レノボ・ジャパンの天野総太郎社長がトップについて約半年。デルで約5年、デルモデルを日本に根付かせた若き指揮官は、新天地としてレノボ・ジャパンを選び、今何を目指そうとしているのか。レノボはワールドワイドでは急成長中だが、日本でのシェアはまだ低い。市場の開拓も決して楽観視できる状況ではない。しかし、天野社長は「パソコンはまだ成長の余地が大きく、飛躍的な躍進が可能」と言い放つ。
IBMのDNAを受け継ぐ ブランド向上にも積極策で
──デルで約5年間PC事業を指揮し急成長させました。そして、新天地に選んだのは競合のレノボ・ジャパン。そもそも、どんな思いからの移籍だったんですか。
天野 BRICsのなかでも中国は、世界人口の約25%を占め長期的成長が見込める。あと5年もすれば米国市場を超えるでしょう。その中国から生まれたレノボグループにビジネスチャンスを強く感じたからです。そしてもう1つ。レノボは今、日本を含めた先進国でビジネスの拡大を課題としてチャレンジしている。その挑戦に自分も参加したいという思いがありました。
──デルでは実現できなかったことがレノボ・ジャパンではできると。
天野 デルモデルは、直販ならではの面白みと強みがある。ただ限界もある。直販でアプローチできるのは、全市場のうち3割にも満たないでしょう。マーケットに対して幅広くアプローチでき、共通した高品質のサービスを届けるにはやはりパートナーである販売会社と一緒に市場を開拓することが重要です。レノボ・ジャパンには、日本IBM時代からお付き合いのある有力な販社、パートナーがいます。大きな強みです。ただ、直販モデルに限界を感じたから、レノボにきたわけではありませんよ(笑)。
──デルと比較した場合、レノボの強みと弱みは。
天野 「対デル」というより競合メーカー全般との違いという観点でお話しますね。まず強みは製品力。神奈川県の大和研究所を中心に研究・開発された「ThinkPad」の品質の高さは世界トップレベルだという自負がある。レノボ・ジャパンは、この「ThinkPad」を世界に広めたIBMのDNAを受け継いでいます。圧倒的なブランド力を持つ製品、そして高品質な製品がつくれる優秀な研究開発チームは武器です。
一方、弱みはレノボという会社の認知度の低さ。製品名「ThinkPad」は世界的にみても広く浸透していますが、企業ブランドはまだまだ低い。この点は大きな課題であると重く受け止めています。米国ではNBAやアメリカンフットボール、F─1チームのスポンサーになったり、日本ではヤクルトスワローズのスポンサーになったりと、知名度向上のための施策を積極化しています。
販売会社との連携も重視 新シリーズで巻き返しへ
──レノボ・ジャパンを設立して2年弱、天野さんが社長に就任して約半年が経ちましたが、今の日本市場におけるレノボ・ジャパンのポジションをどう受け止めていますか。
天野 残念ながら、シェアは落ちています。会社の認知度の低さ、そして「Think Pad」がレノボグループに移ったことで、製品・サービス、営業体制のクォリティが下がってしまうのではないかという懸念を顧客が持ち、「ステップバック」してしまったことが要因でしょう。
でも、一方で成果もある。昨年はレノボグループの自社ブランドPC「Lenovo 3000」ファミリーをリリースできたし、新しいパートナープログラムも発表できた。現時点でのシェアは低いですが、巻き返し施策は順調に進んでいます。これからが飛躍的成長の本番です。
──IBM時代からの「ThinkPad」販社からは、「レノボに変わってから競争力がなくなってパソコン販売事業が不振だ」との厳しい意見を聞きます。
天野 パートナーさんの意見は私もよく聞いています。そのなかで、一番多いのは価格競争力。「『ThinkPad』の品質は良い。だけど価格が高い」と言われます。品質だけでなく、価格的メリットも与えてパートナーの方々が儲かる仕組みをつくらないといけない。
米本社には昨年以上の投資を約束してもらっていますので、価格競争力は今以上に魅力的なプランを打ち出していきますよ。それだけじゃなくて、パートナーには教育面、報奨金面、商流のシンプル化による効率性の面で、今以上の支援体制を用意するつもりです。
──「Thinkシリーズ」と「Lenovo 3000」ファミリーの両ブランドを併用することのメリットは?パートナーにはどんな魅力があるのでしょう。
天野 PCに対するユーザーの要望は二極化しています。1つは、仕様はほどほどでいいから、低価格ですぐに納入して欲しいという声。これはSOHOや中小企業のユーザーに多いですね。2つめは、納期が多少長くても細かなユーザーの仕様に合わせて納品して欲しいというニーズ。こちらは主に大企業ユーザーが多い。
「Thinkシリーズ」は、IBMの製品だったことで大企業のユーザーが比較的多い。中堅から中小、SOHOへのアプローチが手薄だったんです。だから、「Lenovo3000」を出した。この製品で中堅・中小企業を開拓していくんです。デスクトップで5万円台から、ノートで8万円台からという価格は競争力が非常に高い。品質はIBM時代からの研究・開発のノウハウを取り入れているので、「Thinkシリーズ」に遜色ない高さを持っている。「Lenovo Care」などの搭載ソフトウェアも充実している。「Thinkシリーズ」と同等の品質を持ちながら、価格競争力もあるブランドなんです。「価格が高い」という課題を解決できたので、パートナーさんが中堅・中小企業市場でレノボのPCの競争力が増し、販売量の拡大に貢献できると思います。
「Lenovo3000」は発売後、前四半期比2倍で一貫して伸びており、計画値以上で成長しています。来年度はもっとアグレッシブに攻めたい。パートナーさんはまだ「Thinkシリーズ」の取り扱いが多いのが現状ですが、もっと担いでもらえるように実績を出し、魅力的な支援体制を用意して、レノボ・ジャパン自体の認知度向上も追求する。パートナーが売りやすい体制にもっと拡充します。
──コンシューマ市場に対するアプローチは。認知度向上に貢献すると思いますが。
天野 今の段階では「No」。ただ、さまざまな可能性を検討していますので、今後チャレンジする機会がないとは言えません。
──目標とするシェアは?
天野 すみません、それには答えられません。ただ、中期的な目標として社員と勝つ喜びを味わいたいと思っています。市場が成熟した今、PCビジネスで売り上げを伸ばして利益を確保するのはとても難しい。スピードと効率性、ITインフラが他のマーケット以上に求められます。そのなかでも勝ち続け、レノボ・ジャパンという新しい会社に勝つ文化を根付かせたいと思っています。
──レノボ・ジャパンは他のPCメーカーと違って、サーバーやソフト群を持たない。PCだけでのビジネスです。5─10年先までを見通したときに、PCだけのビジネスでやっていけるんでしょうか。
天野 答えは「Yes」。今よりももっと伸ばせますよ。組織、オペレーション、仕組み、仕事のやり方を改善し、今以上にスピードをもってチャレンジすればもっと成長できる。課題は見えています。まずは今年が勝負。エキサイティングな年にしますよ。
My favoriteビジネスで欠かさず持ち歩くA4サイズのカレンダーノート。1ページが1日単位で区切られており、記入できるスペースが広いので気に入っている。会議のなかで生まれたアイデアやタスク、気づいたことを書きとめるために活用する。英国の文具メーカー「letts(レッツ)」の製品で5-6年前から愛用する
眼光紙背 ~取材を終えて~
「勝つ喜びを社員に味わわせたい」「勝つ文化を根付かせたい」という言葉が印象的だった。インタビュー中、ひとつひとつの質問に表情をほとんど変えず淡々と答えるなかでも、「勝つ」と発言した時だけ声のトーンが変わった気がする。
前職のデルでは、日本のコンピュータ流通の常識を覆した直販モデルを浸透させ、飛躍的成長へと導いた。38歳で世界第3位のPCメーカーの日本法人トップになったのも、デル時代の功績が認められたからだろう。約5年間のデルでのビジネスで、苦労を経験しながらも、それ以上に勝つ喜びを味わってきたに違いない。自身が経験した喜びをトップとして社員にも味わわせたいのだろう。
天野さんは、今年の元旦に誕生日を迎え39歳になった。30代最後の節目の年に対する思いは当然強いだろう。「エキサイティングな年にする」と自信に満ちた表情に、思いの強さが感じとれた。(鈎)
プロフィール
天野 総太郎
(あまの そうたろう)1968年1月1日、東京生まれ。90年、玉川大学文学部英米文学科卒業。93年、シャープ・エレクトロニクスUKに入社し、ビジネス・プランニング・マネージャーに就任。00年、デル入社。ブランド・マーケティング・マネージャーを務める。01年、法人営業本部西日本地区シニア・セールス・マネージャーとサービス・マーケティング・ディレクターを歴任。03年、ビジネスセールス事業本部統括事業本部長。05年、米デルのコーポレートディレクターを兼務。その後、米デルのコーポレートディレクター兼ホーム&ビジネスセールス事業本部統括事業本部長兼宮崎カスタマーセンター・マネージング・ディレクター。06年9月1日、レノボ・ジャパンに移り代表取締役社長に就任。
会社紹介
レノボ・ジャパンは、PC大手のレノボグループ(聯想集団)が米IBMのPC事業部門を買い取ったことを機に、日本市場での営業拠点として2005年4月28日に設立された。資本金は3億円で従業員数は約670人。米IBMから引き継いだPCブランド「Thinkシリーズ」のほか、自社PCブランド「Lenovo3000」ファミリーの開発・販売を手がける。法人市場に事業領域を絞っておりコンシューマ市場でのビジネス展開はない。
親会社のレノボグループは、本社を米国ノースカロライナ州ラーレイに置く。従業員数は約2万人で、米IBMのパソコン事業を飲み込んだことで米ヒューレット・パッカード(HP)、米デルに次ぐ世界第3位のPCメーカーになった。今年度上半期の売上高は、対前年同期比16%増の約72億ドル。PC出荷台数は同約28%増で成長している。