マイクロソフトの日本法人は今年、設立20周年を迎えた。節目となる重要な年の舵取りを任されたのが、ダレン・ヒューストン社長。今年は、新データベース「SQLサーバー2005」やパソコンの新OS「Vista(ヴィスタ)」など、ビジネス、コンシューマ両市場で、同社の主力新製品がいままでのどの年よりも多く投入される「強力な年」(ヒューストン社長)となる。この年を迎えるにあたり、同社長は就任早々に3か年経営ビジョン「PLAN-J」を策定。人材や日本独自のマーケティング戦略などへの投資拡大を打ち出している。その戦略を探った。
キーワードは「イノベーション」日本文化に合った製品開発に力
──就任から半年近くになりますが、マイクロソフトの日本法人として、今やるべきこと、変えなければならないことは見えてきましたか。
ヒューストン 今年はマイクロソフトの日本法人設立から20周年という節目の年になります。今も毎年成長を続けていますが、特に今年は日本市場に投入する「Innovation(革新)」が、どの年よりも多くなります。当社が成長を続け、雇用を拡大していくには、これらの「イノベーション」を日本のユーザーに積極的に受け入れてもらえる活動をどこまで徹底できるかにかかっていると思います。
──新しい製品を市場に定着させるための、具体的な施策は。
ヒューストン まず、製品の開発段階では、日本の文化にあった機能などをインプットすることが重要です。東京・調布にある当社の検証施設「マイグレーション・ラボ」では、350人の技術者が日本の文化にあった機能を探すため、情報収集をしています。ゲーム機「Xbox」を日本に投入した当時に犯したような失敗を繰り返さないようにしなければならない。単純に製品を日本語化して出荷していた当時とは、大きな違いがありますからね。
──2月に発売する「SQLサーバー2005」は、どれだけ多くのパートナーと手を組めるかが課題となりますね。順調に進んでいますか。
ヒューストン 非常にうまくいっていると思いますね。われわれはパートナーとどんな協力体制を組めば良いかという問題に正面から取り組んでいます。少しでも多くのパートナーが成長し、利益を得られるチャンスを見つけようとしています。
ただ、ひとつ課題があるとすればコミュニティの問題でしょうか。「Java」から「.NET」への移行が急速に進んだことで、エンジニアが不足していますからね。マイクロソフトのビジネスモデルで重要なのは、IBMやオラクルと違い、99%がパートナーを介して販売されているということです。ですから、パートナーが成功しなければ、当社の成功もないんです。
──昨年7月に社長に就任してすぐ、3か年の経営ビジョン「PLAN─J」を打ち出し、パートナー強化策を提示しました。半年間が経って、具体的にどんな成果が現れていますか。
ヒューストン 非常に大きな成果があがりました。何より、パートナーの満足度が高まっています。昨年11月の「SQLサーバー2005」のお披露目イベントでは、他の地域に比べて、当社と日本のパートナーの関わりが非常に深いものになっているという印象をもちました。パートナーの取引モデルも充実しています。富士通やNECなどの大手ベンダーから、日本ビジネスコンピューター(JBCC)や大塚商会などのSIerまで、非常に幅広いパートナーシップを組むことができています。
ダイナミックスはCRMから次いでERPを今年中に早期投入
──米国で成功を収めた「Dynamics(ダイナミックス)」の日本市場投入は、難しい問題も抱えていますね。日本のディーラーは、ウィンドウズ上で自社のパッケージを販売していますから、「ダイナミックス」が自社製品と競合するのではないかという危惧を抱いています。
ヒューストン 日本は世界の主要国で、「ダイナミックス」を投入していない最後の市場です。なぜなのか? その理由の1つは、「ダイナミックス」を日本で発表する際に、どうすればパートナーと協力して高品質な製品を提供できるか、パートナーのビジネスにプラスになるチャンスを与えられるか、ということを慎重に検討しているからです。
これらの作業が終われば、年内にも市場に投入します。まず最初にCRMから出荷を始めて、次がERPという手順になると思います。
CRMの場合、パートナー製品とのオーバーラップはそれほどないでしょう。どちらかというと、ERPは重なる部分がありますが、「ダイナミックス」をプラットフォームにして、そのうえでパートナーのアプリケーションが付加価値を提供できるようにすれば、パートナーの不安も解消できる。オーバーラップは、皆さんが考えるほど大きくはありませんよ。
──中小企業向けの市場開拓にとって、「ダイナミックス」は大きな可能性がありますね。どの程度の市場規模が見込めると判断していますか。
ヒューストン こんなふうに考えてもらえませんか。当社が販売する1ドルのソフトに対し、パートナーはそこにソフトの付加サービスを加えることで、5─10倍の利益を得ることができるようになると。パートナーが「ダイナミックス」を中核に、カスタマイズしてサービスやソリューションを生み出すことができるんです。ミトン(親指とそれ以外の指を入れる部分が2つに分かれた手袋)が(5本指の)手袋になるイメージですね。パートナーが想像以上に大きな収穫を生み出せる共通プラットフォームになりますよ。
──来年の年度末商戦に間に合わせようとすると、CRMは遅くとも今年9月頃には出荷する必要がありますね。ERPは、来年との噂もありますが。
ヒューストン 出荷時期は、ノーコメントです。今年中のなるべく早くとしかいえません。ERPについては、来年という噂は間違ってますね。もっと早いですよ。
──日本では、「IT推進全国会」というマイクロソフトの地場パートナーの組織があります。必ずしもうまく機能していない面もありますが、「ダイナミックス」は、こうした地域のSMB向けパートナー組織との連携が重要になりそうですね。
ヒューストン 東京以外の地域で、マイクロソフトの影響力をどう高めるか。そのためにも、地方への投資を増やさなければなりません。「ダイナミックス」ひとつで、「IT推進全国会」と組むのではなく、もっと総合的に連携していかなければなりません。今の時点で詳細を伝えられませんが、今後、ローカルな企業やパートナー向けの取り組みを強化していきます。
──コンシューマ市場では「ヴィスタ」の出荷が年末商戦に間に合えば、「市場は2ケタ成長できる」という声がPCベンダーからあがっています。
ヒューストン そうなって欲しいですね。「ヴィスタ」は、予定通り、年末商戦に間に合わせます。ただ、2ケタ成長するかは、難しい問題です。テレビや音楽関連製品の成長にもよります。ビジネス市場に関しても、大企業市場でどれだけ早く「ヴィスタ」を搭載したハードウェアが導入されるかということが成長性を左右するでしょうね。
──ヒューストンさんが、「ヴィスタで2ケタ成長しよう」と、はっきりコメントすれば、市場はついてきますよ。
ヒューストン ならば、「ぜひ、2ケタ成長を目指したい」といいましょう。データを見ると、ここ5年間の日本のパソコン市場は、成長率が鈍かったようですね。ただ、コンシューマとビジネスの両市場で、当社のシナリオ通り進めば、2ケタ成長が「不可能」と言う理由はありませんね。
眼光紙背 ~取材を終えて~
ヒューストン社長が打ち出した「PLAN-J」は3か年計画。本人曰く、中期でなく、「長期計画だ」という。IT業界の技術革新は著しく、「3年というスパンは、社内で長期という位置づけ」だそうである。
インタビュー中に、「3か年計画を遂行するまで社長を続けるか?」と投げかけてみた。すると、「それは分からない」と、具体的な返答を避けた。“長期政権”になるかは流動的のようである。
着任後は「(スターバックス・コーヒー出身のため)コーヒー屋さんに、この大事な時期を任せられるのか?」と、同社パートナーから冷ややかな声も聞かれた。
しかし、どうだろう。日本市場への投資拡大や人材採用は、過去に類をみないほどになりそうだ。予算確保の面だけでも、その手腕は評価できる。着任後、地方を精力的に歩く。「成長の鍵」が地方のIT力を高めるためと認識しているからにほかならないからだ。(吾)
プロフィール
ダレン・ヒューストン
(ダレン・ヒューストン)1966年1月、カナダ・ブリテッシュコロンビア州ホープ生まれ。89年、トロント大学を卒業。90年には、ブリティッシュコロンビア大学修士号取得。同年、カナダ政府・経済担当顧問に就任し、地球サミット関連の交渉などに貢献。94年、ハーバード大学でMBA(経営学修士号)を取得。同年、コンサルティング会社のマッキンゼー&カンパニーに入社。98年、スターバックス・コーヒーに入社し、企業買収や業務提携、新製品開発などで主導的な役割を果たした。03年9月、北米地域の中堅中小企業市場向けの責任者の1人として、スモールアンドミッドマーケットソリューションズ&パートナーグループ担当コーポレートバイスプレジデントとして、マイクロソフトに入社。05年7月1日、マイクロソフト日本法人の代表執行役社長に就任。米マイクロソフトのコーポレートバイスプレジデントも兼務している。
会社紹介
マイクロソフト日本法人は、1986年2月に従業員16人で創業してから今年で20年目になる。同時に、日本でのウィンドウズ発売も20周年に。米マイクロソフトは、ビル・ゲイツ現会長が創業して、昨年で30周年を迎えている。マイクロソフトにとって、日本市場は北米に次ぐ世界第2位の市場だ。日本法人では昨年7月1日、マイケル・ローディング前社長に代わりダレン・ヒューストン氏が新社長に就任。新社長は着任と同時に3か年経営ビジョン「PLAN-J」を発表した。同ビジョンでは、(1)人材投資を含めた投資拡大(2)技術革新の促進(3)政府や教育機関・産業界とのパートナーシップの確立という3本柱を掲げている。また、主な投資対象として「人材」「組織体制」「企業市民活動」「日本独自のマーケティング活動」の4分野をあげている。昨年11月16日には、日本国内における製品企画・開発を行う新会社「マイクロソフト・ディベロップメント」(藤井照穂社長)を設立するなど、日本独自の製品開発・販売体制づくりに力を注いでいる。日本法人の従業員は2000人を超え、今年はさらに数百人規模で人材を採用する計画だ。