「社名から販売という文字をなくそうと決めたのは3年前」と村瀬治男社長はいう。キヤノンマーケティングジャパン(キヤノンMJ)は4月1日付で、「キヤノン販売」から社名を変更した。“箱売り”というイメージの強い「販売会社」から、企業向けの「ITソリューション」会社へと舵を切ったわけだ。2010年度までの「長期経営構想」で、全社売り上げを1兆1000億円に乗せて、「ITソリューション」で6000億円を稼ぎ出す。うち3000億円がハードを除くソリューションの売り上げだという。事務機器販売という主力事業に加えて、大手SIerに匹敵するインテグレーション事業を立ち上げる。「楽な数字ではないが、達成はそんなに難しくない」と村瀬社長は自信を込めた口調で語る。
あえて「販売」の文字を外し、1兆円企業目指し離陸
──2010年度(2010年12月期)までに、売上高で「1兆円企業」になるという目標を掲げましたね。
村瀬 キヤノングループ全体としては「世界トップ100社」入りを標榜しています。10年度までにグループ売上高を5兆5000億円にして、主要事業でナンバーワンになり、新規事業も立ち上げる。辻褄を合わせたわけではありませんが、結果としてその目標の20%、1兆1000億円をキヤノンMJで達成しようという目標です。
──今回の社名変更も、この大きな目標を踏まえた判断だったのですか。
村瀬 グループ全体の中で、当社が本来あるべき姿は何かというと、「顧客に付加価値を提供できる企業」になることだと思うんです。モノを「販売」することも付加価値の提供に違いありませんが、いかにもそれだけというイメージが強い。そこで、あえて「販売」という文字を消して、「キヤノンマーケティングジャパン」に社名を改めました。社名変更にまだ社員は戸惑っているみたいです。電話応対でも、つい「キヤノンはん…」まで口走って、あわてて新社名に言い直したりしていますね。
──社名から「販売」を外そうと考えたのは、いつ頃からなんですか。
村瀬 03年度ですね。例えば、旧住友金属システムソリューションズ(03年に全株式を取得し、キヤノンシステムソリューションズと社名変更)から当社に加わった社員は、販売という仕事をしているわけではない。ですから、「キヤノン販売の100%子会社」というのが、ピンとこなかったと思います。これからさらに、M&Aで新しい業態の企業を取り込まなければならないし、われわれの事業自体もモノの「販売」だけでは収まらなくなっている。そう考えて、社名変更のタイミングを探っていたんです。おかげさまで、05年度は業績も良く、名実ともに新社名がふさわしいと考えて決断したのです。
──新社名は、非常にスマートなイメージですが、「販売」を前面に出した力強さは、もう今のキヤノンMJに必要ないということですか。
村瀬 とんでもない。営業集団というのは、いつだって“野武士”ですよ。社名がどうであろうと、モノを売るという感性には、そうした荒々しさが必要なんです。ドブ板を踏んで道を切り開いていくという気持ちや感性がなくなると、モノを売る原点が崩れる。会社が駄目になります。しかし、それだけじゃない。野武士のDNAをしっかりと腹に抱え込んだまま、新しく生まれ変わらなければならない。それを社員に分かって欲しかったんです。
3000億円のSI企業に匹敵 M&Aで脱ハードの拡大へ
──モノを売る原点を保ちつつ、そこにどういう要素を組み入れていこうとしているのですか。
村瀬 当社には、「キヤノン」というブランドとハードウェアを売るという非常に分かりやすい仕組みが底辺にあるわけです。ただ、それだけで満足してくれる顧客もいる一方で、広げるモノがないと物足りないという顧客が圧倒的に多い。例えば、デジカメ「IXY」を買ってくれる顧客のなかには、カメラの液晶画面をみて写真を楽しむ人もいれば、それをパソコンにつないでプリントするなど、いろんな使い方がある。この付加価値を提供するのも、カメラの「ソリューション」です。
これが、オフィス製品になると、その要求度もより幅広くなってきます。企業の業務の流れごとに異なるソリューションがある。ベースとなるハードを使いながら、それにふさわしいアプリケーションをどう提供できるかというのがキーになります。箱であるハードを売るだけでなく、「提案型」のソリューションを売るということは、マーケティング活動そのものなんですよね。
──今後は「提案型」のソリューションをどんどん生み出していくということですか。
村瀬 レーザープリンタやMFP(デジタル複合機)と融合させるアプリケーションプラットフォーム「MEAP(ミープ)」などは、具体的な営業活動から発想したものです。そんなソリューションをキヤノンと共同作業でつくり出していきます。ハード単体を売るのと違って、システムやネットワーク構築などと、求められる要件も複雑になりますから、業務フローのなかで何が必要なのかという見極めが営業の大事な要素になる。「新製品が出たから買ってください」ではなく、このハードを使い何ができるかを上手に提案していかなければなりません。
──コンピュータやネットワークをトータルに提案するとなると、販売店も含めて新しいスキルの獲得が必要になりますね。
村瀬 大事なのは、時代の変化を先取りして、販売店も含めた組織全体で、新しい方向にドライブしていかなければならないということです。ネットワークとは何なのか、あるいは携帯電話を通じた入出力を考えたり、最近のワンゼグをどう利用するといった側面も考えていく必要があります。当社は、昨年3月に日本SGIに資本参加しました。和泉(法夫社長)さんにお願いして、社員6人を“留学”させています。これも今日の“メシの種”にはならないけれど、3次元の技術がいつか必要になるという読みがあるからです。いまは関係なくても、新しい技術は貪欲に取り込んでいく。そうしたスキルアップの活動は着実に進めています。
──機器販売でなく、ソリューション関連でどの程度の売り上げを計画していますか。
村瀬 1兆1000億円の目標を達成するために、企業向けのシステム提案やソフトウェア開発などを拡大するという「ITS(ITソリューション)3000億円計画」を掲げています。現在ITSは、保守サービスも含めて2000億円弱ですが、保守を除いたソリューションだけで3000億円を達成する。SI企業で比較すると、野村総合研究所の年商に匹敵する規模になります。かなり大きな目標で、コツコツ積み上げるだけでは達成できませんから、M&Aも積極的に駆使していきます。
──具体的に進んでいる案件は。
村瀬 たとえば、今年度から着手した「医療ソリューション事業」は、子会社のキヤノンシステムソリューションズが1月31日付で、アステラス製薬の子会社、FMSを買収して始めた新規事業です。
医療業界では、ドキュメントのデジタル化が始まっています。電子カルテも必ずプリントアウトの機会がありますから、病院内のあらゆる分野で「ドキュメントソリューション」が必要になってくる。初年度の売り上げはまだ小さいが、数十億円の事業規模を数百億円にもっていくのは、そう難しいことだとは思わない。M&Aによって、特化分野のノウハウを取り込み、そこに当社のコア技術を加えて新しいソリューション事業を展開する。そうした領域はまだまだほかにもあります。楽な目標ではありませんが、達成自体はそれほど難しくはないと思っています。
My favorite キヤノンU.S.A社長を務めている当時、米国の顧問弁護士から寄贈された「揺籠式架台」の地球儀。「グローバルにモノを見なさい」との意味が込められており、今も大事に飾っている
眼光紙背 ~取材を終えて~
背丈は180センチ弱と見たが、面と向かえば、より大きく感じる。北米生活20年以上の経験が器を大きくさせているのかもしれない。
2010年度(10年12月期)までに単体売上高で「1兆1000億円を目指す」。昨年度に比べ、約2800億円もの積み増しが必要だが、「その1年前に1兆円には到達しますよ」と、事もなげに断言してみせる。
3年前までは「後ろ向きな人員整理があった」という同社。しかし、「過去のことはもういい。前を向いて行く」と、前進あるのみという。
“箱売り”だけでなく、ソリューション販売を伸ばすというが、一方で伝統的に培われてきた「ドブ板作戦で営業するスタイル」は、DNAとして持ち続ける。原点を忘れず、前向きに展開する。
インタビューでは、業績の数値から戦略、過去からの経緯など、資料なしでそらんじて答えた。大きく見える頭の中に何が潜んでいるのか興味深い。(吾)
プロフィール
村瀬 治男
(むらせ はるお)1939年11月、神奈川県生まれ、66歳。63年3月、慶應義塾大学経済学部卒業。同年4月、キヤノンカメラに入社(69年にキヤノンに改称)。71年1月、キヤノンU・S・Aに出向。76年1月、キヤノンcanada副社長に就任。80年7月、再びキヤノンU・S・Aに戻り、副社長へ。その後、同社の上席副社長、執行副社長を経て、91年3月、キヤノンの取締役。93年3-99年3月までは、キヤノンU・S・Aの社長を兼任。96年には、キヤノンの常務取締役になり、99年3月、キヤノン販売(現・キヤノンマーケティングジャパン)の社長に就任した。
会社紹介
キヤノンマーケティングジャパン(キヤノンMJ)の前身は、1968年に国内営業部門とサービス部門を分社化して設立した事務機販売・卸の「キヤノン事務機販売」と保守サービスの「キヤノン事務機サービス」。71年には、これにカメラ販売・卸の「キヤノンカメラ販売」を一本化して、旧キヤノン販売が誕生した。
旧キヤノン販売の設立時点では、自らが直接問屋になることと、販売後のサービスを目指していた。その意味で、「販売」が社名に入っているのは適切だった。しかし、レーザープリンタやMFP(デジタル複合機)が急速に進化し、ネットワークと接続されるようになり、社の色が「ITソリューション」会社へと変貌する必要性が高まり、今年4月1日に機器の強みを生かしたソリューション展開を中核事業にする意味を込め、新社名にした。
キヤノンMJの昨年度(05年12月期)の業績は、売上高が8219億円、経常利益が291億円。いずれも過去最高を記録。5月に発表した「長期経営構想」(06-10年度)は、最終年度までに売上高を1兆1000億円、経常利益率を5%以上にすることを掲げている。