大企業を中心にERP(統合基幹業務システム)を提供してきたSAPジャパンが、ここ数年で様変わりした。中堅中小企業(SME)向け製品を投入したほか、業務システムを繋ぐプラットフォームまでラインアップを広げた。昨年8月に就任したロバート・エンスリン社長は、国産ベンダーの競合が多いこのSME市場をターゲットに「成長路線」を突き進もうとしている。「日本企業はカスタムメイドが多く、パッケージ製品にチャンスあり」と、人員、開発やパートナー体制などのリソースを大幅に拡大し、トップの座を堅持することに自信を見せる。勝算はあるのか。
「成長路線」拡大に自信あり 基幹系にもパッケージを導入
──SAP米国北東地域の責任者時代には、2005年までの4年間で売上高を35%増加させたと聞いています。この手腕を日本市場でどう生かし、どんな成長軌道を描こうとしていますか。
エンスリン SAPジャパンは05年度(05年12月期)、前年比プラス8%の成長を遂げましたが、06─08年度にかけても、さらに業績を伸ばします。私は、日本市場全体の伸びに比べ、2倍近い勢いで成長できると考えています。SME市場に関しては、さらに市場の成長率より、2-3倍の早さで拡大させるつもりです。
米国北東地域は14四半期連続で前期比増という成長を続けています。SAPジャパンに関しても「成長路線」を突き進み、継続的な業績の拡大を果たしたい。日本は、独特の市場性がありますから、われわれにとってもチャンスは大きいと思ってるんです。
──米国と日本の市場性の違いとは何ですか。
エンスリン 米国では、業務システムのパッケージは、「デファクト・スタンダード(事実上の業界標準)」が進んでいる。だから、企業の業務システムも大部分がパッケージソフトです。それに対して日本は、カスタムメイド、ハンドメイドである「インハウス」の業務システムが多い。ここが米国や欧州とは大きく違うところです。だからこそ、日本市場には大きなチャンスがあるんですよ。これから「インハウス」のソリューションは徐々に減り、企業の多くがパッケージを採用するでしょう。ERPは、日本企業でも基幹システムとして十分機能していますしね。
──ここ数年で、大企業からSMEまで、幅広い製品が揃ってきました。06年度(06年12月期)は、どの領域を重点的に拡大しますか。
エンスリン いうまでもなく、両方ですよ。大企業に関しては“Go to Market”(やってみようじゃないか)ということで、さらに拡大させるために、業種・業態別のソリューションを充実させます。われわれにとってSME関連は昨年非常に伸びた分野ですが、今年度は人材も積極的に投入し、ツール類の整備やメソッドの追加でさらに積極的に開拓していきます。大企業市場向け、SME市場向けそれぞれに高いゴールを設けています。
──SME向けERP市場は、国産ベンダーなど競合がひしめく状況ですが、どのような販売目標を立てていますか。
エンスリン 昨年度の場合、SME向けERP「mySAP All-in-One(A-One)」と中小企業向けERP「SAP Business One(B-One)」を含めて、ライセンス数は30%程度成長しました。B-Oneについては05年度の企業数が200社。今年度は、この2倍の400社に導入を目指します。
──意外と控えめな数字ですね。
エンスリン はい、ちょっとコンサバティブ(保守的)に言ってみたんですが(笑い)。市場規模を考えると、B-Oneだけでは、どうしても控えめな数字になりますね。しかし、A-Oneと合わせて中小企業市場に訴求していけば、日本のSME市場で当社がナンバーワンになることは決して難しくはないと思います。
──B-Oneでは販売パートナーの開拓を積極的に進めていますね。何社くらいまでパートナーを増やせば、戦力として十分ですか。
エンスリン B-Oneのためだけにパートナーを増やそうとしているわけではありません。SME市場に訴求するなかで、B-Oneを拡販するパートナーも必要だというわけです。しかし、日本のSME市場には、チャンスがあると考えていますので、SAP製品を訴求するための支援をパートナーに提供していきます。
SME市場を開拓するパートナーの存在も重要ですが、実績を上げるには、パートナーに在籍する営業マンがどれくらいSAP製品を訴求してくれるかが重要です。パートナー各社のトップに働きかけ、能力のある営業マンを起用してもらい、SAP製品の価値を企業に伝えていかなければならない。
2010年までに収益を倍増 ESA関連で5割を稼ぐ
──B-OneとA-Oneは、大企業向けERPに比べ、導入期間が短いので、SAPジャパンの顧客拡大に役立ちますね。当面、どれくらいの顧客数を目指しますか。
エンスリン 日本では上場・非上場を含め12万8000社の企業があり、そのなかで、中堅企業が1万4000社、売上高100億円以下の企業が12万社以上あります。SAP製品の顧客は現在、約1300社です。このうち当社では、2010年までに顧客を8000社にする目標を掲げています。
──昨年8月にSAPジャパン社長に就任して、戦略目標として「2010年には、現在のビジネスを2倍にする」と宣言しました。そのうえで、顧客8000社という目標値が導き出されたのですね。
エンスリン そうです。収益を倍増させるためには、現在ある製品で50%、さらに新製品で50%を稼ぎ出そうとしています。今後、新製品の開発を続け、順次日本でリリースしていきます。5年前と比べてみると、現在提供しているSAP製品の50%がその間に生まれた新製品です。5年前は、スタンダードのERPのほか、ファイナンスや在庫管理などに関連した製品だけでしたが、その後新しい製品として当社独自のアプリケーション統合基盤「Net Weaver(ネットウィーバー)」やCRM、SCMなどを商品化してきました。
──つまり、「ネットウィーバー」を含め、SAPが提唱するウェブサービス基盤「ESA(エンタープライズ・サービス・アーキテクチャ)」関連のビジネスが50%を占めるようになるということですね。
エンスリン その通りです。
──ESA関連でも、ERPなどと同様にパートナーとの連携が重要になりますね。その進捗状況は。
エンスリン 「ネットウィーバー」のパートナー制度「Powerd by SAP NetWeaver」は、05年度までに28社が加盟し、アプリケーション開発に協力してもらっています。昨年7月には、開発者向けコミュニティ「SAP Developer Network(SDN)」を立ち上げ、昨年末までに会員が8000─9000人に達しました。
こうした、「ESA」「ネットウィーバー」に関するテクノロジー、アプリケーションの開発体制を強化するほか、今年度はさらにISVを網羅していきます。「ESA」「ネットウィーバー」に関わる開発者の数は、近いうちに現在の2倍にしたいと思います。
すでにESAに関する新製品を投入していますが、特に日本では「日本版SOX法」に対応した新製品を他社に先駆けて出しました。SAPジャパンは、すでに企業のコンプライアンス(法令遵守)に関する製品を揃えているんですよ、という言葉を是非書いておいてください。コンプライアンス対策にお悩みの方は、エンスリンに直接電話をください。
眼光紙背 ~取材を終えて~
取材の最中は「ジョーク」を連発。日本語では「気さくな人」という言葉が当てはまる。記事にはできなかったが、マイクロソフトの話題に触れた際、「『俺のXBoxを修理しに来てくれ』と(マイクロソフトの日本法人社長の)ダレンに伝えてくれ!」と、大笑いで語った。
余裕なのか、はたまた緊張の裏返しなのか、詮索したくなる人物だ。「We Must win(勝たねばならない)」が好きな言葉という。「2010年までにビジネスを2倍にする」という戦略目標を、容易に達成できそうな勢いを感じた。事実、06年度(06年12月期)は、新規社員を300人採用する予定で、パートナーも大幅に拡大するなど、就任わずか9か月ながら、一気に足場固めができそうな気配だ。
課題はやはり、パートナー施策だろう。中堅中小企業市場を拡大するとなると地方ベンダーへの支援策は重要で、エンスリン社長の手腕が試される。(吾)
プロフィール
ロバート・エンスリン
(ロバート・エンスリン)1962年生まれ、43歳。20年以上にわたり、ソフトウェア開発などテクノロジー業界に従事し、92年にSAP南アフリカに入社。コンサルティング、セールスなどの業務を歴任。97年にSAPアメリカに異動。99年には、独SAP本社と連携して「世界の主要顧客トップ50社」を対象にした導入プログラム「SAPアカウント・マネージメント・プログラム」を構築。02年にSAPアメリカで製造業担当のシニア・バイスプレジデントに着任。03年からSAPジャパン社長に就任するまで、米北東地域のシニア・バイスプレジデント兼ジェネラルマネージャーの責を負う、世界最大規模の地域を担当する責任者として活躍した。
会社紹介
SAPジャパンは、独SAPの100%出資で1992年10月に設立。大企業向けERP「SAP/R3」(現在の「mySAP ERP」)日本語版をベースに日本市場で営業を開始した。藤井清孝・前社長の在任期間は5年半で、着任時に比べ売上高が約3倍に成長した。現在は、ERPだけでなく、SCM(サプライチェーンマネジメント)やCRM(顧客情報管理)の両分野でも、日本市場でトップに位置するほか、独自のアプリケーション統合基盤「SAP Net Weaver(ネットウィーバー)」を中核にしたプラットフォーム分野にも事業領域を拡大している。
昨年8月には、新社長に5年半ぶりの外国人社長、SAPアメリカの北東地域責任者であるロバート・エンスリン氏が就任。着任わずか1か月で、「2010年には、現在のビジネスを2倍に拡大する」という目標を掲げ、06年度についても「パートナー関連ビジネスを3倍にする」など、強気の戦略を打ち出している。
中核のERPは、大企業向けに加え、ここ数年で、国産ERPベンダーが中堅中小企業(SME)市場向けの製品ラインアップを揃えた。06年度(06年12月期)の急成長を支えるのはSME製品だとして、パートナー施策を強化している。