BPOにWebサービス──。今が旬のIT製品・サービス分野で着々とビジネス基盤を整えている。国内13か所にデータセンターを保有し、ITアウトソーシングで伸びてきた富士通エフ・アイ・ピー(富士通FIP)が新しい展開をみせ始めている。“富士通グループのアウトソーシング会社”。そう語られることが多かった同社が、変わりつつあるのだ。
BPOサービスの体制整え ビジネスソリューションへ
──富士通に在籍していた頃からITアウトソーシングとBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)サービスを研究していたと聞きましたが…。
伊与田 アウトソーシングでは、富士通にいた時に関連事業本部の副本部長を務めていた経験があります。BPOについては、4─5年前から研究会を開いて勉強していました。富士通子会社でイギリスに本社を構える富士通サービシズホールディングスが請け負っていた英国国税庁の帳票業務代行という大規模なBPOのノウハウを学んだこともあります。欧米の流れをみて、日本でも必ずニーズが顕在化すると感じていましたから。
──確かに、情報システムの運用をITベンダーに任せたいというユーザー企業は増えてきました。
伊与田 システムの運用だけではありません。社長就任の挨拶回りでお客さんを訪問した際、いろいろな意見を聞きました。そのなかで、もっとも多かったのはBPOでした。システム運用だけでなく、業務自体を面倒みてほしいと。
富士通FIPは、国内13か所にデータセンターを持ち、アウトソーシングサービスの提供実績は豊富です。富士通グループのなかで、アウトソーシングサービスを本格的に手がけられるのは富士通と当社だけといっても過言ではないと自負しています。
BPOでは富士通と共同で昨年3月にBPOセンターを開設しました。今年度(2008年3月期)内には関西地区に新しくBPOセンターをつくる計画もあります。ニーズに応えられるだけのサービス基盤を徐々に整えてきたわけです。
富士通は今年から「ITソリューション」から「ビジネスソリューション」の提供を標榜している。富士通FIPは富士通グループのなかで、この「ビジネスソリューション」を展開するための重要な役割を担っていると認識しています。
──システム運用を担うインフラ、データセンターの運営には運用コストの増大や電力など、さまざまな問題があります。強いニーズの裏には、解決しなければならない課題が多い。
伊与田 IT産業界のなかでSIやソフト開発分野は数十年の長い歴史がありますよね。ノウハウやスキルは富士通FIPにも業界にもかなり蓄積されている。一方で運用はどうでしょう。SIに比べてまだまだ歴史が浅い。環境に配慮した低電力運営や、コストの削減など直近の問題を解決することも重要ですが、それとともに取り組まなければならない大きな課題があると思っています。
──具体的にいうと。
伊与田 システム運用の標準化やツールの開発、メソドロジーの確立です。どんなシステムでもデータセンターでも、システマチックに運用するための手法を整備する必要があるんです。これをいかに早く進めることができるか。これについては、富士通FIPだけでなく富士通とも連携し、グループ全体として総力を挙げて取り組んでいる最中です。
SaaS主流時代は必ずくる 準備体制整え需要を取り込む
──データセンターは、アウトソーシングだけが使い道ではありませんよね。ソフトやシステムの機能をサービスとして提供するためのインフラでもある。
伊与田 だから、SaaS(ソフトウェアのサービス化)を視野に入れたWebサービスに、すでに取り組んでいるんです。
富士通FIPは、SIとアウトソーシングが全売上高のなかで大きな比重を占めています。ですが、Webサービスは急成長中で20%を占めるまで力がついてきました。企業間ECシステムや総合ASPサービスの「BeStage」などサービスメニューを揃えてきました。
システムやソフトの機能をサービスとして提供するモデルは、IT産業界のなかで今後もっと増えてくるはずです。SaaSが主流になる時代が必ず訪れる。BPOのように、今後やってくる需要の波に対応するため、今から準備しておかなければなりません。
──そのために、「AOD(アプリケーションオンデマンド)プラットフォームサービス」を昨年始めた、と。
伊与田 そうです。「AODプラットフォームサービス」は、一言でいえばソフトのASP化支援です。
ソフトベンダーさんがソフトをサービス化して提供したいと思っても、インフラの構築や運用スキルの蓄積、管理方法などさまざまなノウハウが必要になる。このサービスでは、構築支援から運用・管理までのすべてを請け負います。ソフトベンダーの手を煩わせることは特にはありません。
SIerやSEの会社は、パッケージソフトをつくるなどの開発は得意分野だけど、運用やサービス提供といった分野は苦手としているところが多い。24時間365日の運用体制を構築するのにも投資が必要ですしね。だから、設備を持ち、実績がある富士通FIPが代行しようというわけです。自社で持つソフトをサービス化するだけでなく、他社製ソフトのサービス化もビジネスになるとみているんです。
まずは、富士通FIPが持つソフトをサービス化する場合、必ずAODプラットフォームを使うことにしています。また、富士通のグループ会社や、富士通系ディーラーを中心に声をかけており、他社製パッケージのASP化でいくつか実績も出てきました。これからが本番です。
──Webサービスが拡大するために足かせになるのは。
伊与田 まず、どんなにニーズが高まっても、規制に阻まれることがあるでしょうね。象徴的なのが医療分野。電子カルテやレセプト(診療報酬明細書)システムなど、医療システムのASP化は技術的には可能です。セキュアな環境で情報漏えいを防ぐ手だてを講じて、個別にシステム構築するのに比べて低コストでシステムを提供できる。ただ、個人情報漏えいを危惧する声や、法規制があって実現できない。だからいつまでたっても医療のIT化は進まないですよね。相変わらず、3時間待って3分の診療……。医療のように法規制で阻まれたり、ITをサービスとして利用することに抵抗感を感じている業種や企業はまだ多く、これが足かせになっている。
それだけでなく、ベンダー側にも問題はある。サービス提供金額の問題です。
ITはもはや企業経営に必須なツールで、処理を間違えたり停止したりしたら、とんでもない実害をユーザーに及ぼしてしまいます。ベンダー側の責任は重い。それに見合うだけの価格設定をしなければならないと思います。これは業界全体として取り組んでいかなければならない課題だと感じています。
──WebサービスやBPOの立ち上がり、そして実績のあるアウトソーシングのニーズが高まってきた。とすれば、かなり挑戦的な中期経営計画を立てているのでは。
伊与田 2010年には売上高1000億円を達成したい。経常利益率は現状の5.9%をさらに数%伸ばしたいですね。この業界で伸びている分野が当社の強い分野ですので市場環境はけっして悪くない。提供する製品・サービスも揃ってきたので、ぜひ実現したいです。
My favorite オリジナルの扇子。富士通在籍時、当時の社長の秋草直之氏(現会長)から社長賞をもらい、その賞金で自主制作したものという。写真では確認しにくいが、扇子には富士通のロゴマークが薄くプリントされている
眼光紙背 ~取材を終えて~
アウトソーシングにBPO、そしてWebサービスと需要が強い製品・サービスの提供体制を潤沢に揃えている数少ない企業だろう。富士通を陰で支えるアウトソーシング会社としてのイメージが強く、地味ではある。だが、「富士通が掲げるビジネスソリューションの中核的役割を担うのは当社」という言葉には自信が溢れている。
伊与田社長は、富士通在籍時からアウトソーシングやBPOを研究してきた、この道のプロフェッショナルだ。インタビュー中は過去の事例などを交えながら持論を展開。こちらの問いに歯切れよく応えてくれた。
「縁の下の力持ち」ではなく表舞台に立つ機会が増えてくるか。カギを握るのは、アウトソーシングの伸長具合ももちろんだが、富士通FIPの独自色が詰まったWebサービスだろう。(鈎)
プロフィール
伊与田 悠
(いよだ ひさし)1945年8月生まれ。69年3月、慶應義塾大学卒業。同年4月、富士通ファコム(現・富士通エフ・アイ・ピー)入社。71年4月、富士通に転籍。89年12月、システム本部パソコンシステム統括部FMシステム部長。96年12月、ソフト・サービス事業推進本部システム技術統括部長。00年4月、ネットワークサービス本部長代理。02年6月、常務理事兼ネットワークサービス本部副本部長。03年6月、富士通エフ・アイ・ピーに移り取締役副社長。07年6月、代表取締役社長に就任。
会社紹介
富士通エフ・アイ・ピー(富士通FIP)は、1963年設立の富士通全額出資のファコムが母体で、80年11月に現社名に変更した。資本金20億円、従業員は約2600人。昨年度(07年3月期)の売上高は882億円。
情報システムの運用代行などのITアウトソーシングサービスに強く、全売上高の約45%を占める。全国に13か所のデータセンターとBPOセンター1か所を持ち、国内のITベンダーのなかでも潤沢なアウトソーシングサービス基盤を持つ。そのほか、SIとASPなどのWebサービス事業を手がける。
Webサービスは注力分野で、業種や業務別にメニューを分けたASPサービス「BeStage」や、EDI(電子データ交換)の「Trade Front」などを用意。06年には、ソフトメーカーが自社ソフトをASPサービスとして提供するための支援とIT基盤を提供する「AODプラットフォームサービス」を始めた。