4月1日付で豪腕の前社長を引き継ぎ、リコーのトップに近藤史朗氏が就任した。周囲からは「真面目で誠実」と評される。だが自身は「慎重な性格だが仕掛けは大胆」と表明する。来期(2009年3月期)から始まる「新中期経営計画」の立案を始動させるなか、海外市場での巻き返しやハイエンド市場を切り崩しつつ、将来の柱を「2-3本は立ち上げる」と新規事業計画を示した。「繊細にして大胆」な近藤体制はリコーをどう変えるのか。
ユビキタス社会に対応した、情報の蓄積とガードに着目
──社長就任から約1か月、顧客やパートナー先への挨拶回りが多いと思います。業界関係者に近藤さんの第一印象を聞くと、共通して「真面目」と口を揃えますよ。
近藤 嬉しいですね。一番有り難い評価です。リコーは非常に真面目な企業で、桜井(正光)会長も「何でこんなに」と思うくらい真面目な人です。真面目でない経営者を、顧客も株主も社員も許しません。だから、正直でありたいし、真面目でいたいと常に思っている。皆さんが真面目と感じてくれるのは本当に嬉しいです。
──自身のカラーをどのように経営に生かしていきますか。
近藤 私は臆病で慎重な面がありますが、勝負所では大胆に仕掛けてきた。これからも変わらず攻める時は大胆に攻めますよ。
──大胆な仕掛けというと。具体的な例をあげてもらえませんか。
近藤 たとえば、今年1月に発表した米IBMとのプリンティング事業の共同出資会社設立。実はこの話、当時社長の桜井さんは反対だったんです。でも、私を含めた若手が「やろうやろう」と迫り、納得してもらって実現した経緯があります。
IBMという企業は非常に優れた企業です。その会社が手放した事業を買って、本当にうまくいくのかと思っている人が多いかもしれません。でも、IBMのプリンティングシステム事業の資産は、当社が攻め切れていない「ハイエンドプリンティング市場」に割って入り、富士ゼロックスの牙城を崩すために必要です。世間のみなさんは「大変だろう」と思っているはずですから、見返したいですね。
──これまで技術畑を一貫して歩んでいるためか、「テクノロジーの近藤」のイメージもあります。複写機や印刷機、MFP(デジタル複合機)の製品開発で、戦略的に力を注ぐ技術はどこと見極めていますか。
近藤 セキュリティはますます重要になります。「いつでも・どこでも」のユビキタス社会に逆行するかのように、法規制や社会環境から「プリントさせない」「コピーさせない」「持ち出させない」という需要が生まれている。大手企業の案件ではセキュリティ対策の提案がほとんど当たり前の条件になっています。ナレッジを蓄積するために情報を取り込む一方で、得た知識や知的財産が流出しないようにガードするニーズもネットワーク社会には必要になってきました。今後はもっと注目されるでしょう。この2つのニーズを満たす技術の創出に焦点を当てます。
──今年度(08年3月期)で「第15次中期経営計画」が終わり、来年度から新たな中期経営計画をスタートさせます。近藤さんの考えを集約した最初のプランになりますね。案を詰めている最中だと思いますが…。
近藤 業績目標や具体的な内容をお話するタイミングではないですが、コア事業とコアの周辺にあるビジネスを強くしながら、将来の柱になり得る新規事業を2─3本立ち上げる予定です。
──新規事業とはリコーの既存ビジネスにはないまったく新しい事業になるのか、それともこれまでの事業を肉付けするビジネスになるのか。方向性は。
近藤 革新を意味する「イノベーション」という言葉をよく耳にしますよね。企業にとってイノベーションとは何だと思いますか。私は顧客の価値を高めることだと思う。テクノロジーだけを追求しそれが優れていればよいというだけではない。現場(顧客先)に出向いて会話し、顧客の要望を聞いて解決する。変化するニーズに応えるため、それに合わせた技術や製品、サービスを提供し続けるのが企業にとってのイノベーションです。
ITのメリットを享受できていない企業はたくさんあります。あるIT機器やサービスを利用しているとしても、十分に使いこなせていないケースもある。
単なる機器の販売だけでなく、顧客が製品やサービスを使って生産性向上や業務改善の成果をしっかりと出してもらえるようにしたい。そのためには、ビジネスエリアを広げていかなければなりません。
従来型の消耗品ビジネスは限界 オフィスの課題解決する事業を
──子会社のリコーテクノシステムズ(RTS)が中心になって、IT関連製品の販売と付随サービス提供の「ITサービス」が予想以上に好調ですよね。目標としていたグループ全体のITサービスの売上高1000億円も大幅に超えそうです。RTSの川村收社長は「単なる機器販売では終わらせない、きめの細かいサービスが評価を得ている」理由だと。新事業との関連性がありそうですね。
近藤 製品の提供だけでなくオフィスの課題を丸ごと請け負えるような事業を立ち上げることができればと思っています。私の頭のなかでは、ほぼ固まりつつありますし、来年度以降の中期経営計画では発表できると思いますよ。
──一方で、既存ビジネスの課題は何でしょうか。ローエンド製品のジェルジェットプリンタは、思うような結果を残せていない印象を受けます。
近藤 「いつまでジェルジェットをやるつもりなんだ」ということですね(笑)。確かに、ジェルジェットはリコーが考えているほど売れていません。
企業には、それまでの常識を覆すような破壊的イノベーションが必要です。ジェルジェットはその力を持っている。ジェルジェットの技術を使ったデジタル複合機「MPC1500」は、非常に高い評価をもらっている。苦労はしていますがやめるつもりはない。将来の成長を期待し着実に進めていきます。
──販売面については。ある地方のリコー販社の社長に話を聞いたら、「新しい技術もいいが、地方ではそんなものは売れない。消耗品の販売もオフィス通販会社の攻勢に押されている」と。
近藤 それは、それは(爆笑)、そんな声は私の耳にも入ってきていますよ。ハードを売ってその後も継続的に消耗品の受注がある従来のビジネスは今後難しくなるかもしれません。
米HP(ヒューレット・パッカード)は、インクジェットベースの高速MFPの販売形態として、ハードの売価はゼロにして、コピー1枚換算で課金する方式を始めました。調べたら、HPのインクの純正率が40%を割る数値で非常に低い。ところが、1枚換算のビジネスモデルであれば、インクが自社製品であろうと他社製品であろうと関係ない。これまで、HPさんが忌み嫌っていたやり方のはずなのに、この方式を採用したことは大きな変化の現れだと思います。
プリンタやMFPの事業は、ビジネスそのもののやり方を変えていかなければならないのかもしれません。
My favorite 鮎釣りが趣味で、義父から教わって以来、約30年続けている。「会社を辞めて鮎釣りに専念しようと思った時もあった」とか。釣竿は主に9メートルのもので、15-20万円のモデルを使うという。まとまった休みがとれると、30センチを超える大鮎を釣るため、九州の名川に足を運ぶこともある
眼光紙背 ~取材を終えて~
社長在任期間で売上高を2兆円の大台に乗せ、経済同友会代表幹事に就任した桜井正光前社長の功績は大きく、どうしても前社長と比べられることが多いだろう。「本人に嫌がられるだろう」と思いながらも、あえて桜井会長との比較という目線でいくつか質問をぶつけさせてもらった。
それに対して近藤社長は、終始穏やかな表情で、丁寧に質問に答えてくれる。「普段仕事をしている部屋を見せてほしい」という要望にも、「いいよ」と気軽に社長室を案内してくれた。「真面目」「慎重」「大胆」との評価だが、気さくで肩肘張らない雰囲気も近藤社長の持ち味と記者は強く感じた。
就任直後とはいえ、今年度は中期経営計画の最終年度。目標数値必達と新中期経営計画の立案、やるべき仕事は重い。柔らか雰囲気のなかでも時折り見せた厳しい顔は、プレッシャーを感じているというより自信の現れではないだろうか。(鈎)
プロフィール
近藤 史朗
(こんどう しろう)1949年10月7日生まれ、新潟県柏崎市出身。73年3月、新潟大学工学部卒業。同年4月、リコー入社。98年4月、画像システム事業本部プリンタ事業部長。99年7月、画像システム事業本部副事業本部長。00年6月、執行役員。同年10月、画像システム事業本部長。02年6月、上席執行役員。03年6月、常務取締役。04年10月、MFP事業本部長。05年6月、取締役専務執行役員。07年4月1日、代表取締役社長執行役員に就任。
会社紹介
複写機やプリンタなど事務機大手で、昨年度(2007年3月期)に売上高が初めて2兆円を超えた。機器販売だけでなく付随するサービスやソリューション提供、IT関連製品・サービスの販売も手がける。今年1月には、プリンティング事業で米IBMとの共同出資会社設立を発表。設立3年後にリコーの全額出資会社になることが決まっている。
昨年度の業績は、売上高が前年度比8.4%増の2兆689億2500万円、当期純利益が同15.1%増の1117億2400万円。今年度は第15次中期経営計画(3か年)の最終年度で、売上高8.8%増の2兆2250億円、当期純利益4.7%増の1170億円を見込む。設立は1936年。連結子会社および関連会社は約320社で、連結従業員数は約7万6000人。