エッジかPCか呼び方は何でもいい
――働き方改革の流れでビジネスPCの市場は活況ですが、この勢いが止まった後の戦略についてはどのようにお考えですか。
消費増税、Windows 7のサポート終了、東京五輪といったイベントが続く、20年前後が当社にとってもターニングポイントになると考えています。世界最軽量のような、世界一を狙う取り組みは当然継続します。一方で、コンピューティングという市場全体をみると、クラウドで処理していた仕事が、エッジ部分に戻ってくる現象が起きている。クラウドがだめということではなく、エッジに高いパフォーマンスがあることで実現できる新しいアプリケーションが見えてきたということです。「PCというカテゴリー以外のコンピューティング」をどれだけ捕まえていくか。これが大きな戦略の一つになります。
――今年5月には、オンプレミスでカメラ映像解析などのAI処理を行う「Infini-Brain」を開発中と発表されました。このようなエッジコンピューティング製品は、PC事業に並ぶほどの次の屋台骨になるのでしょうか。
そうなると思っています。そうならないと、お客様のさらにやりたいことを実現できないし、お客様のニーズを追っていけば、自然と大きくなる市場だと考えています。ただ、映像解析はInfini-Brainができることの一つで、お客様のやりたいことを実現してくれる、困っていることを解決してくれるコンピューティングを提供するのがわれわれの目指すところです。どこまでがPCでどこまでがIoTかとか、「サーバー」と「エッジコンピューティング」の違いとか、そういう境界は今後なくなっていくと思います。確実に言えるのは、エッジ部分のどこかにコンピューティングのパワーがないと、やりたいことができない時代になっていくということです。
――ハードウェアメーカーとして歴史を歩んできたわけですが、AIの市場に取り組んでいくとなると、ソフトウェアへの投資も必要となってきますね。
世の中で必要とされる機能の多くは、オープンソースを活用すれば取り込んでいけるエコシステムができつつあるので、大量の技術者を囲い込んで、自社で独自の技術を開発・保有しないといけない時代ではないと考えています。当社が何を開発し売っていくかというプロダクトアウトの発想ではなく、今後どういう技術が必要になるかは、お客様が何を望んでいるかによって決まるものだと思います。
――現在のFCCLの製品は全てインテルのCPUとWindowsを搭載していますが、コンピューティング市場全体をみると、ARMのアーキテクチャーやグーグルのOSにも無視できない勢いがあります。
お客様が望めば、われわれもそれらの技術に取り組みます。その能力をもつ技術陣は揃っていると自負しています。ただ、繰り返しになりますが、私たちはエッジだろうがPCだろうが、呼び方やテクノロジーは何でもいいと思っていて、プロダクトアウトではなくお客様が望むものを提供するのが基本です。それだけでもビジネスは大きく拡大できると考えています。
――社名が「富士通パーソナルコンピューター」ではなく「富士通クライアントコンピューティング」なのも、そのようなお考えの反映でしょうか。
私はこの事業を100年続けるつもりですから。100年経ったらPCはなくなってしまうかもしれませんが、ものの形は変わっても「コンピューティング」がなくなることはない。ただ、スマートフォンやタブレットにもPCから派生した技術がたくさん使われているように、PC自体にも、まだまだ新たな市場を生み出す力があると考えています。
Favorite Goods
「人の心を動かすパソコン」であると熱弁するLIFEBOOK UHシリーズを、自ら毎日愛用している。ただ、かな刻印なしのキーボードとホワイトの外装を組み合わせたモデルは、市場には存在しないという。社長特権でしつらえた、世界に1台しかない構成である。
眼光紙背 ~取材を終えて~
働き方改革の印象はPCの良しあしで決まる
お堅いメーカーの社長が「人の心を動かすパソコン」といったフレーズを口にするとき、ほとんどの場合は資料の棒読みになるか、微妙な照れ笑いを浮かべるかのどちらかだ。しかし、齋藤社長が自社の製品を語るとき、その表情は真剣そのものである。1990年代、富士通はPC事業の軸足を、独自規格の「FMR」「FM TOWNS」シリーズからオープンアーキテクチャーの「FMV」へと移した。齋藤社長は、その頃からPCひと筋。好き嫌いで仕事をしているはずはないが、わが子を自慢するかのように製品の優位性を紹介する齋藤社長が、PC好きであることに疑いはない。
企業のITが進化しても、人と技術の接点となるのは、クライアント端末たるPCであることに変わりはない。「『最新ITの導入で働き方改革を』といっても、ユーザーが触れるのはPC。このPCの良しあしで、働き方改革の印象が決まってしまう」(齋藤社長)。いかに感性に訴えかけられる製品を提供できるかが、ユーザーの生産性を左右するとの信念をもつ。人と直接交わる部分であるからこそ、ITの中でもPCが面白いという。
プロフィール
齋藤邦彰
(さいとう くにあき)
1981年、早稲田大学理工学部卒業後、富士通入社。92年より「FMV」シリーズの開発に携わる。2009年にパーソナルビジネス本部長、10年に執行役員、12年にユビキタスビジネス戦略本部長(兼務)、14年に執行役員常務に就任。16年2月の富士通クライアントコンピューティング設立で同社代表取締役社長に就任。
会社紹介
2016年2月、富士通のPCおよびWindowsタブレット事業を分社化し設立。製造子会社の島根富士通を持ち、PCの開発・製造から保守サポートまでを自社の国内拠点で提供できる体制を確立した。18年5月、株式の51%が富士通からレノボへ譲渡され、現在はレノボ傘下で富士通ブランドのPCを手掛ける。法人向け製品に関しては、富士通と富士通パートナーが継続して販売窓口となっている。