出荷開始わずか4年超で導入企業数が300社以上に達したWebベースのERP「GRANDIT(グランディット)」。同製品の開発・販売元であるインフォベックの新社長として今年6月に就任した小林晃社長は、ERPに付随する競合他社にはない、新たなサービスを立ち上げようとしている。出荷当時は目新しかったWebベースのERPも、いまや他社の追随がある。小林社長は「ネットワークを介したサービス提供をする」という夢を抱く。近く、この具体的な方針を明らかにするというが、企業システムが所有から利用へ変わる時期だけに注目されそうだ。
谷畑良胤(本紙編集長)●取材/文 ミワタダシ●写真
ひとつの方向性が見えた 国際会計基準はチャンス
──2004年5月に「業界初の完全Webプラットフォームを実装したERP(統合基幹業務システム)」と銘打って出した主力製品「GRANDIT(グランディット)」は、主戦場の中堅ERP市場で完全に地位を確立しましたね。
小林 ひとつ先が見えましたね。世に(完全WebプラットフォームのERPを)問うて、それなりの評価をもらえた。「GRANDIT」の立ち上げ当初は、もっとラディカル(急進的)な計画をもっていましたが──。とはいえ、参入が後発にもかかわらず、年率30%を超える伸び率ですし、これは胸を張れる。階段を一段上ることができました。
──どんな「先が見えた」のでしょうか。
小林 ちゃんと受け入れてもらえるということが、まず見えました。ただし、この業界は変化が激しく、このあとどうなるか。とりあえずは入り口でシャットアウトされずに、入場券をもらって中に入ることができた。「GRANDIT」はソフト製品です。品質や機能などの良さを声高に叫ぶだけでは売れない。顧客のニーズもコロコロ変わります。これらニーズに対応した機能が全部付いていれば100点だし、いま付いていなくても将来のビジョンやロードマップを示せれば、顧客はそのメッセージに期待してくれる。その辺りがまだ未熟です。
──そうでしょうか。例えば「内部統制」対応に必要な機能の追加などについては迅速でしたよね。
小林 そういう評価もあるでしょうが、本当はもっと速くてもいい。マイクロソフトではないですが、ビジョンはビジョンとしてまずしっかりあって、それで実際に機能が実装される時期がズレようが、立ち位置がしっかりしていることで受け入れられる。
──確かに「GRANDIT」がリリースされた当時、Web版のERP製品は珍しかった。しかし最近は、他社の製品でWeb版が揃いはじめ、目新しさがなくなりましたね。
小林 ただね、皆さんが(Web版の製品を)やっていますが、なかなかうまく(クライアント/サーバー型のアプリケーションから)移行できていない。見てくれの話でなく、いままでつくってきた後ろ側のプログラムが多くありますので、それと整合性がとれていない気がします。もちろん、そんなことは2、3年もすれば解決してしまうでしょうが…。
──ならば、競合他社の製品と伍するには、どのような対策が必要ですか。
小林 「GRANDIT」は中堅企業の領域に向けたERP製品です。毎月何万件もの会計仕訳データを処理して数字を把握できている中堅企業が、あえてERPを導入するとはどういうことなのか考える必要がある。最近では内部統制や国際会計基準などへの対応をどうするかが騒がれています。国際会計基準が適用されたからといって、何か(ERPの機能面で)大きな変更をするのかというとそうではない。ただ、国際会計基準では売り上げに関する基準が変わる。片やJ─SOX法では、財務報告の信頼性を確保するために取引内容をきちんと処理することが求められている。この両面を担保することが今後のポイントといえます。
──つまり、国際会計基準が日本で適用されると、新たに金融商品取引法(J─SOX法)に準じた国際会計基準下での会計システムが必要になるということですか。
小林 そこは従来と一緒だと思うんですよ。ただ、経常利益の出し方などの基準が変わるので、その基準に見合って「財務情報の信頼性」を担保できるかということが問題になる。
──国際会計基準が上陸すること以上に、まだまだJ─SOX法の運用面で課題が多いと。
小林 昨年7月に「GRANDIT」のバージョン1.5を出した時、「内部統制対応」を世に問うたんですけど、あれはJ─SOX法を運用する前の時期で、これから適用するという段階でした。そこに対して、ワークフロー製品などを提供した。ところが顧客は、J─SOX法の運用に入ってから困っているんです。いままでは、ワークフローなどに目がいっていたが、実際の運用段階に入ると、国際会計基準が適用されることなどにかかわらず、実際に入ってきたデータと実際に起こった取引をどう結ぶかが大変になる。これはひとつの大きなビジネスになると思っているんです。
ERPにサービス付加へ BtoC的な機能を加味
──今、世界的な「金融不安」に直面しています。今年度の業績を見ていると、ERP業界はどこも苦戦しています。
小林 ただね、中小規模企業の場合、自分たちで基幹業務アプリケーションを作るためにIT投資するでしょうか? また、ならばとパッケージを導入するのかというと、そうでもない。当社の「GRANDIT」はパッケージ提供していますが、そろそろ発想を変える必要があると思っているのです。より小規模の企業では、パッケージを買うことすら嫌い、最近のSaaS(Software as a Service)のように利用料だけ払いたいという傾向に向かっています。
ところがSaaSは、裏に回ると品質を誰が担保するのかといった課題がある。格好良くSaaSとか言っていますが、まずは利用料で課金するASP(アプリケーションの期間貸し)から開始し、単純にWeb版というだけでなく、これにさまざまなサービスを加えることが必要でしょう。例えば、ネットワークにぶら下がるPC端末などを、すべて仮想化環境で使えるようにすればシンクライアント環境と一緒じゃないですか。こういう技術的な基盤を生かして「GRANDIT」の使いやすさを追求する。
──SaaSはまだ枯れた仕組みでないため、システム全体の仮想化やWebサービスを模索していくということですか。
小林 もっともっと、利用する顧客側で意識する必要のない仕組みにしたいと考えています。例えば、企業を退職した高齢者はメールをしたり孫の写真を保存したりと、パソコンを使う用途が限られていますよね。こうしたユーザーが、10万円もするパソコンを買わずにネットワーク接続するだけで利用できる環境が成立すれば、もっと利用が広がる。要は、当社でもそういう新しいサービスを企業向けにやっちゃおうということなんです。
──最近言われている「クラウド・コンピューティング」に近いですね。
小林 ERPは個別のモジュールがたくさんあって、企業によっては全部揃える必要がない場合がある。ネットワークにつながっていれば、必要な時にWebベースでかつモジュール単位で利用するようにできないかなと考えています。
当社の親会社(インフォコム)では、BtoC向けのネットビジネスをやっています。このノウハウを生かし、BtoB向けで出張先の宿泊場所を手配したり、知らない土地に行って接待する際の会食場所を予約するなどの業務を代行するんです。「GRANDIT」では、経費伝票を入力する時に出張申請をしたり精算したりしますよね。こういう機能に連動させたらどうかと考えています。「GRANDIT」はBtoB向けなんだけどコンシェルジュ的な、BtoCに近いサービスを自動的に取り込みたい。まだ全社の賛意は得ていませんが。
──ここまで話を聞いていますと、何となく余裕が出てきたように感じますね。
小林 いや、余裕はないけど夢はあると。事業計画はちゃんとあるんだけど、パートナー制度などは世に出尽くしているし、その前に夢を語りたい。パートナーが納得する夢とは何なのか、いま一所懸命描いています。
My favorite 20年以上前に奈良県で「修験道(しゅげんどう)」に取り組む知人から譲ってもらった数珠。昔、少林寺拳法を学んでいた。鍛錬するなかで「気」に興味を抱いた。「自分の存在を考え始めた」ことから、常日頃持ち歩いている
眼光紙背 ~取材を終えて~
がっちりとした体型で威圧感のある風貌。初対面のイメージはこうだが、実際は会話が進むと柔和な笑顔を見せてくれる。インタビュー後半では「夢をもつ」ことをしきりに語っていた。製品や販売に関わる事業計画を作成するのは当たり前の仕事。それ以上に社内外に夢を与えることを気遣う。
一つ一つの質問に丁寧に答える。柔らかい口調であるためか、その場で「うんうん」と納得させる爽快感があった。ところが、いざ原稿に起こしてみると、あまり具体的なことを言っていない。しかし、IT業界人であれば、行間を読みこなすことで、そこに夢を発見できるはずだ。
04年5月に「GRANDIT」をリリースした際の売り文句は、「SAPの置き換え」「世界への展開」「中堅ERP市場でシェア10%」だった。世界展開を除けば、ほぼ順調に計画を実行中。小林社長は「まず中国に出たい」と、残す課題へ意欲を見せる。(吾)
プロフィール
小林 晃
(こばやし あきら)1952年7月、東京生まれ、56歳。75年3月、神戸大学理学部数学科卒業。同年4月、帝人に入社。帝人システムテクノロジー(現インフォコム)の能力開発推進室長、医療事業部長などを経て、2003年6月にインフォコムの取締役に就任。05年4月には、同社CHO兼CRO兼個人情報保護統轄管理者兼環境最高責任者に着任。06年6月に同社上席執行役員、08年4月にソリューション事業統轄本部長を歴任したのち、08年6月からインフォベックの代表取締役社長。
会社紹介
インフォコムの子会社であるインフォベックは2003年10月、マイクロソフトの「.NETフレームワーク」など最新技術基盤を採用したERP(統合基幹業務システム)ベンダー。商社系ITベンダー主体の「次世代ERPコンソーシアム」を発足させ、完全Webプラットフォームを実装したERP「GRANDIT(グランディット)」事業を推進する母体としてスタートした。今年10月にパナソニック電工ISが同コンソーシアムに加盟し、現在13社体制。Web版の「GRANDIT」を開発した背景には、日本の商慣習に適合しない外国製品(特に独SAP製品)を持て余す中堅企業が多く、こうした領域に最適なERP製品を狙った。今年度(09年3月期)はコンソーシアム各社の全体売上高を230億円にすることを目指している。