「ビジネスの変革」を支援
――アプリケーションをどこでも動かせるようにする、というビジョンは、モダンなアプリケーションを開発しているエンジニアの目には非常に魅力的に映ると思いますが、デジタルトランスフォーメーション(DX)が叫ばれる今、そのメリットを企業の経営層にはどのように伝えていきますか。
DXの流れは、企業にとって、よりイノベーティブでなければならない、つまり新しいITを使いこなす能力が必ず求められる時代になったということを意味します。ここで、アマゾン、マイクロソフト、グーグルのサービスを使うのか、それともOpenShiftを使うのかという問題が発生します。ハイブリッドクラウドの実現はこの問題を解決し、企業は少なくともITに関して、よりイノベーティブになれると思います。私が今お伝えしたいことは、テクノロジーの革新というよりも、ビジネスの変革です。IBMは深いレベルで各業界に詳しい専門家が大勢います。そこでオープンソースの技術を活用してもらえば、さまざまな業界の企業を変革する後押しができると考えています。レッドハットは技術開発に注力してきた会社なので、このようなビジネス変革の支援を私たち自身でやっていくには限界がありました。ここにIBMの役割があります。
――日本でも先進的な企業はDXに取り組んでいますが、大手の企業であっても、欧米に比べ先進的なITの活用で遅れをとっていることがまだまだ多いといわれます。レッドハットの技術は日本企業の革新をどのように支援することができるのでしょうか。
いままでほとんどのITオペレーションを外部のベンダーにアウトソーシングし、アプリケーション開発も外でやっていた企業が、社内でその能力を取り戻そうという流れがあります。これは、実際には日本だけでなく世界的に起きている現象で、多くの企業でアプリケーション開発を内製化する動きが見られます。これに取り組みたいと考える企業の方は、ぜひ私たちのコンサルティングサービス「Open Innovation Labs」を活用していただきたいと思います。また、私たちのほとんどの仕事は単独ではなく、広いエコシステムの中で誰かと協業しながら取り組んでいます。さまざまな企業向けにシステムを開発しているパートナーと協業することによって、最終的にはその先にいるお客様のイノベーションを加速することにつながります。
――レッドハットの業績は大変好調ということですが、それでも今回IBMの資金を始めとする経営資源を受け入れる決定をされました。イノベーションへの取り組みに関して、満足していなかったということでしょうか。
営業の規模や、投資可能な金額に制約があり、思うだけの十分な仕事ができていないと感じることがあったのは事実です。現時点では上場企業ですので、好きなだけ投資にお金をかけるというわけにもいきませんでした。今後はIBMの、非常に大きな営業部隊がわれわれの製品を売ることになります。売上高はすぐに拡大すると考えています。収益が拡大すれば、それだけより多くの投資を、私たち独自のポートフォリオに対して行えることになります。オープンソースが、まだまだこれからより多くの企業を助けられるという可能性を信じています。
Favorite Goods
「メモ用にいつも持ち歩いていますよ」と内ポケットから取り出したのは、なんとIBMパンチカードである。大きさがちょうどよくワックス加工されているため1枚ずつ取りやすい。デッドストックをネットオークションで購入しているという。なお「これを使うようになったのは、この話(買収)が出るずっと前からです」とのこと。
眼光紙背 ~取材を終えて~
レッドハットは他社より賢いわけではない
前々から予定されていたホワイトハーストCEOとの面会まで、あと10日となった10月29日の早朝。寝床でスマートフォンの画面を見て驚愕した。「IBM、レッドハット買収」。当初考えていた質問の多くは吹き飛び、当然インタビュー内容はIBMとの今後に関してが中心となった。今回ほどの大きな買収劇では、対象企業に何かを問い合わせても「具体的なことは手続き完了まで話せない」の一点張りで、報道発表資料をそのまま読み上げたようなコメントしか得られないことは多い。しかし、この日のホワイトハーストCEOは、自分のリアルな言葉で来年以降の明るい未来のビジョンを語ってくれた。
66四半期連続で売上増を継続しているが、ホワイトハーストCEOは「レッドハットが他より賢いことを意味するものではない」と強調する。これは、謙虚な姿勢が好まれる日本市場向けにしつらえたコメントではない。「誰かが優れているのではなく、広く知識を共有する文化のもとで会社を運営してきたから、市場の変化を予測できた」という。そう語る表情からは、コミュニティを起点としたオープンな文化を守る番人として、今後もレッドハットを率いていく決心が感じられた。
プロフィール
ジェームス・ホワイトハースト
(James Whitehurst)
1967年生まれ。ライス大学(米テキサス州ヒューストン)でコンピューターサイエンスと経済学を専攻後、1989年よりボストン・コンサルティング・グループで勤務。2002年に米デルタ航空へ入社し、最高業務責任者(COO)を務めたのち、08年1月にレッドハット社長兼CEOに就任した。
会社紹介
1993年、米ノースカロライナ州で創業。Linuxをはじめとするオープンソースプロジェクトへの投資で技術を開発し、その成果を、商用サポートが必要な企業向けにエンタープライズ版として提供するビジネスモデルを確立した。2018年2月期の売上高は29億ドルで、そのうち「Red Hat Enterprise Linux」を中心としたインフラ関連製品が20億ドル、アプリケーション開発関連および新興テクノロジー製品が6億2400万ドルを占める。グローバルの従業員数は12000人以上。日本法人は99年設立。