シンクタンク大手の三菱総合研究所(MRI)がSI分野への進出を加速させている。銀行やSIer、コンサルティング会社など三菱系4社からなる連合体を形成し、顧客開拓を急ピッチで進めているのだ。目標はずばりSI業界でのトップ10入り。これまで官公庁や金融に強かったMRIグループだが、4社連携で製造や流通など民間企業の取り込みを進めることで事業拡大を狙う。
業界トップ10入り目指す、4社連携の効果が本格化
──三菱系4社での連携ビジネスを拡大させています。具体的にはどういった連携で、何を狙ったものですか。
田中 MRIを中核として、SIerの三菱総研DCS、三菱東京UFJ銀行、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの4社が連携したもので、将来的に情報サービス産業でトップ10入りを目指しています。
MRIは37年の歴史を持つシンクタンクで、政府に対する政策提言から民間企業向けのコンサルティングまで多くの実績を積んできました。ただ、いかんせんシンクタンクという性格上、提言やコンサルティングはできても、実行する仕組みがなかった。MRI単体の売り上げも近年は270億円前後で横ばい。次の成長戦略を描く必要に迫られていたのです。
顧客からは「提言してくれたからには、ちゃんとシステムまでつくり込んでほしい」という要望がたびたびきていたものですから、2005年に旧ダイヤモンドコンピューターサービス(現三菱総研DCS)と資本提携を行い、連結グループに迎え入れた。これでコンサルティングからシステムのつくり込みまで一貫して受注できる体制が整いました。
昨年度(06年9月期)の連結売上高は一気に700億円近くまで拡大。今年度は4社連携の効果が本格的に出始めていることからより一層の成長が見込めます。
──MRIは官公庁に強いシンクタンクで、DCSはもともと銀行の電算部門が独立したSIerだけあって金融系に強い。ただ、これだけでは製造や流通など一般の産業領域が手薄です。
田中 だからこそ4社連携なのです。三菱東京UFJ銀行は全国に約40万社の優良顧客を抱え、約300の拠点網を張り巡らせている。このネットワークや情報収集力を活用して民間企業のIT投資需要の開拓を本格化させています。
昨年度は正直申し上げて、まだ準備段階。顧客もまさか銀行員がシステムの話を持ちかけるとは予想しておらず、認知度を高める動きにとどまっていたのが実情です。ところが、今年度に入って銀行からの案件情報が急激に増え始めた。見込み情報はMRIで一元的に集約し、どう提案するかを分析しています。すでに売り上げに結びついている案件もあり、エンジンが本格的に回り始めたという手応えを感じています。
当面の目標としては、2年後の09年9月期に連結純利益ベースで70─80億円への拡大をイメージしています。いきなり売上高ベースでトップ10入りは難しいとしても、まずは純利益ベースで上位グループに入る。直近の実力範囲の2倍くらいの高いハードルではあるものの、プロジェクト管理を徹底するなどして高収益体制をつくりあげる考えです。
──東京三菱銀行(現三菱東京UFJ銀行)の副頭取を務めた経験に照らして、銀行にとってMRIと組むメリットはどこにあるとみていますか。
田中 3大メガバンクの金融サービスの実力はほぼ互角。だから、周辺分野でも差別化を図らなければ優位性を保てない厳しい競争にさらされています。銀行としても、なんとかして顧客の事業開拓の支援や経営戦略の提案、これを実現するシステムづくりまでを支援できる体制を整える必要が出てきた。ここにMRI+DCSと組むメリットがあります。
戦略を描く力が差別化に MRI軸に事業拡大図る
──SIの領域に足を踏み込みすぎると、シンクタンクとしての独立性が損なわれませんか。役所ではコンサルティングの中立性を保つために、開発や運用フェーズを別の会社に発注する傾向が強いと聞きます。
田中 だからといって4社連携の意義が薄れるかといえば、そうではありません。役所のコンサルティングは従来どおりMRI単体で担うことはできますし、民間企業ではシステム開発まで責任をもってやってくれと要請されるケースが依然として多い。実態をいえば、システム開発の要望が多すぎてDCSの人手が足らないほどです。
──競合大手に打ち勝つためには、何がいちばんの差別化要素になるとお考えですか。
田中 従来のITは業務の自動化による効率の追求が主な目的でした。ところが現代ではITは自動化のツールではなく、企業戦略に直結したものでなければならない。銀行でCIO(最高情報責任者)を担当していたことからこの点は痛感しています。IT戦略で出遅れた企業は競争に勝てない。
わたしの持論ですが、CIOは現場の視点ではなく、経営の視点で物事を見ないとうまく機能しません。ただ現実は、CIOが率いる情報システム部門と経営は、依然として別々のところにあることが多い。経営から下りてきた指示を中間管理の企画部門が整理し、システム化が必要なものは情シスに“つくれ”と、まるで下請けにでも出すように命令する。CIOなのに言われたものをただ黙々とつくる。これでは戦略的なITシステムなどつくれません。
まずは経営のグランドデザインを描き、そこから基本的なアーキテクチャを形づくり、個別のシステムを設計する。この上流からの一貫したデザイン力こそがSIerとしての最大の差別化策になります。
戦略的なグランドデザインを描くことに関して、当社に並ぶSIerがいったいどれだけいるのでしょうか。宇宙工学から経営・商学に至る幅広い自然科学、社会科学の知識を持っている600人余りの研究員を抱えるMRIの強さを存分に生かすことで、競争力を高めていく考えです。
──今後の課題は何でしょうか。昨今の景気好転でDCSでは金融系を中心に多くのバックオーダーを抱えていると聞きます。
田中 確かに銀行経由での民需案件が今後さらに増えるなかで、既存顧客からの注文もこなしていくとなると、かなりのハードワークになることが予想されます。具体的な計画はありませんが、MRIが持ち株会社のようなハブ機能を果たし、DCSのような有力SIerと組んでいく可能性はあります。グループ経営のノウハウ蓄積や先行投資にかかる資金をどう調達するかも今後の課題になってくるでしょう。
DCSはもともと東証1部上場の企業でしたが今回の再編で非上場になった経緯があります。ただ、MRIグループのビジネスを大きく伸ばしていくうえで、内部統制やコンプライアンスなど上場企業に相当するマネジメント体制の強化は不可欠です。事業拡大の方向性を明確に打ち出していくとともに、エクセレントカンパニーへと発展を遂げていくことが大切だと考えています。
My favorite ドイツ・オファーマンのビジネスバッグ。銀行の役員時代も含めて世界100か国以上に足を運んだ。鞄集めが趣味のひとつで、時間をみつけては鞄店に立ち寄る。家には海外モノを中心に30個ほどあり、夫人もあきれ顔とか
眼光紙背 ~取材を終えて~
1970年、三菱創業100周年の記念事業の一環として三菱総合研究所(MRI)が設立された。以来、自然科学に強いシンクタンクとして、研究活動や政府・官公庁への政策提言などを積極的に行ってきた実績を持つ。
そのMRIが今、SI業界で急速に存在感を高めている。「600人余りの頭脳集団を抱え、顧客の経営戦略に基づいたITシステムを具現化できる」と、田中將介社長は自社の強みを語る。メガバンクグループが顧客開拓を支援し、SIerの三菱総研DCSが実際のシステム構築を行う。この異色の組み合わせに戸惑う競合SIerもいるほどだ。
ただ、MRI自身はSI経験が少なく、子会社のDCSは親会社本体の2倍近くも売り上げるアンバランスさもある。「MRIが持ち株会社のような存在になってグループを取りまとめる」と、新たな再編やM&Aも視野に入れつつ事業拡大に邁進する構えだ。(寶)
プロフィール
田中 將介
(たなか まさゆき)1944年、東京都生まれ。68年、東京大学経済学部卒業。同年、三菱銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行。95年、取締役。96年、合併後の東京三菱銀行取締役。99年、常務取締役。04年1月、専務取締役。同年6月、副頭取。05年6月、三菱総合研究所取締役副社長。同年12月、同社社長就任。
会社紹介
2005年3月に旧ダイヤモンドコンピューターサービス(現三菱総研DCS)を連結子会社化。SI業界に本格進出する。昨年度(06年9月期)はDCSを連結した初めての通期決算では連結売上高約695億円、経常利益36億円だった。三菱総研(MRI)単体では国や自治体の政策研究を柱としてきたが、今後はDCSや三菱東京UFJ銀行などと組むことで民需分野のSI事業も拡大させる。MRIが蓄積してきた知識やコンサルティング能力をフルに生かすことで差別化を図る考えだ。直近の著作に「全予測2030年のニッポン」「徹底予測これが新成長ビジネスだ!~日本をリードする55のフロンティア~」などがある。