11月22日、エレコムはジャスダック証券取引所に上場を果たした。5年前に一度断念したIPO(新規株式公開)を、このタイミングで果たしたのは「連続的に成長できる仕組みができたから」。葉田社長は事もなげに理由を語る。連続的に成長できる仕組みとは何か。キーワードは「Around the Digital life」。PCの周辺機器メーカーからの脱皮を意味している。
事業は必ず天井を迎える 先手を打って新領域へ
──株式を公開した現在の心境は。
葉田 「ようやくスタートラインに立つことができたな」という気持ちです。5年ほど前、株式公開を断念した経緯がありますからね。やっとできた、が正直なところです。
──5年前も業績は順調に伸びていたし、経営基盤も安定していましたよね。そのタイミングでもよかったのではないですか。
葉田 成長のピーク時に株式を公開しようとみなさん考えている。それは、大きな勘違いです。上場後、さらにしっかり成長するための戦略が描けたタイミングがベストです。
5年前、確かに経営状況は安定していましたよ。シェアも上がっていました。だが、一方で停滞感を少し感じていたんです。事実、事業の選択と集中などいろいろ手を打ちましたが、3年間は売り上げはほとんど上がらなかった。その後、一昨年あたりからAV(音響・映像)関連機器やメモリなどに手を広げたり、一昨年にはロジテックを買収したりとさまざまな手を打ち、ようやく連続的に成長するための戦略、絵が描けるようになったんです。
──連続的に成長する仕組みとは。
葉田 事業には必ず天井があります。どこかのタイミングで必ず成長は止まる。1つのビジネスで永続的に成長することなんてありえない。グーグルだって永遠の成長が約束されているように思われがちですけど、今のビジネスだけではそのうち頭打ちになるはずです。1つの事業にしがみついてはダメです。では、どうするか。
エレコムはこれまでPCの周辺機器やサプライ品だけのいわゆるPC周りの商品だけのメーカーから脱皮し、PC周辺機器を含めたデジタル機器全体の関連商品までを作っていきます。「Around the PC life」から「Around the Digital life」にシフトするわけです。エレコムがユーザーに抱かれるイメージも変えていかなければなりません。
──PC周辺機器産業の成長は止まる。そこにしがみついていては、いずれ淘汰されるということですか。
葉田 そうです。PC周辺機器といってもいろいろありますから一概には言えませんけど、今の市場環境では、たとえばある製品でどこか1社が販売を伸ばせば、どこかの1社は落ちる。つまり、市場のパイが広がっていないんです。PCの周辺機器でも、メモリやストレージなど伸びている分野はあります。ただ、周辺機器メーカーのままだといずれ成長は止まってしまいます。
従来のPC関連機器ではない製品をエレコムはすでに手がけていますが、ほとんどの製品が好調ですよ。ワンセグチューナーなど、予想以上に売れている。数千台の単位で在庫が足りない状況です。今後、「ウルトラワイドバンド」や「PLC(高速電力線通信)」などデジタル関連機器では、さまざまな新技術が出てくる。その技術のメリットを消費者が容易に享受できる関連機器をエレコムが作るんです。従来のPC周辺機器製品の売り上げは5年以内に全体の3分の1まで下がると思いますよ。
──ロジテックの買収も「Around the Digital life」戦略の一環だったと。
葉田 もちろん。ロジテックは、高い技術力と開発力、そしてユーザーからの信頼を得ているのは知っていましたから、当社の戦略にマッチすると。ただ、買収直後のロジテックは技術と開発力は高い半面、調達や生産管理は全然ダメだったんで、大改革を進めている最中です。新しいプロダクトでもユニークな製品が出てきたし、メモリや2.5インチのHDDのシェアも上がってきた。返品率も低い。エレコムグループとして、「Around the Digital life」戦略を推し進める重要な会社です。
“足らざる”をカバーするため、M&Aは積極的に展開したい
──ただ、デジタル関連機器は範囲が広い。今のエレコムにないテクノロジーや製品も必要になってくる。流れの早いデジタル機器市場で、早急に商品ラインアップを増やすためには、ロジテックのようにM&A(合併・買収)を推進する必要もありそうですね。
葉田 そうです。株式公開の1つの狙いはM&Aを加速させるためです。興味を持っている具体的な会社はもちろん言えませんが、自分たちが持っていない技術・商品を持っているメーカー、そして新技術に先進的に取り組んでいる企業が対象になります。先ほど話したように、PC周辺器業界は今後もっと厳しくなる。メーカーの淘汰が進んでいくでしょう。中途半端では生き残れませんからね。
──販売チャネルにも変化はありますか。
葉田 いや、従来通りです。家電量販店やカメラ量販店が中心になります。ただ、その売り場そのものを変えていこうとは思っています。説明が必要な製品が増えてきますから、量販店の方々と一緒に、製品の特徴や利点を分かりやすく説明する専門コーナーをつくれればいいなと。たとえば、無料通話ソフトの「Skype(スカイプ)」は、どう使えばよいかがイマイチ分かりにくいので、スカイプの長所と使い方を紹介しながら、製品のプロモーションも行って販売に結び付けるとかね。
──株式を公開したことで、海外市場での事業に変化は?これまで相当苦労してきた印象を受けます。調達した資金をもとに一気にドライブをかける考えはありますか。
葉田 株式公開を機にこれまで以上にアクセルを踏みこむつもりです。エレコムの海外市場への進出はさかのぼれば、十数年前になる。確かに苦労してきました。商品力はあるのですが、ビジネスの仕組みや商習慣の違いに悩まされ続けてきました。ただ、最近になってようやく手ごたえを感じているんです。韓国でのエレコムブランドは、PC周辺機器のトップブランドに成長しましたし、今年9月は海外のビジネスすべてで初めて単月黒字化を達成しました。
海外市場での現在の売り上げは、まだ全体の3─4%にしか過ぎません。ただ、長期的なビジョンとして10年以内に日本での売り上げ比率を全体の30%ほどにとどめて、ほかの約70%を海外市場で稼ぐくらいに成長させたいですね。加速させるためのタイミングとして、株式公開は大きなターニングポイントになるでしょう。
──そのための足場づくりは。また、狙う市場はどこですか。
葉田 海外で販売するためのルート構築が必要になるでしょう。そのためにはM&Aも視野に入れています。
狙う市場は、これまでの欧州に加えてアジアの新興国にチャレンジします。中国やインドなどです。インドは非常に魅力的で来年にはパソコンの出荷台数が日本を抜くのではないでしょうか。それだけマーケットが広がるわけですから、関心は高いですね。
──法人マーケットについては。
葉田 法人については順調で、あまり知られていないかもしれませんが、全売上高の3分の1を占めている事業です。今、非常に引き合いが多いのはNAS(ネットワークアタッチドストレージ)ですね。ただ、ネットワーク系製品は、多少ハードが弱いのでこれからが本番です。
My favorite 15年前、フランクフルト市内のショップを訪れた時に購入した「LAMY(ラミー)」のボールペン。すでに生産中止になったレアものだ。一目惚れし、握った感じも気に入って購入を即決したとか。この時自身が味わった感触を、ユーザーにも持ってもらえるような“モノ”作りがしたいと感じた。葉田社長の経営方針には、このボールペンとの出会いが少なからず影響しているのかもしれない
眼光紙背 ~取材を終えて~
経営者の最大の仕事は後継者選び──。こう言う社長は少なくない。株式公開という大きな仕事をやり終えた葉田社長も、今後の成長戦略に強い意気込みを示す一方で、自らが経営の第一線から退くタイミングを見計らっている。
「創業者がいつまでもトップに座っていたらダメ。創業者に文句を言う社員はいませんからね。それに永遠の命があるわけじゃありませんから」
会社がさらに成長するためには、自分がいつまでも最前線で指揮を執ってはいけないという考えを持っている。個性的で強力なリーダーシップを持つ葉田社長の後任となると、後継者の重圧は計りしれないほど大きい。ただ、「(後継者は)育ちつつある」ようだ。
「経営とはゴールのない駅伝」。1人ではなく次々とバトンをつないでいくからこそ成長があるという哲学を持つ。(鈎)
プロフィール
葉田 順治
(はだ じゅんじ)1953年10月生まれ。76年3月、甲南大学経営学部卒業。86年5月、エレコム設立。取締役に就任。92年8月、常務取締役。94年6月、専務取締役。同年11月、代表取締役社長に就任。
会社紹介
1986年に設立されたエレコムは、PC周辺機器の大手メーカーである。サプライ品からマウスやメモリ、ストレージなどのPC周辺機器のほか、通信ケーブルやネットワーク機器など多様な製品ジャンルを揃える。04年12月には、ストレージやマルチメディア機器に強いロジテックを子会社として抱え、製品ラインアップの強化を図った。年間販売台数のトップメーカーを表彰する「BCN AWARD 2006」では、「マウス」「USB」「キーボード」「スピーカ」「ゲームコントローラ」「テンキーボード」の6部門で最優秀賞を受賞した。
日本だけでなく海外市場にも進出し、韓国、中国、オランダに現地法人を設置する。海外の売上高は全体の3-4%程度。
昨年度(06年3月期)の連結業績は、売上高が432億1546万円。当期純利益が2億7923万円。今期は売上高452億7700万円、当期純利益11億4900万円を見込む。