東芝PC&ネットワーク社営業統括責任者だった山下文男氏が、2006年4月1日付で東芝情報機器社長に就任した。小川暢久前社長はわずか9か月で退任という異例のトップ交代。しかも東芝のパソコン事業を背負ってきたエース級の投入だ。狙いは、東芝グループの連携強化やトップ若返りによる経営のスピード化で、国内の法人向けパソコン事業を一段と強化すると新社長は力説する。同社は05年度(06年3月期)にプリンタ事業を東芝テックグループに移管するといった抜本的な改革を行っている。山下新社長は今後、どんな展望を描いて舵取りしていくのか。
昨年度1000億円の売上規模に「業績不振ではありません」
──昨年10月に東芝テックグループにプリンタ事業を移管し、新しいビジネスモデルの構築を図っているなかでの社長交代ですね。前社長の就任から9か月目という異例の人事だけに、自ずと業績面で問題があったのかとの声が聞こえてきそうですが。
山下 業績不振ということですか?そういうわけじゃ全然ないんですよ。昨年度の売上高は1000億円に達し、パソコン販売も800億円で2ケタ成長を果たしています。今回の社長就任は、東芝グループ全体での経営強化を掲げているからなんです。2003年にパソコン事業の抜本的な見直しを実施し、東芝グループのなかで当社が国内法人向けパソコン販売の中核会社に位置づけられました。私は、東芝で長いことパソコン事業に携わってきましたから、国内法人向けのパソコン事業を拡大させる責任がある。そのためには、軸足を販売側に移さなければならない。販売の最前線が東芝のパソコン事業を引っ張っていくスタイルを確立するために、社長に就任したんです。
──東芝のパソコン営業統括責任者としては、東芝情報機器の課題をどう捉えていたのですか。
山下 スピード経営を実践できていなかったのは否めませんね。これはメーカーと販売会社の組織に距離の開きがあったことが原因です。メーカー側で決定したことが販売側で実行されるまでに時間がかかりすぎる。しかも、SCM(サプライチェーンマネジメント)を行ううえで、PSI(生産・販売・在庫の調整)を効率よく回そうとしても、販売計画と実行に大きなギャップが生じていた。
──PSIが効率よく回らなかったのは、どこに問題があったと。
山下 簡単にいえば、メーカーが売りたい製品と顧客企業のニーズにギャップがあったわけです。メーカーとしては、競合他社との差異化技術を早く売りたい。しかし、顧客企業からみれば、それよりも自分たちに必要な機能を搭載した製品を必要な量だけ欲しい。つまり顧客ニーズが十分に反映されていなかった。ですから、メーカーとの連携を強化して、顧客ニーズとのギャップを埋めていくことが私の最大のミッションだと考えています。
──これまで東芝本体から直接、東芝情報機器の社長に就任した前例はありませんね。そういう意味でも、新体制への期待の大きさが分かります。
山下 期待というよりも、東芝グループ全体の経営陣を若返らせたいという動きのほうが強いですね。といっても、私もそんなに若いというわけではありませんが(笑)。パソコンを取り巻く市場環境は、緩やかではありますが成長しています。経営陣の若返りと決断のスピードを早めることで、国内の法人向けパソコン事業が拡大すると確信しています。
大手販売代理店との連携強化 パートナー会の設置も検討
──まず手始めに取り組むことは何ですか。
山下 早急に行わなければならないことが3つあります。まず、パソコンの生産工場に当社から直接発注できるような仕組みをつくっていくこと。これにより、顧客企業が欲しいタイミングで売れるようになる。顧客の声をいち早く反映した製品を提供できるようになります。東芝との連携強化は、販売側の生産権限を広げる狙いもあります。
次に、大手販売代理店とのパートナーシップを深めること。大塚商会やダイワボウ情報システム、リコー、キヤノン販売などと、戦略的な製品の提供やシステム案件の獲得を増やしていきたい。販売店のトップと私が直接交渉する機会を増やし、双方がウィン・ウィンの関係を築いていきます。3つめは、サポートサービスの強化で、オンサイトサービスや不要パソコンの下取りサービスの強化などにも取り組んでいきます。また、東芝製品の差異化技術を市場に浸透させることもパソコン拡販のカギですから、顧客にわれわれの技術を理解してもらうことも必要だと思います。
──企業向けのパソコン販売を拡充するためには、サーバーの強化が必要だと思いますが。
山下 その通りです。実は、サーバー販売にもっと力を入れていきたいと考えています。そのため、東芝のサーバ・ネットワーク事業部と連携して、当社のサーバー要員を強化しました。また、ソリューションビジネスを手がける東芝ソリューション経由で中堅・大企業にサーバーを拡販していくという連携も強化していきたい。サーバービジネスでは、東芝ソリューションとの連携がカギになると考えています。
──ERPなど業務用ソフトの品揃えは。
山下 基幹業務パッケージの「CAMPUS(キャンパス)」は、大手から中小まで、さまざまな企業に導入しています。医療や介護など特定業界向けのソフトもわれわれが得意としている分野です。
現段階では、売り上げの8割程度がパソコンの販売ですが、サーバーやソフトの販売比率を高め、サービスを含めたソリューション提供の比率を高めていきます。さまざまなニーズに対応するためには、製品ラインアップの強化などリソースの充実が欠かせませんから、ソリューションベンダーとも積極的にアライアンスを組んでいきます。
──東芝テックグループへのプリンタ事業移管で販売代理店数が大幅に減りました。影響はありませんか。
山下 パソコンの売上高で全体の80%を占めていた有力代理店が残っているので、影響はありません。しかも、こうした代理店は、数を多く売ることよりも利益を重視する傾向が強い。そのため、当面は代理店数を増やさなくても十分に収益を伸ばせると確信しています。
──「TIE会」のような販売代理店制度はつくらないのですか。
山下 確かに、何らかの連携組織は必要だと考えています。今後、TIE会とまではいかないにしても、SIerを対象としたビジネスパートナー会の設置を計画しています。
──今後は、ドキュメント管理のニーズが高まるのではないかという見方があります。プリンタ事業がなくなったのは業績を伸ばすうえで大きな痛手になりませんか。
山下 東芝テックグループとの連携は現場レベルで多々あります。プリンタ事業がなくても痛手にはなっていません。もし、パソコンとプリンタの販売が切り離せないものであれば、再び見直すことが必要です。しかし、当面は問題ないでしょう。とにかく、パソコン中心のソリューション提供に力を注ぎ、国内でのマーケットシェアを高めていきます。
──具体的な数値目標は。
山下 現段階では、18─19%のマーケットシェアで推移しています。これを今年度末から来年度初めまでに20%まで引き上げます。これで単独トップになるとは言い切れませんが、国内トップのNECと肩を並べることができるはずです。
眼光紙背 ~取材を終えて~
東芝情報機器社長に就任し、「浜松町(東芝本社)にいた時と考えが180度変わった」という。東芝から製品を安く仕入れ、少しでも高く売るという意識が出てきた。「親会社だからといって買い叩かないのはおかしい」。東芝との連携強化は、風通しをよくするため。「販売代理店が『何かやってくれる』と思うような策を講じていく」としている。
国内の個人向けノートパソコン市場では、シェア20%以上を東芝のパソコンが確保している。「ダイナブック」シリーズを、ビジネスマンだけでなく女性も対象としたデザインに一新したためだ。個人向けパソコンの拡販に向け、事業部長として手腕を発揮した。「コンシューマ事業は、年末など商戦で逆転できるが、法人事業は違う。コツコツとユーザー開拓を行っていく」。山下社長の舵取りに期待がかかる。(郁)
プロフィール
山下 文男
(やました ふみお)1950年5月6日生まれ。74年3月、山梨大学工学部計算機学科卒業後、同年4月に東芝に入社。91年10月、海外パソコン事業部欧州部(欧州第一担当)課長兼欧州部(業務担当)課長に就任。国内外のパソコン事業に従事。05年4月、PC&ネットワーク社営業統括責任者兼PC第一事業部長を経て、06年4月に東芝情報機器社長に就任。
会社紹介
東芝情報機器は昨年10月、主力事業の1つだったプリンタ事業を東芝テックグループに移管し、パソコンを中心としたシステムソリューション会社として新しいビジネスモデルの構築に力を注いでき
た。昨年度は、売上高が1000億円規模、そのうちパソコン販売は2ケタ成長の800億円に達した。今年度から山下新体制となり、国内の法人向けパソコン市場でのシェア拡大を狙う。
同社は、川崎航空機工業と磐城セメントとの共同出資により、「川崎タイプライタ株式会社」の社名で1954年9月に設立された。58年5月に東京芝浦電気(現東芝)が全株式を取得して東芝傘下となり、東芝製品の販売をメインとしたビジネスを手がけるようになった。84年10月に東芝ビジネスコンピュータを合併したことに伴い、社名を「東芝情報機器株式会社」に変更。03年10月、東芝がパソコン事業の改革に向け、国内直販部門を東芝情報機器に統合。これにより、同社は東芝グループで国内の法人向けパソコン販売の中核会社として位置づけられている。