情報通信技術(ICT)を活用して、都市という広い枠でインフラの改善を図る「スマートシティ」。これまで日本は普及が遅れているといわれてきたが、電力供給不足を契機として本格普及が進もうとしている。ICTベンダーは、自治体や住宅メーカーに通信ソリューションを提供するなど、スマートシティのビジネス化を模索しているところだ。スマートシティの普及によって、ICT商流はどう変わるか。5年後のICT市場を展望する。(取材・文/ゼンフ ミシャ)
「スマートシティ」とはどんなものなのか
スマートシティのICT市場
グローバルで70兆円へ スマートシティとはいったいどんなものなのか──。NEC新事業推進本部スマートシティ事業推進部の正力裕子部長は、「1年ほど前には、『スマートシティ』といっても、ほとんど通じなかった。むしろ『スマートグリッド』(次世代電力網)に近いイメージが強かっただろう」と振り返る。ICTを駆使して、あらゆる情報をリアルタイムに収集・分析・活用することによって、スムーズな交通を実現したりエネルギー使用の効率化を図ったりする「スマートシティ」。これまで曖昧な概念でしかなかったのが、ここ1年で全貌が明らかになってきて、ICT市場の有望株として注目を集めるようになった。ICTベンダーは、シャープやパナソニックなど家電・電機メーカーに遅れをとりながらも、スマートシティ事業の体系化・組織化に動き始めた。
物理インフラとICTを一体化 そもそもスマートシティとは、建物や道路など物理インフラと無線通信などICTインフラを融合することによって、交通、物流、電力供給、水供給といった分野での効率化/コスト削減を目指すのがコンセプトである。2008年の秋、米IBMが「Smarter Cities」を切り口とする事業の再編を発表したことを契機として、IT/ICT業界でスマートシティの認知度が高まってきた。スマートシティは、交通量などを測る各種センサを使い、機器同士が人間を介さずに情報を交換し合う「M2M(Machine to Machine)」の技術を基盤としている。
この特集には、スマートシティやスマートグリッドなど、「スマート」を冠した言葉がたくさん登場するので、それらの相互関係を整理しておこう。まず、M2M技術に基づいて、およそ10~15年前に、次世代電力網の(1)「スマートグリッド」が生まれ、欧米を中心として、少しずつ普及してきた。
次に、M2M/スマートグリッドをベースとしたかたちで、家庭や事業所で電力使用の可視化や効率化を実現する(2)「スマートハウス」「スマートビル」がある。ここ数年、日本でも増えてきている。
さらに、(1)と(2)をより広い範囲で実現するのが、(3)スマートシティだ。スマートシティは、収集・分析・活用の対象となる情報の量が多ければ多いほど効果的だとして、都市全体の広範囲にわたって、情報を水平統合型でつないで活用することを追求している。また、複数のスマートシティを連携させて、スマートシティ同士で情報交換を行うコンセプトを(4)「スマートコミュニティ」と呼ぶ(図1参照)。
スマートシティは、とくに経済成長が著しいアジア新興国をはじめとした海外で普及が盛んになっている。中国やインドなどでは、都市交通や電力供給を改善することが経済成長に直接つながるので、政府が積極的にスマートシティのインフラ構築に投資を行っている。さらに、新興国は農村部の都市化という大きな課題を抱えており、それを解決するために、何もない“グリーン・フィールド”でスマートなインフラを整備した都市開発に取り組んでいる。
海外では、例えば、中国とシンガポールの政府が提携し、中国北方の天津市で環境配慮都市づくりを目指した「天津エコシティ」を共同で進めている。2008年9月に建設を開始し、使用電力の20%以上を太陽光発電・地熱発電などの再生エネルギーで補うことを目標としている大型プロジェクトだ。
10秒でわかる「M2M」 「Machine to Machine(=機器から機器へ)」を略した言葉。マシン同士がネットワークを介して情報を交換し合う通信形態を指す。M2Mは、センサを用いて自動販売機やビルの空調管理システム、監視カメラといった機器がリアルタイムに情報交換を行うかたちで、スマートシティの技術基盤を成している。このところ、M2Mに関連する市場の開拓を狙って、富士通やNECなど大手ICTベンダーがM2Mプラットフォームやサービスの事業化に注力している。 |
経産省は実証実験を推進 一方、都市化がすでにほぼ終わっている日本では、新興国のようにスマートシティをゼロからつくることはできず、東京や大阪など既存都市をスマートシティ化させる必要が出てくる。既存都市のスマートシティ化は、時間がかかるだけでなく、大規模なコストが発生するので、スマートシティはこれまで日本で本格的に普及してこなかった。
とはいえ、スマートシティの事例がまったくないわけではない。経済産業省が指揮を執って、建設会社やIT/ICTベンダーが参加するかたちで、スマートシティの実証実験プロジェクトが今、神奈川県横浜市、愛知県豊田市、京都府・大阪府・奈良県にまたがるけいはんな学研都市、福岡県北九州市の四つの地域で推し進められている。
横浜市の「横浜スマートシティプロジェクト」には、IT/ICTベンダーや電機メーカーのほかに、東京ガスや東京電力が参加している。このプロジェクトでは、情報を収集し、電力やガスの供給を一元管理する「スマートシティマネジメントセンター」がカギを握る。センターを中核として、タワー型マンションや超高層業務ビルがひしめく「みなとみらい21エリア」、工場や住宅が多い「横浜グリーンバレーエリア」、集合住宅・低層住宅地の「港北ニュータウンエリア」の三つのエリアを連携させている。各エリアでは、住宅やビルの屋根などに設置した太陽光パネルを使い、再生可能エネルギーを活用して、住宅や工場に電力を供給する。さらに、数人がシェアする電気自動車(EV)や電気バスを走らせるなど、情報の収集や分析を踏まえて、全面的に環境に配慮した街を実現する。「横浜スマートシティプロジェクト」は、そうした未来像を描いている。このプロジェクトは昨年開始されたばかりだが、企業間の連携を強化し、2013年をめどにサービスの広域普及を目指す。今後、スマートシティ化を本格的に推進していく方針だ(図2参照)。
横浜市など、各プロジェクトで取り組みが加速されているとはいえ、日本のスマートシティは現時点で、実証実験のレベルを超えていない。したがって、ICTベンダーをはじめ、プロジェクトに参加する企業のビジネスには今のところはまだ大きく貢献していないのが実情だ。しかし、これから状況が変わる兆しはみえてきている。ICTベンダーは昨年後半から、プロジェクト以外のスマートシティ事業に取り組み、商材開発に力を入れている。
それに加えて、今年3月に発生した東日本大震災と原発事故の影響によって、エネルギー使用の根本的な見直しを余儀なくされてきた。まさに、ICTを活用したスマートシティが本格的に普及すべき時代がやってきたのだ。
ベンダーの取り組みや市場環境の変化を背景として、本紙編集部は、「5年後にスマートシティが日本で本格的に普及する」という仮説を立てている。その実証に向け、次ページからは、ICTベンダーの取り組みを追い、ICT市場の未来像を探っていく。
10秒でわかる「スマートグリッド」 ネットワークを介して電力の流れを制御する機器同士をつなぐ“賢い電力網”。従来と異なり、電力の流れを需給に応じて自動的に分散することができる。そのため、電力を必要とする所と必要としない所を区分して、ムダに電力を送らないことが可能になる。スマートシティの基本コンセプトは、スマートグリッドをもとにして進められてきたものだ。しかし、現在のスマートシティは、電力にとどまらず、交通や物流の改善、水供給の効率化など、あらゆる領域に広がってきている。 |
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