「見える化」だけで電力使用量を27%削減
──個別の事業では、やはりエネルギー関連の取り組みが端緒になっていますね。 中村 そうですね。エネルギー政策では二つの方針を掲げました。一つは、再生可能エネルギーへのシフト、もう一つは、省電力社会の実現です。再生可能エネルギーは、地域で必要な電力の5倍に相当する100万kWhの電力量を確保できる見込みで、会津若松市は世界有数の再生可能エネルギー都市になりつつあるといえます。
省電力化の取り組みについては、昨年3月以降、市内100世帯にHEMSを設置した実証事業を行いました。電力を「見える化」したわけですが、逆にいうとそれだけしかやっていません。にもかかわらず、なんと最大27%もの削減効果が出ました。震災前の原子力発電への依存率は約30%ですから、少なくとも家庭用の電力に関しては、その分を省電力化できることを証明したわけです。
スマートシティで一番大事なことは、ITであらゆるものを見える化することです。それによって、市民がいろいろなことに気づき、意識が変わる。実際、HEMSを入れた家庭には、見える化によって省電力の競争が発生して、こぞって照明をLEDに変えるなどの動きがみられました。他の地域の実証プロジェクトでは、デマンドレスポンスなどの導入も検討されていますが、対投資効果でいえば、見える化の徹底による市民の意識改革の促進に勝るものはないと思います。ビッグデータのアナリティクスやシステム連携、システム統合なんていう重い話はその後でいいんです。
──その動きをさらに広い地域にもっていって、エネルギーのマネジメントにつなげていくには、ITのインフラをオープンにする必要がありますね。 中村 その通りです。だから私たちは、どのメーカーのHEMSであっても、すべてのデータを地域のデータセンターに集約できるような通信インターフェースの標準化を行いました。次は、地域のすべての病院が保有するデータをそこに集約できるようにしようと考えています。市民に自分たちのデータを還元することで、さまざまな分野で見える化が進むわけです。
世界に通用するオープンな技術を構築するチャンス
──通信インターフェースの標準化にあたって、メーカー側の抵抗はなかったのですか。 中村 福島でのプロジェクトは、復興に役立てるという大義がありますので、メーカーの論理を押し通す状況ではありません。会津大学とは、当社を含めて富士通やNTT東日本、ネットワンシステムズなど6社が復興支援の協定を結んでいるのですが、スマートシティのあるべきITインフラの全体仕様を共有し、開発した機能のインターフェースは必ず公開するという前提で、スマートシティ実現に向けたさまざまなプロジェクトに各社が取り組んでいます。私はこれを契機に、IT産業のクローズな状況を壊したいと考えています。福島から、世界に通用するオープンな技術を発信できるのではないかという手応えを感じています。
──あらゆる分野で見える化を進めるには、ITシステムの標準化も重要ですが、オープンデータ、オープンガバメントの推進も必要になりますね。 中村 もちろんです。会津若松市のすばらしいところは、市役所のなかにあるデータをすべてオープンにすると決めてくれたところです。これは全国の自治体で初めてでしょう。システムの標準化自体は難しくはありません。問題は、公共団体、民間企業を問わず、データをもっている側がなかなかそれを出したがらないということです。
オープンデータの具体的な取り組みとしては、「DATA for CITIZEN」というサイトを立ち上げました。会津若松市の公開データが置いてあるのはもちろん、データを活用したアプリの開発環境もサイト上で提供し、そのままアップできるようなプラットフォームを構築しています。4月以降、このプラットフォームのAPIの標準化に取り組む予定です。これが全国的なオープンデータ活用推進の起爆剤になることを期待しています。
──会津若松市と共同で、国家戦略特区の申請も行っておられますね。 中村 高付加価値産業を集積して、経済・雇用を活性化させるのもスマートシティの機能の一つです。国家戦略特区の申請は、「FUKUSHIMA・データバレー・プロジェクト」の一環です。特区制度による規制緩和を活用して、いわき、郡山、会津、新潟を通って北米、中国、ロシアを結ぶグローバルネットワークと、環境性能の高いデータセンター、コンテンツ事業者などを誘致し、会津をデータ・ICT産業の一大集積地にしようという構想です。首都圏に集中する通信網のリスクヘッジや、海外への流出が続くデータセンター拠点の国内回帰を促す効果があります。会津若松市にとっても、街の魅力を高める重要な施策です。
やがては復興という言葉が消え、被災地も日常に戻るでしょう。その時に、震災前よりも魅力のある街になっていて、日本がこれから持続的に発展していくためのモデルを提示している。私たちは、そういうスマートシティを実現するために、福島に根ざした活動をこれからも続けていきます。

‘スマートシティで一番大事なことは、ITであらゆるものを見える化することです。それによって、市民がいろいろなことに気づき、意識が変わる。’<“KEY PERSON”の愛用品>復興のビジョンを重ねた「金継ぎ」のiPhoneケース アクセンチュアが企画した、会津伝統の漆塗りと「金継ぎ」の技術を使ったiPhoneケース。自身も愛用している。金継ぎは、壊れた陶器を修理するとともに、新たな価値を加える技術だが、これを復興のあるべき姿と重ねた。世界中で広く販売したいという。
眼光紙背 ~取材を終えて~
震災後、半年足らずでアクセンチュア福島イノベーションセンターを設置し、生活拠点も会津若松市に移した。その決断の背景には、福島の復興を支援したいという強い意志はもちろん、「IT業界でおよそ四半世紀働いてきて、その集大成として本当にやりたかったこと、やるべきだと思っていたことができると考えた」からだ。人口や産業の首都圏一極集中が進む一方で、東京都の出生率(平成24年)は全国最低の1.09。中村氏には、「これ以上若者を東京に送り込んでも人口は増えないし、日本の国力は衰退するだけ。地方のあり方を考えなければ、この国はもたない」という大きな危機感があった。この課題を、ITを活用したスマートシティの実現によって解決しようというわけだ。
そのために最も重要なのは、「テクノロジーではなく市民の理解だ」と何度も口にしていたのが印象的だった。中村氏は、会津若松市長らとともに、タウンミーティングを重ねている。そうした活動があってこその言葉には、重みがある。(霞)
プロフィール
中村 彰二朗
中村 彰二朗(なかむら しょうじろう)
1963年生まれ、宮城県出身。1986年からUNIX上でのアプリケーション開発に従事し、国産ERPパッケージベンダー、EC業務パッケージベンダーの経営に関わる。2002年6月、サン・マイクロシステムズに入社し、e-Japanプロジェクトを担当。政府自治体システムのオープン化などの啓発活動に携わる。2011年1月にアクセンチュアに移籍。同年8月に会津若松市に新設された福島イノベーションセンターのセンター長に就任。同地を拠点として地域主導型スマートシティ事業開発などの復興プロジェクトに取り組んでいる。
会社紹介
経営コンサルティング、ITサービス、アウトソーシング・サービスを提供するグローバル大手のコンサルティングファーム。グローバルの社員は約28万人。56か国に拠点を構える。2013年8月末までの2013年会計年度の売上高は、286億ドル。