連結売上高100万ドルにすぎなかったインドのソフト開発ベンダーが、わずか10年で売り上げを1000倍に伸ばす見通しだ。成長目覚ましいインドのソフト産業のなかで最も短期間のうちに“10億ドル企業”の仲間入りを果たす急成長ぶりに注目が集まっている。日本でのビジネス拡大にも力を入れており、将来的には「国内大手SIerを打ち負かす」と鼻息が荒い。
オフショア開発の請け負いを狙って失敗 受注戦略の180度転換が奏効した
──今年度(06年3月期)、グローバルで10億ドル企業の仲間入りを果たす見通しで、その急成長ぶりが注目されています。インドのソフト開発と言えば、中国と並んでオフショア開発の代名詞のようになっていますが、下請け的な開発だけで急成長できるのですか。
安藤 オフショア開発がイコール「下請け的」という発想が、いかにも日本的ですね。
現在、当社が主力としているビジネスは大手ERP(統合基幹業務システム)パッケージのカスタマイズや個別の作り込み部分などをエンドユーザーから直接受注したり、SIerなどのビジネスパートナーと組んで受注する形態が中心です。
コンサルティングや設計など上流工程から一貫して手がけるケースが多く、プログラム開発など下流工程のみを部分的に切り出して受注するケースは逆に少ない。ソフト開発の成否を決める要素の7割はプロセスだと言われており、開発プロセスを決定する上流工程から参加していることが業績伸長の原動力になっているのです。
世界のソフト開発ベンダーに先駆けて品質管理基準CMMの最高水準であるレベル5を99年に取得していますが、こうした高い品質維持体制を実現するには開発プロセス、人材、ツールともに条件を満たしていることが欠かせません。
──国内でも海外ソフト開発ベンダーと組んで生産性を高めたり、コストを削減したりする取り組みはずいぶん前から行っていますが、成功しているケースは限られているようです。
安藤 国内のソフト開発ベンダーは、多重下請け構造の底辺の部分が海外へ出ただけというパターンが見られます。しかも、上流部分の開発プロセスがしっかり定義されていないため、品質を保てずに失敗してしまう。CMMレベル3程度の品質を部分的に適用しただけではグローバルに展開することは難しいということです。
国内の下請け企業のなかには、文系出身で仕事がないからという理由でプログラマの道を選んだ人がいたり、人材派遣的な構図のなかで辛うじて開発が進んでいるケースも見られます。プロジェクトマネジメントがしっかりしていないから残業が多く、安い給料で、しかも35歳定年説がまかり通る…。ここ30年近く構造的な問題を引きずっているわけです。こうした下請け構造の延長線上に海外ソフト開発ベンダーを位置づけていては、成功はおぼつかないでしょう。
これに対して、インドにおけるソフト開発の位置づけはまるで違います。優秀な人材の確保すらも困難になっている日本に比べて、インドのソフト開発はまさに〝花形産業〟です。優秀な人材が結集し、開発プロセスを整備し、最新のツールを使って最高の品質で仕上げようとする志がある。その差は歴然としています。
──上流工程から参加する仕事を獲得しようという目標を、日本支社の設立当初から掲げていたのですか。元請けでやろうとすれば、それなりに知名度が求められるはずですが。
安藤 設立間もない2000年頃までは、大手ソフトベンダーのところに行って「仕事ありませんか」「人は足りてますか」「案件単位でオフショア開発をやりませんか」などと営業していました。
しかし、下流工程だけを請け負ってもうまくいきませんでした。米国企業のオフショア開発を見ても、案件単位でプログラマを集めて人海戦術で乗り切ろうという方法での失敗事例が続出しています。
これではダメだということで、エンドユーザーから直接受注する営業へと方向転換しました。当社の米国拠点ではエンドユーザーから基幹業務システムを直接受注する案件が急伸しており、その米国企業の日本法人からの受注が足がかりになりました。
今では、東証1部、2部上場の大手ユーザー企業を中心に取り引きが拡大しています。日本支社の売上高のうち約7割がエンドユーザーから直接受注したもので、ビジネスパートナーと連携して受注したものも含めれば、全体の約9割をエンドユーザーからの受注が占めています。
社員の成長こそが好業績の原動力 人づかいも脱下請けの発想で
──顧客企業の業種や開発案件の内容はどんな傾向がありますか。今後、強化していく点はどこですか。
安藤 顧客は製造業が中心で、なかでも自動車関連が多い。次に電機メーカーやエネルギー関連、外資の保険会社などが続きます。
比較的多いのがSAPやオラクルなどERPパッケージのカスタマイズや作り込み、保守サービスなどです。「なんでもできます」ではなく、特定のパッケージに強いなど具体的なところまでもっていかないとなかなか仕事には結びつきません。
逆に弱いところは、需要が拡大している組み込みソフトやインドの大手ソフト開発ベンダーが得意としている金融系のオンラインシステムなどです。
もともとインド系の会社は日本語の障壁が少ない組み込みソフトや数字の処理が中心の金融オンラインシステムなどが強いとされてきました。しかし、当社の場合は海外オフショア開発が難しいとされている業務アプリケーションが売り上げの主要部分を占めます。
エンタープライズ領域での強みをさらに伸ばしつつも、組み込みや金融などを強化していく必要があります。
──ビジネスモデルを見る限り、ソフト開発ベンダーというよりはSIerに近い動き方をされていますね。
安藤 将来的には国内大手SIerを打ち負かすほどの企業に成長することが目標です。そうならないと、私が支社長で居続けることはないでしょうからね(笑)。
──日本支社の体制も設立時から大きな変化があったと聞きます。社員のスキルやモチベーションを高める施策は何ですか。
安藤 設立当初は日本人スタッフばかりで固めましたが、うまくいきませんでした。言葉や概念が通じやすいかどうかの話は、結局、どれだけ安定的な関係を長期間維持できるのかという点に尽きます。オフショア開発に従事する外国人をその場しのぎの使い捨てとして使えば、キャリアパスの見通しが立たず、職場を去っていってしまいます。
当社はインドの会社ですから、インド人のモチベーションは高いですし、世界53か国・地域に展開しているグローバル企業として、国籍を問わず活躍できるスキルパスも用意しています。日本支社においても、現在約140人いる社員のうち日本人は約3分の1たらずで、残り約3分の2は印、中、韓、米などの外国人が占めます。社員が長期間にわたって成長してこそ、顧客との長いつき合いが可能になり、仕事もより円滑に進むようになります。
眼光紙背 ~取材を終えて~
グローバルでの営業利益率は30%台で推移。高収益体制を確立している。赤字プロジェクトが後を絶たない国内大手SIerも見習うべきものがある。
CMMレベル5に裏づけられた品質の高さが高利益率を支えている。
ソフト開発のプロセスを設計する責任の所在が曖昧なまま、プログラム開発に進んでしまう傾向がある国内ソフト産業とは「大きな違い」だ。
設立当初は、日本人スタッフばかりを集め、国内大手SIerから下流工程の「プログラム開発を請け負う」仕事を探したが、うまくいかなかった。多重下請け構造の延長線上にオフショア開発を考えるべきではないと学んだ。
上流の開発プロセスを自ら進んで設計してこそ「CMMも生きてくる」。付加価値の高い仕事をすれば報酬も増え、優秀な人材も多数投入できる。好循環はここから生まれる。(寶)
プロフィール
安藤 典久
(あんどう のりひさ)1964年、宮崎県生まれ。86年、広島大学卒業。日本のソフトウェア企業で開発に従事。92年、米大手アウトソーシング企業に入社。官公庁や金融関連のプロジェクトに参画。99年、サティヤムコンピュータサービスの日本支社長に就任。04年、インド本社のバイスプレジデントに就任(日本支社長と兼務)。
会社紹介
インドに本社を置くソフト開発ベンダー。インドでは上位4位に入る大手。99年に日本支社開設。昨年度(05年3月期)、グローバルの連結売上高は前年度比約60%増の約8億ドル(日本円約960億円)、今年度は約10億ドル(同約1200億円)に達する見通し。昨年度の営業利益率は約36%と高水準を維持している。日本支社では3年後の08年度に売上高100億円を目指す。インド本社は昨年4月にイギリスのコンサルティング会社「シティソフト」、同7月にはシンガポールのビジネスインテリジェンス(BI)開発ベンダー「ナレッジダイナミクス」をそれぞれ買収。同10月には日立製作所とグローバルアウトソーシングの分野で事業提携するなどM&Aやアライアンスによるビジネスの拡大を加速させている。