日立ソフトウェアエンジニアリング(日立ソフト)は2010年度までに連結営業利益率を2倍あまりに高める。独自のソフトウェアプロダクトやサービスの拡充によって収益力を強化。中核となる技術を丹念に磨き上げて競争力のあるソフト・サービスの開発を急ぐ。顧客の声も積極的に採り入れる。設計力を中心とした「モノづくり力こそが勝ち残る唯一の道」と位置づけ、強気の成長戦略を立てる。
構造改革のメドはついた モノづくり力を徹底強化
──2003年度に2200億円あった連結売上高は、04─05年度と漸減。ここ数年の業績は下降傾向でした。
小野 パソコンなど利益率の低いハードウェアの販売から撤退するなど構造改革を進めたために、売り上げが下がりました。代わりに収益が見込めるソフトウェアやサービスへの移行を進めたものの、04年度はソフト開発に失敗して赤字に転落。今年度(07年3月期)はようやく業績が上向き始めたところです。
今年度下期からは新たな経営計画「チャレンジ8プラス」をスタート。利益率の低い単純な機器販売はできるだけ取りやめ、SIに絡むなど収益が見込めるものだけに絞り込みます。ソフト開発事業もプロジェクト管理を徹底することで以前のような不採算を出さない体制がほぼつくれました。事業構造の転換については一区切りつけたといってよい。
──「チャレンジ8プラス」は08年度に営業利益率8%以上を目指したものですね。昨年度実績の倍近い数字ですが、どう達成しますか。
小野 設計力を中心とした“モノづくり力”を地道に高めることが目標達成の道であり、また当社の勝ち残る唯一の道でもある。常道といえば常道ですが、奇策はないと思っています。
自社の技術レベルは他社に比べてどうなのか。顧客の満足度は高まっているか。見直しをかけて劣るところがあれば徹底して改善する。こうした粘り強い取り組みによって会社全体のナレッジを蓄積してレベルアップにつなげていく。知識集約によるトータルな設計力、モノづくり力の向上が利益を倍増させる根本にあると考えています。
上流部分の基本設計がしっかりなされていればオフショアを使ったコスト削減もうまくいきます。顧客の視点でシステムを開発し、独自のソフト製品やサービスの立ち上げもスムーズにできる。
──オフショア開発によるコスト削減策も推し進めていると聞いていますが、効果は出ていますか。
小野 中国に約400人、ベトナムに約100人の計約500人の開発人員を確保しています。これを今後3年程度で1000人規模に増やす予定です。ただ社内で蓄積したナレッジは外に出しませんよ。設計開発の根幹にかかわる部分が海外に流失すれば、空洞化してしまいますから。
オフショア開発は製造工程のコストダウンが見込めますが、これだけで利益率が倍増するほど甘くはない。SI全体のコストからみれば削減効果は限定的です。自社パッケージソフトやオンデマンドサービスなどソフト・サービス事業をより充実させる二本立てで臨む必要があります。
──ソフト・サービス事業とは具体的には何ですか。
小野 たとえば06年8月にはソフトウェアのサービス化(SaaS)で先行するCRM(顧客情報管理システム)大手のセールスフォース・ドットコムと業務提携を行い、SaaS事業に参入しました。従来のASPのように単一のソフトを提供するのではなく、複数ベンダーによる複合的なアプリケーションを提供できるSaaSは有力なプラットフォームになると予測しています。他社のソフトを担いで売るのではなく、自ら開発した業務ソフトをSaaSプラットフォーム上で提供できるのは魅力です。
パッケージソフト分野ではストレージ管理ソフトを新たに開発しており、北米などでグローバル展開も狙っています。今、日立製作所グループで北米に拠点を構える販売会社に試作品を届けるなどして、市場の反応を調べています。開発の過程でできるだけ多くの“市場の声”を製品へ反映させるためです。
内部統制の強化が求められるなか、散在しているデータをストレージに集め、改変履歴を残しながらしっかり保管する。かつ必要なときに容易に検索して見つけ出せる仕組みが求められています。「エンタープライズサーチ型統合データ管理」などと呼ばれ、需要が急拡大している分野です。
顧客の意見を聞き込み、営業利益率10%目指す
──情報漏えい防止システムの分野で4割強のシェアを持つ看板商品として、「秘文」を持っていますね。
小野 確かに「秘文」は成功しました。ただ欲をいえばもっとうまくやれたのではないか。研究開発の成果をあまりに素直に製品化しすぎたように思う。顧客や市場の声をもっと多く反映していれば、今以上に使い勝手のいい製品になったでしょう。こうした経験から先のストレージ管理ソフトでは真っ先に「北米に飛んで市場の声を聞け」と担当者に命じました。
ソフト、サービスを問わず生煮えのもやもやとしたイメージができあがった段階で客先に出向いて意見を聞き込む。顧客は何を期待しているのかを探る。運用しやすいとか、操作が簡単であるとかも重要な要素でしょう。こうした意見を踏まえたうえで商品化したものは顧客に受け入れられやすい。
研究開発力、システム設計力の強さが競争力の源泉であることはいうまでもありません。ただここが強すぎるとニーズよりシーズが先走る危険性もあるのです。
──自社開発したソフトパッケージやサービスなどで最終的にはどれだけの利益を確保する考えですか。
小野 2010年度には営業利益の半分を自社開発ソフトや製品、サービスで稼ぎ出すつもりです。このときの連結売上高は今年度見通しに対して約27%増の2000億円を見込んでおり、営業利益率は10%の確保を目指しています。単純計算で連結営業利益が約200億円。うち約半分の100億円をオリジナルの製品やサービスで稼ぐことになります。
より多くの顧客企業へ売り込むために当社が主体となって行う自主ビジネスの比率も10年度には7割程度まで高めます。昨年度は大規模ソフト開発を分担するなど日立製作所グループと連携したビジネスの比率が36%で自主ビジネスは64%。自社製品・サービスをよりスピーディに伸ばす方針です。
──日立製作所本体が09年度に連結営業利益率5%を目標に掲げているなかで、子会社である御社がそれを上回る利益率ではバランスが悪くないですか。
小野 一部には、子会社の利益のほうが多いのはけしからんという意見もあるかもしれませんよ(笑)。ただ、当社の昨年度営業利益率の実績は4%強。この程度では利益に貢献しているとは恥ずかしくて言えません。日立製作所グループ全体では5%なのは先行投資段階の事業を含んでいるためです。情報通信関連ではもっと高い利益率を目指しており、当社はこの分野における利益のけん引役になることが期待されているのです。
日立製作所のシステム系子会社で株式上場している日立情報システムズ、日立システムアンドサービスなども含めたグループの相乗効果も大切です。私が日立製作所本体の情報・通信グループ長を務めてきた時は戦略的アウトソーシングやソフトのサービス化、オンデマンド化などに収益を求めてきました。日立ソフトの社長になってもやはり同じようなことを思い描いています。各社のトップも目指すところは似る可能性もありますが、自主独立の経営とグループの相乗効果のバランスをとりながら全体として修正すべきところは修正すればいいと考えています。
My favorite 「カルティエ」のカフス。家族で年1回、海外へ出かけるのを楽しみにしている。だが顧客に納入したシステムが立て続けに稼働開始日を迎えるなどの理由で留守番をした年もあった。そんなとき夫人が旅行先の欧州で買ってきてくれたのが、このカフスだ。「たいへん気に入っている」そうだ
眼光紙背 ~取材を終えて~
大手SIerトップ集団の中核を占めるにはどの程度の年商規模が必要かという問いに、小野功社長は「3000億円」と率直に答える。
同業の野村総合研究所の今年度(07年3月期)連結売上高見通しが3050億円、伊藤忠テクノソリューションズが中期経営計画で年商4000億円を念頭に置くことなどを意識したものだと思われる。
ただ、現在の実力による成長度合いで射程に入るのは2000億円。「業界の合従連衡も起こるだろうし、M&Aも視野に入れる」と突破口を虎視眈々と狙う。
M&Aなどの戦略遂行で優位に立つためにも、収益力向上は必須課題。「SI業界は利益率が低い。しかし当社はもっと低い」。中期目標では営業利益率10%を掲げる。キャッシュフローを改善し大型M&Aのチャンス到来時に即座に行動できるよう、体質強化を図る。
業界トップを目指す臨戦態勢で強力なリーダーシップを発揮する。(寶)
プロフィール
小野 功
(おの いさお)1944年、長野県生まれ。68年、東京工業大学理工学部卒業。同年日立製作所入社。00年、金融・流通システムグループ長&CEO。01年、上席常務システムソリューショングループ長&CEO。02年、専務取締役情報事業統括本部長兼情報・通信グループ長&CEO。03年、日立製作所執行役専務情報事業統括本部長。04年、代表執行役執行役副社長。06年6月、日立ソフトウェアエンジニアリング代表執行役執行役社長に就任。
会社紹介
ここ数年の業績では2003年度(04年3月期)の連結売上高2243億円をピークに05年度は1545億円まで落ち込んだ。パソコンなど収益率の低いハードウェアの販売を戦略的に取りやめたことなどが主な理由だ。今年度は1580億円で、前年度比プラスの見通しを立てる。「構造改革はほぼメドがついた」としてV字回復を目指す。08年度は売上高1800億円、営業利益率8%、10年度は同2000億円、同10%の中期計画を示す。研究開発力はSIer業界でトップクラス。情報漏えい防止システムの「秘文」などユニークで競争力のある商材づくりを得意とする。