信頼性を重視する
ニーズに応える
――経済産業省のDXレポートにもありましたが、日本の情報サービス業は既存のシステムにこだわりすぎて、新しい技術を習得する機会が少ないとの指摘もあります。
あのレポートで言わんとしていることは分かります。正しい部分もありますが、一つ言わせてもらうとしたら、日本のユーザーは情報システムの信頼性をとても重視する傾向にあります。それは日本の最終消費者が信頼性の高い商品やサービスを好む特性からきていると思います。ですので、すでに実績のある既存のシステムの評価が自ずと高くなる。ただ、そのままでは時代の変化に適応できませんから、既存システムの近代化改修を続けて信頼性と革新性を両立しようとする。SIerはそうした顧客のニーズに応えて、近代化改修に必要な技術を身につけようと努力してきました。
――いわゆるレガシーシステムに費用がかかりすぎる、レガシーが技術的負債になっていると言われています。
既存システムの保守業務は、システムの信頼性を保つ重要な仕事であると同時に、既存システムがどのように運用されているのかを知る機会になっています。既存システムを知ってこそ、AIやIoTといった新しい技術を取り入れたモダナイゼーションが可能になる。SIerの側から「このように改修しましょう」と提案できるのも、ユーザー企業の既存システムを熟知しているからです。新しい技術を知ることは必須事項ですが、それだけでユーザーのニーズをつかむような提案を行うのは難しい。
――最先端のコンピューターサイエンスを学んだITアスリートに、レガシーを理解しろと言っても難しいものがありませんか。それこそ、はやりのIT企業に高額報酬を提示されて引き抜かれそうです。
トップガン人材、ITアスリートであればあるほど他社、あるいは違う業界からヘッドハントされる可能性は高まります。それを完全に防ぐことはできません。それでも情報システムや業務の信頼性を重視する日本のユーザーや社会のニーズに応えるSIの仕事をおもしろいと感じてくれる人材は必ずいます。われわれSIerが日本らしいSIに魅力を感じてもらるような働きかけをしなければなりませんし、そうした意味での働き方改革にも、もっと力を入れていくべきです。JISAとしてもそうした改革を全力で支援していきます。
――JISAの果たすべき役割とは、ずばりなんでしょう。
業界団体としてできること、できないことはありますが、少なくともSIerの経営者やSE、営業など皆さんに交流の場を提供することはできます。一人でも多くのトップガン人材、ITアスリートに交流の場に出てきてもらって、みんなに刺激を与えてもらう。SIerの経営者の方々にも、日本の産業を支えている自信をもっと強くもってもらい、夢を語ってもらいたい。JISAは、そうした思いを共有して、情報サービス業をもっと魅力的な業界に変えていく場であり続けます。
Favorite Goods
ここ15年余り愛用しているフランスのエス・テー・デュポンのライター。装飾品には割と凝るタイプ。仕事でデジタルと向き合うことが多いだけに、伝統やファッションといったアナログ成分で「バランスをとっている」とのこと。
眼光紙背 ~取材を終えて~
立派な人の近くにいることが、学ぶということ
営業マン時代は、「いつも飛び込み。顧客はほぼ新規に開拓した」と話す。1978年に独立系SIerのリンクレアに入社。一人の営業マンとしては最大級の年間10億円の売り上げを超えたあたりで取締役に抜擢された。39歳のときだった。
飛び込み営業でそこまで大きな受注がとれるものなのか――と聞いてみたところ、「街を歩いていると、なんとなく(顧客が入居している)ビルが俺を呼んでいる気がする」とのこと。本当ならば、もはや超能力レベルだが、実際のところは、SE一人の客先常駐の小さな仕事から始めて、顧客の業務課題を丁寧に分析。「信頼関係を築きながら少しずつ大きなシステムの請け負いへと持っていく」ことで、商談規模を膨らませていったということらしい。
この第六感とも言える鋭い直感は、顧客や同業者、異業種の人たちとの交流の中で培った。「外に出て、一人でも多くの人と会う。馬鹿話で盛り上がるのもいい。立派な人の近くにいるだけで刺激を受けて、多くのことに気づき、学ぶ機会が得られる」。JISA会長となった今、そうした人と人が出会い、「刺激を得られる場を提供していきたい」と話す。
プロフィール
原 孝
(はら たかし)
1953年、東京都生まれ。75年、成蹊大学経済学部卒業。78年、リンクレア(旧ビーコンシステム)入社。92年、取締役。2000年、常務取締役。03年、専務取締役。04年、代表取締役社長。13年、代表取締役会長。18年、特別顧問(現任)。19年6月11日、情報サービス産業協会(JISA)会長に就任。
会社紹介
情報サービス産業協会(JISA)は、日本の情報サービス業を代表する業界団体。SIerを中心とする会員企業数は約600社。国内情報サービス業の売り上げは約24兆円(経済産業省の特定サービス産業実態調査)。JISAが設立された1980年代に比べて、市場規模は5倍余りと大きく成長している。従業員数も3倍近い108万人規模に増えている。