CPUとGPUで巨大なDC市場を攻略
――1個のCPUに最大64のコアを搭載できるという特徴は、どのような利点をもたらしますか。
まず分かりやすいメリットをお届けできるのがデータセンター(DC)です。サーバーのCPUコア数が多ければ多いほど、同じ大きさのラックの中に収容できるユーザー数も多くなるので、新たなDCを建てなくても、限られたスペースの中でより高密度なDCを構築できるようになります。
次に私たちが強いのは、HPCの世界です。3月に米ヒューレット・パッカード エンタープライズ(HPE)と共同で、米国エネルギー省の研究所向けのスーパーコンピューター「El Capitan」を開発することを発表しました。今まではありえなかった世界最速の2エクサFLOPS以上を実現します。電力面でも、当社の64コア製品は競合の28コア製品とそれほどの差はなく、ユーザーから見ればこれを使わない手はありません。さらにAMDは、GPUも同時に提供することができるという強みがあります。
――一般企業向けにはどのように展開を図っていきますか。
一般企業ではパブリッククラウドの活用が増えていますが、当社もクラウド事業者との連携を深めており、主要なクラウドでEPYCベースのインスタンスが利用可能になってきました。企業ユーザーの方々は、ピーク時の負荷分散やディザスタリカバリーに備えて、オンプレミスのEPYC搭載サーバーとクラウドを、安心して併用いただけます。
――少し細かい点ですが、現在多くのシステムは仮想化基盤上に構築されています。それでもオンプレミスとクラウドの間で、CPUをAMDで統一する必要があるのでしょうか。
はい、AMDとインテルのCPUは、命令セットに互換性がありますが、仮想マシンを動作させたまま別の物理サーバーへ移す「ライブマイグレーション」は、現状AMD-インテル間では非対応です。サービス事業者やSIerのように、他のユーザーにITインフラを提供するビジネスでは、短時間であってもサービスの停止は好まれないため、ここが当社製品普及での大きな課題となっています。
ただ、AIのような新しいワークロードでは過去のしがらみがなく、純粋に高性能なもの、コスト効果の高いものが選ばれます。調査会社のデータを見ると、国内におけるサーバーの台数は横ばいか微減傾向にありますが、当社のビジネスはサーバー用CPUの市場規模と比べてまだまだ小さいですし、今後はAIや機械学習で、GPU市場もCPUに迫る規模に拡大していきますので、私たちが活躍できる場面はかなり大きいと考えています。
――日本国内ではAMD製品の採用拡大に向け、どのような活動をしていますか。
日本のサーバー市場は国内大手メーカーのシェアが半分近くあり、世界的に見ても特異なマーケットです。グローバルベンダー各社には第1世代のZenからEPYCを活用いただきましたが、国内メーカーにも採用されない限り、日本市場の半分にはアクセスできないことになります。そんな中、昨年11月ついに富士通が、Zen 2搭載のサーバーを立ち上げてくださいました。AMDがちゃんとサーバー用CPUのビジネスを続けていくのかというご心配が、ようやく解消されたのだと思います。
AMDの一番の課題は、ユーザーはもとより販売チャネルの皆さんの間でも、いまだに認知度が高くないことです。EPYCと言っても通じない方々はまだまだいらっしゃる。ISVと連携してベンチマーク結果を蓄積しており、エンタープライズのお客様が使うアプリケーションにおける優位性をデータで示せるようにしていきます。販売店の方々には、EPYC搭載製品を提案することで、今のサーバーよりコストが下げられる、コンペをひっくり返せるということをご説明していきます。
――CPUという商品カテゴリーが、久々に「面白い市場」になってきたと感じます。
ある製品の代替となる選択肢が市場になければ、価格は高止まりしてしまいます。しかし、競合となる製品が土俵に上がれば、競争が生まれます。お客様にとってみれば、もし結果的にAMDを採用しなかったとしても、比べるものがあるというだけでコストメリットにつながります。もちろん、私たち自身はこのビジネスで市場シェアの拡大に取り組んでいきますが、選択肢をご提供するという点でも、AMDがサーバー用CPU市場に帰ってきた意味は非常に大きいと考えています。
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Goods
「これがないと仕事が成り立たない」と取り出したのが、ジャブラ(Jabra)のマイクスピーカー。日中夜、米国本社や世界のチームと電話会議をする中、ヘッドセットをつけっぱなしにする苦痛を解消してくれる。オフィス、自宅はもとより、出張中も手放せないアイテムだ。
眼光紙背 ~取材を終えて~
日本でやれることはまだまだ多い
新卒で半導体業界に入り、複数の転職を経験、外資系ベンダーのカントリーマネージャーの職歴も豊富な林田裕代表。27年間一貫して半導体の販売に携わってきた。日本法人の代表として心掛けていることは「いかに情報をタイムリーに関係者に共有できるか」だと語る。米国本社に対して迅速かつ適切な形で情報を上げ、支援をいかに取り付けるかが、ローカルオフィスのマネージャーとしては重要な職務となる。一方で、国内の顧客やパートナーとは対面でのコミュニケーションを重視してきた。電話やメールでは聞き出しにくくても、フェイス・トゥー・フェイスだとポロッと話をしてくれる。外資歴が長い中、そんな日本的なやりとりも得意だっただけに、人に直接会いにくい今の状況にはもどかしい思いもある。
林田代表が日本AMDに来たのは2014年。組み込みの経験を買われての移籍だったが、入ってみたらサーバー向けCPUビジネスの再立ち上げにも参画することになった。過去に比べると世界の中で存在感が低下したと言われる日本のマーケットだが、「法人によるIT投資では世界3位の市場。私も本社も、まだまだ日本でやれることは多いと考えている」と力を込める。
プロフィール
林田 裕
(はやしだ ひろし)
1994年、東京エレクトロン入社。99年以降ヴィテッセ・セミコンダクタ、ネットロジック・マイクロシステムズ、ブロードコムといった米半導体企業の日本国内並びにアジア地区事業で、カントリーマネージャーや営業責任者などの要職を歴任。2014年6月に日本AMDへ入社、日本ならびに韓国のエンタープライズ向け販促部門を統括する。同年12月より現職。
会社紹介
米アドバンスト・マイクロ・デバイセズ(AMD)は1969年に米シリコンバレーで設立された半導体メーカー。x86アーキテクチャーのCPUを手がけるほか、2006年のエーティーアイテクノロジーズ買収でGPU市場にも本格進出する。09年、製造部門をグローバルファウンドリーズとして分社化し、AMD自身はファブレス(工場を持たない)メーカーとなる。19年の売上高は67億3000万ドル(約7300億円)。日本法人の日本AMDは1975年設立。