メガクラウドとは異なる強みを発揮
──14年はパブリッククラウド市場の伸びが顕著だったという印象です。IT業界紙の記者としては「AWS(Amazon Web Services)」を筆頭とするメガクラウドと真っ向から勝負してほしいと思いますが……。 山本 これまでのクラウドサービスの市場は、IaaSの世界での勝負でした。パブリックでもプライベートでも、富士通はある程度世界と戦ってきたと思っています。しかしいまは、勝負の舞台がPaaSの世界に移ってきています。ここは若干出遅れてしまいましたので、PaaSを含めた次世代のクラウドサービスをきちんと提供していかないと、メガクラウドとは対抗できないと考えていて、準備を進めているところです。
──勝算は? 山本 富士通の強みと彼らの強みは違います。まず、PaaSについていえば、いままでお客様と一緒につくり込んできたSIのノウハウを注ぎ込んだサービスを提供します。大手パブリッククラウドベンダーが提供しているような、通り一遍のものとは違うプラットフォームです。
ただし、富士通はPaaSの領域だけで独立した戦いをするわけではありません。お客様それぞれのアプリケーションをクラウドプラットフォーム上で一緒につくって、クラウド環境のなかでトータルなICTサービスを提供するというのがわれわれのビジネスモデルです。だから、AWSや「Microsoft Azure」もサービスラインアップに取り入れています。もちろん、提案の優先順位が一番高いのは自社で用意したインフラやプラットフォームですけど、クラウド環境だけを提供して、お客様に勝手に使ってくださいということではない。富士通はあくまでもサービスプロバイダなんですよ。そこに、差異化できるポイントがあると思っています。
──サービスプロバイダとしての強みは、グローバルでも発揮できますか。 山本 残念ながらそこは、当社の弱点の一つといえるでしょう。富士通は、ようやくインフラをグローバルで共通にサポートしてほしいという要求に応えられるようになった段階です。現時点ではインフラのマネージドサービス系の案件が中心で、海外ではお客様のアプリケーションレベルまで入り込めていないんです。例外は英国くらいです。英国では政府にもしっかり食い込んで、アプリケーションをつくる“練習”は十分にやっていますので、このノウハウをドイツや北欧などにもどんどん展開したいと考えています。
ソーシャルイノベーションを1兆~2兆円に
──2015年、力点を置くのはどの分野ですか。 山本 中計の三本柱の一つである、ソーシャルイノベーションです。いままでリーチできていなかったところを含めて、ICTを利活用する領域を徹底的に広げていきます。5年先、10年先の当社のビジネスを一気に拡大することにつながると考えていますし、日本全体の課題をどう乗り越えるかという取り組みにも直結します。地方創生といわれていますが、カネをばらまくだけではダメで、雇用、産業を興さないといけないわけです。そのときに、一番強い武器になるのがICTなんです。農業、医療、観光など、ICTが課題解決に貢献できる分野はたくさんあります。
──例えば2020年をめどとして、ソーシャルイノベーションをどれくらいのビジネスボリュームにしたいと考えておられますか。 山本 富士通の全社売上高の3割にはしたいですね。その頃の全社売上高は5兆円と10兆円の間くらいでしょうから、1兆~2兆円規模のビジネスにしなければならないということですね。例えば、現在力を入れている農業向けクラウドサービスの「Akisai」は、200億円強の売り上げに到達していますが、目標はもう1ケタ上です。
──IBMのx86サーバー売却に代表されるように、コモディティ化した事業から撤退する総合ICTベンダーの動きが顕著になっています。一方で、富士通は幅広い製品ポートフォリオを堅持しています。このスタンスは変わらないのですか。 山本 私にいわせれば、ポートフォリオを狭めていった会社ほど苦しんでいますよ。例えば、ICTサービスの一番の基本はヒューマンインターフェース、つまりPCやスマートフォンなどのデバイスですから、儲かる事業だけに専念しようとしているIBMも、結局はアップルと提携しました。彼らは一番いい相手と組んだと言っていますが、それは要するに、一番多く取り分を要求してくるパートナーということですよ(笑)。儲かる事業には誰もが注目しますから、競争も激化します。そのなかで差異化を図るために、かつて自分たちが捨てた事業領域で、ほかの強いプレーヤーと組むしかなくなってしまっている。
富士通も、自社製品だけにこだわっているわけではありません。しかし、ICTサービスを提供するために必要なすべてのテクノロジーを自社でもっているからこそ、自分たちの主導で最強のアライアンスを組める。本当にお客様の役に立つサービスを提供するために不可欠だと考えるからこそ、ポートフォリオを広げているんです。この哲学こそが、富士通の存在意義だと思っています。
<“KEY PERSON”の愛用品>スマートフォンをフル活用 富士通製のスマートフォン「ARROWS NX」を手放さない。社内のイントラネットに接続し、メール処理、スケジュール管理、電子承認などにも活用している。
大容量バッテリと質感の高さもお気に入りのポイントだ。
眼光紙背 ~取材を終えて~
山本社長に2015年のキーワードをたずねると、「“成長”かな。いや、“発展”という言葉のほうがいいかもしれない。新中計に沿ってしっかり業績を伸ばしていかなければならないということ」と答えてくれた。2000年度に上げた過去最高の営業利益、2440億円超えを目指す勝負の3年間の折り返し地点となる2015年。単純にビジネスの規模を拡大するというだけでなく、ソーシャルイノベーションを軸に、ITの新たな市場を切り開いていくという決意を感じさせた。
日本酒の人気銘柄「獺祭」の蔵元、旭酒造との協業もソーシャルイノベーションの一例として紹介してくれた。栽培が難しい酒米「山田錦」の生産性向上にAkisaiを活用しようというものだが、「どの地方にも酒蔵は必ずある。山田錦がICTによって安定供給されるようになれば、ワインのように日本酒の市場も世界に開ける可能性があるし、地方の活性化につながる」と目を輝かせる。自身が「獺祭ファン」であることを差し引いても、期待は大きいようだ。(霞)
プロフィール
山本 正已
山本 正已(やまもと まさみ)
1954年1月11日生まれ。76年4月、富士通に入社。99年にパーソナルビジネス本部モバイルPC事業部長、2002年にパーソナルビジネス本部長代理に就任した後、05年6月、経営執行役に就いた。07年に経営執行役常務、10年に執行役員副社長を経て、同年4月、執行役員社長に就任。同年6月から代表取締役社長を務める。
会社紹介
ハード、ソフト、サービスともに国内トップレベルの総合ICTベンダー。2013年度(2014年3月期)の業績は売上高4兆7624億円、営業利益は1425億円で、6期ぶりの増収を達成した。14年度は新中期経営計画がスタート。企業の攻めのICT投資に応える「ビジネスイノベーション」、農業、医療、教育など、これまでICTの利活用がそれほど進んでいなかった領域にICTで新しい価値を創出しようとする「ソーシャルイノベーション」、そして「グローバル」を三本柱としている。14年度上半期(4月~9月)も、売上高2兆1928億円(前年同期比1.9%増)、営業利益322億円(同6.2%増)で増収増益。通期では、売上高4兆8000億円、営業利益1850億円を見込む。