数少ない国産Linuxのディストリビュータとして8年前に設立されたミラクル・リナックスは今、転換期を迎えている。Linux市場環境の変化と、筆頭株主日本オラクルが独自のLinuxビジネスを展開し始めたことで、ミラクルも変わる必要があるのだ。それを指揮するのが今年7月に社長に昇格した児玉崇氏。児玉氏はオラクルとの資本関係見直しまで踏み込んだ大転換戦略を進める決意だ。
木村剛士●取材/文 ミワタダシ●写真
変化するLinux市場 ソリューションにシフト
──Linuxディストリビュータとして設立されたミラクル・リナックスも、業容が徐々に変わりつつありますね。その流れは、児玉さんが社長に就いた7月からさらに加速しているように思えます。
児玉 ミラクル・リナックスの設立目的は当初、オラクル製品を安定稼働させるLinuxを開発・販売することでした。日本オラクルはミラクルの筆頭株主で、それだけにオラクルとの結び付きが非常に強い会社として誕生したのです。
ただ、設立当時と8年経った今では、市場環境もユーザー企業のニーズも、そしてオラクルのLinux戦略も変わりました。だから、ミラクルも変わる必要があるんです。業容変化は、私が立案した中期的な経営戦略の一環ですから、加速しているように思えるのも無理はないでしょうね。
──ユーザーニーズと市場の変化……。Linuxを売る環境は劇的に変わった、と。
児玉 ミラクル製品だけでなく、どんなLinuxも8年前とは比べものにならないくらい品質が向上しています。安定したし、インストールも簡単になって、機能も増えた。それに加えて、「CentOS」など無償Linuxも数多く登場して、それを使うユーザーもかなり増えている。無償Linuxの存在は実はかなり脅威です。重要度が高くないシステムに関しては、無償Linuxを使ってコストを削減し、止まったらハードごと変えればいいと思っているユーザー企業すら出てきているほどですから。
OSそのもので差別化するのは難しくなったし、OSのライセンス販売やサポートだけで、お金をユーザーに払ってもらうのが困難な時代に入ったわけです。
──だからOSS(オープンソースソフトウェア)を中心に、OS以外の製品・サービスを用意し始めたわけですか。
児玉 そう。OSの販売や付随するサポートサービスに加えて、OSの周りにあるIT基盤製品にも手を広げて製品・ソリューションを揃える戦略に舵を切ったんです。社長に就いてから、この3か月間はOS以外の製品・ソリューション群を用意することに結構力を注ぎました。結果、9月に矢継ぎ早に発表でき、クラスタシステムやバックアップ、ロードバランサー、運用監視ツールを発売しました。これらの製品・ソリューション群を「ミラクルプラス」としてシリーズ化し、10月から本格的な営業活動を開始しています。
──かなりイメージが変わりましたが、顧客の反応は?
児玉 これがなかなかいい。8月下旬に「ミラクルプラス」をお披露目する意味を込めて、自社イベントを開催しました。500人ほど集客できたのですが、アンケートを行って「Linux以外の製品・ソリューション群を用意することをどう思いますか?」と率直に聞いてみた。そうしたら、回答者のほとんどが「積極的にやってほしい」だったんです。私が打ち出した戦略は間違っていなかったと、好感触を得ていますよ。営業担当者も新しい提案ができるので、お客さんを訪問しやすくなったようですしね。「Linuxの新版が出ましたから会ってください」では、もう時間をとってもらえませんから。
──OSベンダーにそこまで求めるのは意外ですね。顧客は何を期待しているんでしょうか。
児玉 顧客は元々ミラクルに対して、対応スピードの速さやさまざまな要望に応えられる柔軟性などサポート力を評価してくれている。Linuxのカーネルまでいじれる技術者が国内にいるミラクルは、サポートに自信を持っており、それを売りにしています。その意味で顧客に対応のよさを評価していただけるのはありがたい。ただ、顧客の側では「サポート力は認めているけれど、OSだけじゃなぁ……」という意識だったと思うんですよ。情報システム全体からみれば、OSなんて一部のなかのまた一部ですし。サポートのよさを、他の領域まで広げることで、顧客が安心してミラクルに任せられる分野も広がった。だから、歓迎してくれているんでしょうね。
「OSだけ」という不満解消 資本関係の見直しも視野に
──当然ですが、Linuxディストリビュータというイメージが薄らいでいきますね。そう思われても構わないという判断ですか。
児玉 中期的業績目標として3年後に売上高を昨年度(2008年5月期)比90%増にする計画を立てていますが、Linuxのライセンス販売の比率は現在の30%前後に対し、10%程度に縮小するでしょう。その代わり、「ミラクルプラス」のようなOS以外の商品群で伸ばすつもりです。Linux市場のシェアを獲ることを重要視して事業展開するつもりは全くありません。
とはいっても、Linuxの開発・販売はやめませんよ。LinuxはもちろんOSS関連のエンジニア力を高めるうえで、OSを開発することは絶対に必要です。もしやめたら、今顧客が認めてくれているサポート力や技術力も弱まりかねません。ミラクルは、Linux開発では中国レッドフラグおよび、韓国ハーンソフトと共同開発体制を敷いており、その関係を維持しながら開発を今後も継続的に進めていきます。
──一方で、戦略転換した今のミラクルには矛盾が見えます。筆頭株主の存在です。日本オラクルが筆頭株主である点が気になる。新たに用意した製品・サービスの一部はオラクルと競合になりますよね。
児玉 確かに、「ミラクルプラス」で用意したものがオラクル製品と一部コンフリクト(衝突)するケースも否定できません。“グレーゾーン”があると言われれば、確かにそう。
──それだけではない。オラクルは数年前からLinuxに対する方針を変え、独自のLinux戦略を展開し始めました。競合のレッドハットとも手を組んでいる。ますます矛盾しているような……。
児玉 これまで以上に中立的な立場として事業展開していかなくてはなりません。となると、オラクルが筆頭株主であるメリットは、確かに薄らぎ始めています。先に述べた市場環境やユーザー企業の変化とともに、オラクルの戦略が変化したのは事実で、オラクルのミラクルへ求めることも変わりました。
──資本関係を見直す必要もある。
児玉 日本オラクルの出資比率を下げる可能性は十分にありますよ。ミラクルの業容はすでに変化しているので、資本構成についても変えなければなりません。これは周りの方も理解してくれています。あとは、どのようなタイミングで、どうするかだけという段階です。
正直に言うと、私が社長に就任する時にすでにこの話をしていました。今後のミラクルのビジョンやミッションを日本オラクルや米オラクルに説明した時、すでにそこまで踏み込んで提案しています。極端な話、私の考えを理解してもらえていなければ、「ミラクルプラス」も展開できていなかったんです。
オラクルは今インベスター(投資家)としての立場でミラクルと付き合っているということ。ただ、友好的な関係を築いていますし、オラクル製品を熟知していることに何ら変わりはありません。オラクルとミラクルが、よいパートナーシップを結んでいくことについては今後も不変です。
My favorite 日本オラクルに在籍していた頃、米オラクルに出向する際に部下からもらったフクロウの置物。表情がかわいらしくて気にいっており、ゲン担ぎの意味もあって、ずっとオフィスに飾っている
眼光紙背 ~取材を終えて~
Linuxディストリビュータの立ち位置が変わりつつあるのは、ミラクルだけに限ったことではない。最大手のレッドハットは、ミドルウェアを製品ラインアップに加えるため、企業買収を加速させている最中。無償Linuxの浸透は確実に進んでおり、OSだけでビジネス展開できる時代は終わりつつあるのかもしれない。気さくで柔らかい雰囲気を持つ児玉さんだが、「変わらなければならない」と自ら描いたビジョンを語る口調には凄みを感じるシーンがいくつかあった。
それに加えて力強く語っていたのが、日本のソフトエンジニア力の低下。ミラクルは、中国や韓国などアジアのITベンダーとの連携が強いだけに、児玉さんはアジア諸国のIT事情に詳しい。そのなかで、他国に比べて日本人エンジニアのモチベーションの低さや視野の狭さに強い懸念を抱いている。「優秀な日本人エンジニアをもっと世界に」とビジネスに直接結び付かない活動にも積極的に取り組むつもりだ。(鈎)
プロフィール
児玉 崇
(こだま たかし)1968年5月20日、三重県生まれ。89年3月、鈴鹿工業高等専門学校機械工学科卒業。同年4月、富士通入社。93年、日本オラクルに移籍し西日本支社SEグループで勤務。96年、米オラクル出向、OEMメーカー戦略事業ユニット。98年、日本オラクルに戻り中部支社SCグループのシニアマネージャ。01年、社長室事業開発担当ディレクター。03年、ミラクル・リナックスに出向、事業推進室長を務めた後、その翌年6月に転籍。営業部長兼戦略事業推進室長。05年、エンタープライズビジネス本部長兼戦略事業推進室長。07年、カスタマーサービス部長兼戦略事業推進室長。07年12月、中国アジアナックスの董事兼副総裁(現任)を兼務。08年7月1日、代表取締役社長兼最高経営責任者(CEO)に就任。
会社紹介
Linuxの開発・販売会社として2000年に設立。資本金は4億円。筆頭株主は日本オラクルで、そのほかNECやNTTデータ、大塚商会などIHVやISV、SIerが出資する。
サーバー向けLinux市場では、最大手のレッドハットを追う立場で国内シェアは10%弱。日本に技術者を抱えるだけに、対応スピードの速さや顧客の要望に柔軟に応えられるサポートサービスの品質を強みにしている。Linuxの開発では、中国レッドフラグ、韓国ハーンソフトと共同で手がけていることが特徴。
元は日本オラクル製品に適したLinuxを開発するベンダーという立場だったが、米オラクルが独自のLinux戦略を推進したことで、ミラクル・リナックスの業容も変化している。ロードバランサーやバックアップ、運用監視ツールなどIT基盤を安定運用させるための製品・サービスも用意し始めている。