ディストリビュータだけでは終わらない--。これが丸紅インフォテックが迎えている経営戦略転換の局面といえる。新しいビジネスモデルの構築に向け、トップを任されたのが、丸紅グループの複数企業で社長に携わってきた天野貞夫氏だ。まずは、赤字を打破するために抜本的な改革を断行する。そして、新しい成長路線の確立。天野社長が描く構想は、果たしてどのような効果をもたらすのだろうか。
丸紅傘下の子会社になり、社内の“ウミ”を出し切る
──業績不振など厳しい状況が続いています。社長就任から3か月以上が経過しましたが、方向性は固まりましたか。
天野 赤字から脱却しなければならないと考えていますので、抜本的な改革が欠かせません。その改革の一環として、今年末までに親会社である丸紅の100%子会社になることを決意しました。当社幹部と会社の方向性を十分に話し合い、また親会社とも協議した結果です。
──“親”の力を借りるわけですか。
天野 何年か前までは、“親子上場”がよいといった意識が一般的でしたが、今はグループ経営が再び重要視されている。“独立独歩”でいくのはよいとしても、業績が悪いのでは意味がない。また、業績不振の状況で突っ走っても危険です。
──今が危険な状況であると。
天野 これまで私は丸紅グループで複数社の社長を経験してきました。そのなかで、独立独歩を決断した時もある。しかし、当社にあっては肩肘を張らないほうが得策だと。当社は、丸紅グループでの主要子会社の1つでもあります。グループの力を借りてでも黒字に転換することが必要と判断しています。
それに、上場の維持費用って年間1億円ぐらいかかるんですよね。銀行からの借入金利も高い。ところが、丸紅の100%子会社になることで金利が下がる。「グループ金利」があるからです。そういった点でも、100%子会社になるメリットはある。
──社内整備という点では。
天野 事業の再構築という広義な意味での「リストラ」に手をつけます。そこそこの規模になると思いますよ。ただ、人員については今でも足りないぐらいですので、無理に減らすつもりはない。しかし、増員は難しいので適切な人員配置を考えていきます。
とにかく、今年度中にはすべての“ウミ”を出し切る。来年4月から本格的にビジネスを展開できる体制を築いていきます。
──コンピュータとネットワークの総合ディストリビュータのなかで、丸紅インフォテックだけがディストリビューション特化のビジネスモデルから脱却できていない。競合他社との差別化をどう図るのですか。
天野 まずは、得意分野であるEC(電子商取引)とリサイクル・リユースのビジネスを伸ばします。そこで今年10月1日に、この2分野でそれぞれに特化した組織を新設しました。EC専門組織は、統合EDI「ビーコン」を最大限に活用してECの可能性を見いだし、新しいビジネスモデルを構築していきます。リサイクル・リユースの組織では、中古パソコンを中心に多くの機器を扱えるように進めていきます。
次に、丸紅グループ会社との連携を図っていきます。グループ内に複数のIT関連企業があります。シナジー効果が発揮できるよう、当社の位置づけを決めていきます。
グループ内の連携とまではいきませんが、リユース・リサイクル関連で丸紅本社がパソコンをリプレースした際に使用済みのパソコンを引き取るという案件を獲得しました。そういった点でも、1社単独で行うよりもグループ内でのポジションを確立することは大きな意味があります。
──丸紅グループ以外でもアライアンスを組んでいくと聞いていますが、どこにポイントを置きますか。
天野 実は、当社を含めた丸紅グループ全体で戦略的なアライアンスの話が進んでいます。ただ、具体的なことは現段階で言えませんが、当社は広い意味での「アウトソーシング」関連を担当することになるでしょう。今年度中には形になる予定です。
──グループ連携を含め、どのような成長路線を描いているのですか。
天野 IT市場の環境をみると、大きな飛躍は期待できません。そのため、売り上げの拡大を追求するのではなく、コスト削減を含めた利益確保が当面の目標ですね。中期計画については、私の就任前に策定したものがありまして、現段階でそれを変えるつもりはありません。しかし、ある程度の改革を行った時点で改めて策定する予定です。
業界のしがらみに喝 提案型の営業を追求
──丸紅インフォテックの第一印象はどのようなものでしたか。
天野 一言でいえば、社員が真面目だということです。しかも、自由な雰囲気があるという印象を受けました。しかし、自由だと誰が仕切ればいいのか分からなくなる。好景気で業績が伸びている時期は仕切らなくてもよいのだけれど、今はものが売れない時期に直面しています。ですので、いくら各個人の能力が優れていても全社で同じゴールを目指して進まなければ成長できない。そのため、(経営者である私としては)まずは儲かる組織体制を作らなければならない。真面目な社員が多いので、方向さえ間違えなければ確実に成長できると確信しています。
──社長に就任してから、真っ先に実施したことは?
天野 実は、業界の把握なんです(笑)。IT業界が初めてということもあり、業界を知らなければ何もできないと考えたからです。当社の支社や支店、サテライトオフィスなどの状況を知るため、社長に就任してすぐにお客さんへの挨拶回りも含めて日本全国を飛び回りました。そのなかで実感したのは、やはり中間業者のディストリビュータは儲からないということだった。
私は30年以上、建設関連業界に籍を置いてきました。そういった点でIT業界が全く分からなかったのですが、外から見ていた時は漠然と先進的な業界なんだろうなと考えていた。と思いきや非常に古い。例えると、数年前までの建設業界に似ています。中間業者が生き残りにくい構造になっている。
物量が増える割には利益が上がらない。技術革新でメーカーによる開発コストが下がり製品の販売価格が下がる、それはどの業界でも同じですし、悪いとは思いません。しかし、ディストリビュータでトップシェアを取っても生き残るのは難しい。ディストリビュータ側でも、メーカーが開発した製品を単に仕入れて単に売るという構造から抜き切れていないという状況だからです。
──「IT業界が初めて」ということで、あえて聞くのですが、IT業界の理想像は。
天野 上手くは表現できません。しかし、変わらなければならないのではないでしょうか。そういった点では、当社も変わらなければならない。
当社に入った時、社員に「お客さんは誰か」と聞いてみました。すると、ユーザーであることは確かなのですが、メーカーが売って欲しい製品を単に販売しているような気がしました。例えば、建設業界でいうとマンション建設時、住む人を想定したデザインや地域の特徴を考えますよね。しかし、お客さんを考えなければよい方向には進まない。IT業界には、その悪い要素が今まさに課題なのではないでしょうか。そういった点では、面白い業界でありますけどね(苦笑)。
一方、お客さんへの販売ですが、「持ってこい」と言われたものを売っている。中間業者が、言われるがままの状況になっている感があります。それは絶対に変えなければならない。メーカーとユーザーを最も把握しているのはディストリビュータです。そのため、どちらにも提案できる。流通は単なる受け継ぎではない。きちんと提案し、「この中間業者に任せれば安心」と思わせるような企業にならなければならないと実感しています。
My favorite クルーザーに乗船する際に愛用していた帽子とサングラス、時計。ただ、忙しいこともあって最近は全く乗る機会がないそうだ。「今は自宅の近くを犬と散歩するときにヨットに乗った気分で身につけている」とか。学生時代は、ヨット部所属で国体に出場。オリンピック強化選手として合宿にも参加したという。ポジションは艇長であるスキッパー。社長の職は天職ということの証しか
眼光紙背 ~取材を終えて~
丸紅グループ会社の社長をいくつか経験し、営業権譲渡やM&Aなどを実施してきた。はたからみると、“冷血・非情”という印象を受けるが、実際はそれぞれの子会社を立て直した。それだけに、丸紅グループにとっては大きな存在といえそうだ。
取材の最中、「なぜタイタニック号が沈んだか」という話になった。それは、乗組員の判断ミスによるもの。ヨットが趣味の天野氏が「氷山を察知した際、(船で一番硬い部分の)真正面でぶつかるべきだった。実際、タイタニック号は(一番弱い)横べりにぶつかった」と説明した。
しかも、最も大きな原因は「絶対に沈まないだろうと乗組員と乗客ともに思い込んでいたから」という。会社もそうだ。大企業でも倒産する可能性だってあり得る。「要は、乗組員が意識するかしないかの違い」。丸紅インフォテックの舵取りに期待がかかる。(郁)
プロフィール
天野 貞夫
(あまの さだお)1948年3月14日生まれ。東京都出身。71年3月、東京理科大学工学部建築学科卒業後、同年4月、丸紅に入社。95年4月、開発建設第二部長に。97年4月、丸紅設備の常務取締役。98年4月、丸紅の開発建設本部副本部長。99年4月、丸紅不動産販売の社長に就任。00年4月、丸紅の北海道支社長。02年4月、丸紅建設の社長に。04年4月、丸紅設備の社長に就任。07年4月の丸紅インフォテック顧問を経て、同年6月、同社の社長に就く。
会社紹介
丸紅インフォテックは、2005年度(06年3月期)の連結業績が営業損益、経常損益、最終損益ともに赤字を計上。昨年度も最終損益が赤字と厳しい現実に直面している。これは、基幹システムのトラブルによる営業機会の損失が大きな原因。ハードウェア価格の下落などという市場環境も影響している。
しかし、今年度は天野社長体制の下、得意分野のビジネス拡大を重視。具体的には、ECとリサイクル・リユースを伸ばしていく。なかでも、EC分野では統合ウェブEDIシステム「ビーコン」をベースに新しいビジネスモデルの構築に力を注ぐ。来年度には、ディストリビューション機能だけではない同社が再始動することになりそうだ。