は、売上高で前年度比21.0%増の66億円、経常利益で同31.4%増の16億7000万円。当期純利益で同35.3増%の9億6800万円を見込む。
03年11月、東京証券取引所マザーズに上場。親会社は米ベリサインで、株式の53.9%を保有する。社員数は約150人。