KeyPerson
「理」の韓国と「気」の日本を融合 新IT経済圏「アジア圏」で世界に対抗
日韓IT経営協会 会長 吉川良三
取材・文/谷畑良胤 撮影/大星直輝
2007/04/09 18:05
週刊BCN 2007年04月09日vol.1182掲載
韓国の大卒者は、生産現場を嫌う
──三星(サムスン)電子でCAD/CAMを中心に開発革新業務を指導するため、韓国に10年間在任しておられたので、あちらのIT事情に詳しいと思います。日本とは、どう違うのですか。吉川 日本からみると、韓国は「IT先進国」というイメージがあります。しかし、ネットワークやオンラインゲーム、組み込みソフトウェアなど、実際に目に見えないモノへの取り組みに長けているだけで、「ものづくり」自体に強みがあるわけではありません。日本は、「IT=ソフトウェア」と認識しているので、韓国を「IT先進国」と勘違いしている。IT全体を考えると、日本が圧倒的に強いのは間違いありません。

──韓国のIT環境のイメージは、高速のブロードバンドが行き渡り、街中に「ネットカフェ」があるなどITリテラシーが高く、優れた製品を生み出せると感じていましたが。
吉川 韓国のIT事情に関しては、あることが分からないと、すべてが誤解されてしまいます。韓国は「理の世界」で、日本は「気の世界」なんです。「理の世界」とは、知識や理論が先行して自己主張の強いことを意味します。実際に手足を動かしてモノをつくることに、あまり関心がない。「気の世界」とは、気持ちを合わせ一生懸命に仕事をすることを指します。
「理の世界」では、「気の世界」の人に関心を示さない。サムスン電子の工場には、中学・高校卒の従業員しかいません。大卒者は、絶対に工場の現場に就こうとしませんし、CAD/CAMを利用した設計作業のように、手足を汚す仕事に携わろうとしないんですよ。
サムスン電子で機器の設計者の平均経験年数は、3・5年。設計者は図面を引く際などに、手足を動かすので、大卒者は好まない傾向がある。実際、設計者は出世もできません。日本の設計者は「気の世界」の人たちで、平均15年以上の経験があり、仕事にも誇りをもっていますよね。
──「韓国は『IT先進国』」という感覚だけでつながりをもとうとすると、ITビジネスはうまくいかないということですね。
吉川 サムスン電子に長く勤めて、そういうことが分かりました。「理の世界」の人に対し、「気の世界」の仕事であるCAD/CAMを使った設計作業などを日本人の感覚で押しつけるのは無理だと感じました。そのために、指導法を大幅に変えたほどなんですよ。
──吉川会長がサムスン電子に在任中は、韓国が国家的な経済危機に直面していましたよね。
吉川 韓国は1997年、「IMF(国際通貨基金)危機」に陥り、国が潰れかかりました。サムスン電子は、わずか数週間のうちに1万数千人の従業員を一度にクビにしたんです。
クビになった大卒者など「理の世界」の人たちは、これによって行き場を失い、米国や日本に留学し、または、やむなく中小企業に再就職しました。そして、残りの人たちが、ITベンチャーを起しました。
なぜ、起業したベンチャーの多くがIT企業だったかというと、資本の負担がかからないから。モノをつくらず、少ない資金で莫大な利益を得るためにITを選択したんです。それで、当初ブームになったのが、日本が手をつけていない画像関連のオンラインゲームだったんですよ。
──そうしますと、「理の世界」の韓国IT業界は、日本以上に優れた才能を持った人がいるわけですね。日本のIT業界が結びつくことによる相乗効果はあるのですか。
吉川 韓国のIT業界は、モノをつくり製品化することを「学問領域ではない」と思っています。それに対し、日本人は、鍛えて鍛えて技を磨く“匠の世界”が根づいてますよね。日本のソフトが弱いのは、そのせいです。日本のITベンチャーは起業すると、すぐに「ものづくり」に走ろうとするからダメなんですよ。
日韓のIT業界はバッティングせず
──そういう韓国IT事情を肌で感じて、日本に戻り、日韓の橋渡しを考えつかれたのですね。吉川 韓国から日本に戻り、東京大学大学院の経済学研究科にある「ものづくり経営研究センター」で日本のモノづくりを体系化する仕事に携わっています。そこでは、藤本隆宏教授の理論に基づき研究をしています。藤本教授の主張は「コップという『設計情報』につけられた『設計思想』を物に転写したのが物である」という考えです。顧客はその「設計情報」の善し悪しを判断して購入します。
日本のマスコミは、日本と韓国のIT業界の勝敗を興味本位で書き立てるけど、この考えからすると、つくり方の観点がまったく違うし、実態面からも競争していません。うまくすみ分けることで、日韓のIT業界は、いい形で協業できると考えています。
──日韓のIT業界が、自らの強みを引き出して上手につき合えば、いまより優れたIT製品を生み出せるということですか。
吉川 日本では、非常に優れた韓国製品があっても、信頼性において半信半疑でみています。特にソフトは目に見えませんからね。韓国製品のなかには素晴らしいモノもあるんです。
01年に、日韓ITの技術や産業情報を円滑化する日韓IT企業の支援拠点「iPark Tokyo」が東京に設立されました。一方で、冒頭に説明した日韓の文化を共有して、新たな関係を築くため「日韓IT 虹の架け橋」という団体をつくる動きが出て、両国の文化をよく理解していることから、初代会長に就任して欲しいという要請があり承諾しました。ただ、中途半端にやりたくなかったので、子供の遊びのような名前ではなく、昨年10月に、きちんとした名称の「日韓IT経営協会」を設立したというのが経緯です。
この協会には、日立製作所や富士通などの関係者で「iPark Tokyo」に所属していた専門委員が参加していて、ヒトのネットワークがすでにあります。こうした人脈を生かして、優れたIT技術を持つ韓国ITベンダーを日本に紹介する活動などを始めています。
──「コップ」の例えからすると、製品が韓国から輸出されるのではなく、「設計情報」やノウハウを輸入するということですね。
吉川 「理」と「気」の世界にあるものづくりからすると、日韓のIT業界はバッティングしない。日本のIT業界が不得意とする「理」のノウハウは韓国に、日本には「気」が生み出した製品がある。両者がうまく合体すると、とんでもなく面白い製品が誕生する可能性があるというのが、個人的な期待感なんです。
日本は、メカニカルな部分や品質を重視した「ものづくり」を伝統的に得意としている。一方、韓国は、ITのなかでも特に画像や映像、文字などの情報を配信、蓄積、加工するソフト技術に優れています。これが、「理の世界」が生み出す製品なんですよ。双方が得意とする分野で協業すれば、いままでにない製品が生まれるでしょう。
──「理」と「気」が融合することで、どんな製品が生み出せそうですか。
吉川 「iPod」はまさに、日本のハード技術と米国のソフト技術が組み合わさり、コンパクトで高機能な製品になった、「理」と「気」が融合した代表例ですね。
グローバルでの競争は、国と国との間ではなく、欧州連合(EU)圏や北米圏などとの戦いと考えています。だが現在、アジアは国がバラバラに動き、「アジア圏」を築けていませんよね。政府の戦略として「イノベーション25」として打ち出されていますが、私の考えは、それを日本だけでなく、「アジア圏」全体を巻き込み革新を起こすべきだと考えています。
My favorite
日立製作所に入社した際、課長研修で配られた格言を収めた額縁。同社創業者の小平浪平氏と苦楽を共にした倉田主税氏(当時の社長)から贈呈され、いまも大事に飾っている。「易学而難行」という言葉は、「学は易し、行うは難し」という意味で、吉川会長は「常に学ぶことを続けろ」という教えを、いまも心に刻む

眼光紙背 ~取材を終えて~
目からうろこ──というと大袈裟だろうか?吉川良三会長の口をついて出る韓国の文化とIT事情を関連させた話は、記者自身の韓国の見方を大きく変えるものになった。
歴史的な背景があり、いまだに「近くて遠い国」である韓国。歴史認識の乖離はあっても、相互の文化を理解すれば…、特にIT業界では結び付きを深めることはできることが、吉川会長の説明を受けて分かった。
日韓IT経営協会がまず実行することは、ここで語られた日韓の文化を「日韓IT業界へ理解させる」ことから始まるという。いずれは、同協会が“架け橋”となり、相互連携が進むことになるだろう。
新たなIT経済圏として「アジア圏」を構築するという夢を語る吉川会長。政府・国レベルでは、なかなか進まないこうした構想を、将来的には同協会が主体となり実現してくれそうだ。今後の活動に期待したい。(吾)
プロフィール
吉川 良三
(よしかわ りょうぞう)1940年、大分県生まれ。65年、神奈川大学工学部電気工学科を卒業。同年、日立製作所に入社し、ソフトウェア開発に従事。CAD/CAMに関する論文を多数発表し、日本能率協会専任講師も務める。89年には日本鋼管(現・JFEスチール)のエレクトロニクス本部開発部長として次世代CAD/CAMの普及に貢献した。94年から03年までは、韓国の三星(サムスン)電子の常務を務めた。03年からは、東京大学大学院経済学研究科の「ものづくり経営研究センター」の特任研究員として、研究に従事している。06年10月に「日韓IT経営協会」設立と同時に会長に就任した。著書には「神風(シンパラム)がわく韓国─情報化時代は韓国の時代」などがある。
会社紹介
日韓IT経営協会は昨年10月、任意団体として発足した。経営の観点から、日韓両国のIT事情の違いを乗り越え、プロダクトや技術、産業情報などを円滑に情報交換することを目的として設立された。
具体的な活動としては、日韓IT産業に関する情報をメールマガシンやセミナーで定期的に発信するほか、韓国IT業界が持つノウハウを個別にベンダーなどへ提供している。
今年5月には、参加者間で密接な情報交換を行う場として「日韓IT経営フォーラム」を設置する。フォーラムは当初、セミナーや展示会、企業説明会などを開催するが、将来的にはインターネットを活用した情報交流を行う。同協会への参加条件として、法人会員の場合は、日韓のIT企業であることとしている。
続きは「週刊BCN+会員」のみ
ご覧になれます。
(登録無料:所要時間1分程度)
新規会員登録はこちら(登録無料) ログイン会員特典
- 注目のキーパーソンへのインタビューや市場を深掘りした解説・特集など毎週更新される会員限定記事が読み放題!
- メールマガジンを毎日配信(土日祝をのぞく)
- イベント・セミナー情報の告知が可能(登録および更新)
SIerをはじめ、ITベンダーが読者の多くを占める「週刊BCN+」が集客をサポートします。 - 企業向けIT製品の導入事例情報の詳細PDFデータを何件でもダウンロードし放題!…etc…
- 1
