クラウドセキュリティベンダーの米ゼットスケーラーに対する注目が急速に高まっている。同社はコロナ禍を契機とした在宅勤務の急拡大により問題化した「VPN渋滞」の解消や、セキュリティの新潮流「ゼロトラスト」に対応するソリューションを提供。国内でも大企業を中心に採用が増えている。昨年12月に日本法人の代表取締役に就任し、日本を含むアジア全体を統括する役割を担う金田博之氏は、さらなるビジネスの拡大へ向けて顧客への提案体制の変革に注力。長期的な視野を持ちながら、パートナー企業とともに顧客企業のセキュリティのクラウドシフトを推進していく方針だ。
能動的な提案体制にシフト
――昨年12月、代表取締役に就任されました。ゼットスケーラーという会社についてどのように評価していますか。
私が就任してから2カ月ほどの間で、日本を中心に、韓国、マレーシア、シンガポールなど、アジアの超大手企業約40社の意思決定者クラスのお客様にお会いしてきました。ここではご挨拶だけでなく商談も行いましたが、感じたのはゼットスケーラーに対する期待が非常に大きいということです。特に最近はゼロトラストが注目されていますが、それをいかにグローバルレベルで定着させていくかというところに、お客様の大きなチャレンジと期待があるというのが、ポジティブな面での印象です。
一方で、改善が必要な点としては、当社の提案力の不足が挙げられます。もっとお客様に対して大きなマイルストーンを描いてトランスフォーメーションを支援できる体制を整えないといけないという意味で、営業の提案力を含めてまだまだ伸びしろがあると思っています。
――その提案力の強化に向けてはどのようなことに取り組んでいるのでしょうか。
私のマネジメントのスタイルとして一番意識しているのは、ベストプラクティスをつくってそれを横展開していくことです。先ほど申し上げた40社の中においても、お客様のニーズありきの受け身の提案になっているところがありましたが、例えば社内のソリューションアーキテクトのチームやカスタマーサクセスのチームとうまく連携することで、さらに伸びしろが生まれます。実際にそうした形での提案をある企業に行ってみたところ、案の定、当初想定していた契約期間がより長期になり、契約金額も5倍くらいになりました。こうした形で一つ“型”ができると、それをプラクティスとして全員に共有し、他の人も動かしていきます。
その結果として、当社の第2四半期(11-1月)よりもいま進めている第3四半期(2-4月)のほうが売り上げを相当伸ばすことができています。第2四半期だけでも2桁以上の成長をしているのですが、さらにそれを上回る形で推移する流れができています。
――社内で連携して能動的に提案できる体制へのシフトを図ったということですね。
営業としては顧客企業内部にもっと大きく広く関係をつくっていくことが重要ですが、日本の代表がいなかったこともあり、それが今まで積極的にできていませんでした。しかしこれができてくると、提案の範囲も自然と大きくなりますし、期間も1年ではなく、最初から3年間のマイルストーンを描くことができます。これらのことがこの2カ月で大きく変化した点で、こうした経験はパートナー企業にも還元を始めています。
コロナ禍が検討を早めるきっかけに
――改めて、競合他社と比べた御社の強みを教えてください。
まず一つが実績です。例えば、ガートナーのマジッククアドラントのセキュアWebゲートウェイ部門において、2020年唯一のリーダーとして評価していただいています。株価などビジネス的な伸びという面でも、競合他社より大きいと実感しています。
また、当社が実際にお客様と商談を行う中で他社との違いを感じるのは、提案やプロジェクトの経験です。当社では「アーキテクチャワークショップ」と呼んでいますが、無償のコンサルティングに近い形で、お客様のさまざまな部門を巻き込みながら、単にシステム要件を整理するのではなく将来のあるべき姿と現在の姿とのギャップとマイルストーンを描き、それを設計図にしてPoCを実施します。そこから数字的効果を提案していくというような進め方をしています。これは単に製品の機能を比較する企業だとなかなか難しいことだと思っています。
製品的な観点でみても、既存の競合企業というのはもともとハードウェアを中心としたオンプレミスの思想からつくられている企業である一方、われわれは創業時からクラウドでつくっており、設計思想が全く違うということも強みとして挙げられます。実際に、お客様が100%クラウドに移行しきれない場合はハイブリッドという形になりますが、今はそうでも将来的にはクラウドにシフトしていくとなった瞬間に、ほとんど競合はいないんです。
――昨年来、ゼロトラストがバズワード化し、その有力ベンダーの一つとしてゼットスケーラーに一際注目が集まっていますが、御社のビジネスへの影響はいかかでしょうか。
影響は大きいですね。ただ、これまでお会いした40社の中にはもともと東京五輪や5Gというトレンドの中で導入検討されていた企業もあり、コロナによって導入が進んだというよりは、それ以前からクラウド化に向けた市場の変化があったという印象です。
日本企業は意思決定にあたってなかなか腰が重たいケースがありますが、コロナの影響によって在宅勤務が広がり、検討を早めることにつながっています。実際にこれまでお会いしたお客様とは、製品についてだけでなく中期経営計画の話にもなり、計画を前倒ししたい、あるいは次の中計にセキュアな環境づくりを盛り込みたいという声は多い。お客様の経営まで踏み込んだ提案がしやすくなっています。コロナ禍はお客様のトランスフォーメーションという観点でみると加速要因になっていると感じています。
――今後のビジネスの方針について教えてください。
一つは、マイルストーンを描く形での提案をもっと能動的に行い、一社あたりのプロジェクトのスケールを大きくしていくことです。そのための取り組みとして、アーキテクチャワークショップのためのリソースや導入後のカスタマーサクセス、サポートなどの体制を急ピッチで整えています。さらに、世の中に対するプロモーションや拡販の加速に向けて、マーケティングやインサイドセールスの体制強化も図っています。
また、新しい市場として、この第3四半期でニーズが出始めたと思っているのが金融です。金融当局の厳しい基準がありますが、われわれとしてはいよいよそこの布石が打てそうになっていて、金融業界へのさらなる展開を進めていきたいと思っています。
あとは、アジア各国への展開です。ここも相当な事業規模になっていくと思っています。ベストプラクティスを横展開していくという方針は変わらず、それが最も効果のある地域もほぼ特定できています。
――パートナーとの協業についてはどのようにお考えですか。
日本においてパートナー企業との関係は非常に重要です。いま、クラウドシフトを推進していくお客様に対する提案のノウハウについて、ゼットスケーラーが海外および日本で確立してきたものをパートナー企業にシェアしようとしています。パートナーの提案力や経験を生かして、クラウドファーストやゼロトラスト、SASEといったトレンドをともにつくっていく。マイルストーンをつくってから大きく提案していくことで、結果としてお互いに事業成長ができると考えています。
今お付き合いしているところ以外にも協業の可能性がある企業はたくさんあって、すでに両想いになりたいと思う企業をリストアップしています。モノ売りではなくクラウドで変化を起こしていくという点で、上流のコンサルティング企業のほか、SIerとの関係も強化していきたいと思っています。
また、アジア展開においては日本のパートナー企業とも一緒に推進していこうという動きも出始めています。私がアジア全体を統括している分、当社と組むと日本だけでなくアジアも一緒にできるというのはパワフルなメッセージになるのではないでしょうか。
Favorite
Goods
24歳のときに奥様からプレゼントされたアタッシュケース。以来、20年以上にわたり苦楽を共にし、「このカバンを持って成長してきた」。中にはノートやiPadなどのビジネスグッズが入れてある。「長く愛用するほど愛着がわく」と、お気に入りはずっと変わらない。
眼光紙背 ~取材を終えて~
アジアを統括する日本人として活躍する
新卒入社したSAPジャパンに15年務めた後、ミスミグループ本社でグローバルのDX新規事業を推進。グローバルなIT企業と製造業を経験した上で、「ITインダストリーの責任あるポジションに就きたい」との思いから、AIを活用したチャットボットサービスを手掛けるライブパーソン日本法人へ移り、代表として同社の事業成長をけん引した。その後、移籍した現職のゼットスケーラーについては、市場へのインパクトや、日本・アジアに対する投資意欲の高さが魅力に映ったという。
日本法人の代表であると同時に、アジア全体の事業を統括する役割も担う。「グローバル企業で日本人が日本とアジアを統括するというのは非常に珍しいと思っている。個人的にはそこで経験を高めていきたい」。同時に、「ゼットスケーラーのようなイノベーションを起こす企業がビジネスをグローバルに拡大するときに、日本人がアジア、ひいては海外全体で活躍できるよう先鞭をつけたい」と意欲を燃やしている。
現職では顧客に対する提案力の向上に注力してきた。引き合いも多く寄せられているといい、手応えをつかんでいる。「事業規模については、私の頭の中ではこの先の2~3年で今の20倍まで伸ばせるポテンシャルがあると思っている」と、大きな成長のビジョンを描いている。
プロフィール
金田博之
(かねだ ひろゆき)
1998年、SAPジャパンに新卒入社し、30歳からマネジメント職を歴任。2014年、ミスミグループ本社でジェネラルマネージャーとしてグローバルDX新規事業を推進した後、ライブパーソンの代表取締役に。20年12月、ゼットスケーラーの日本を含むアジア全体を統括する代表取締役に就任。
会社紹介
2008年に米国カリフォルニア州サンノゼで設立されたゼットスケーラー(Zscaler)の日本法人。クラウド型Webゲートウェイソリューション「Zscaler Internet Access」やリモートアクセスソリューション「Zscaler Private Access」、SASEフレームワークベースのクラウドセキュリティプラットフォーム「Zscaler Zero Trust Exchange」を展開する。グローバルの顧客数は4500社以上、フォーチュン2000の450社以上にサービスを提供している。