昨年はコロナ禍とGIGAスクール構想で、ノートPCの出荷台数が大きく伸びた。ただ、今年4月に富士通クライアントコンピューティング(FCCL)の社長に就任した大隈健史氏は、前年のWindows 7のEOSを含めた一過性の需要を除くと「法人PC市場の全体の需要はほぼ横ばい」とみる。ユーザーから求められる機種や導入の方法など、市場を取り巻く状況が変化する中、今後は「デジタルトランスフォーメーション(DX)の一要素としてのハードウェアを作っていく」と語る。
ハイレベルな高付加価値の差別化路線
――まずは社長に就任された経緯を教えてください。
直近は香港を拠点に、レノボのThinkPadを中小企業のお客様に売っていくビジネスについて、アジア全体の統括責任者を務めていました。シェアで2倍、利益についてもかなり伸ばすことができました。ビジネスがうまく立ち上がってきたので、新しいことや、もっと大きいことがやりたいなと思っていたところで、2020年の秋に上司から社長就任を打診されました。レノボグループ内でFCCLはかなり独立した位置づけになっていたので、これまでのレノボ内でのやり方や人的ネットワークがそこまで直接的に生きないということがあり、少し驚きはありましたが、これだけ大きな企業の社長職を任せてみたいと言ってもらえるのは光栄なことなので、ぜひやらせてくださいとほぼ即答しました。
――社長として、FCCLの強みはどのようなところだとお考えですか。
FCCLは、高付加価値路線の差別化がハイレベルであることが強みだと考えています。PCビジネスは、コモディティ化が進んでいるとか、差別化が難しく、同じようなものがたくさんあるという声をいただくことがあります。そういった中で、FCCLは世界最軽量PCなど、一見してこれは違うなという製品をしっかり作ることができています。さらに、エンジニアの人数と能力が高い組織になっていますので、製品についてしっかり研究、開発し、差別化して市場にお届けできる体制を持てていることは、ユニークな立ち位置だと思っています。
――ここ最近の法人向けビジネスはどのような状況でしょうか。
法人向けビジネスは、かなり底堅く需要が推移していると理解しています。確かに昨年は数字がものすごく伸びました。しかし、GIGAスクール構想や、さらにその前のWindows 7のEOSや消費税増税といった特需を除いた根本的な法人領域の需要は、ほぼ横ばいですし、今後、大きく落ちることも伸びることもないだろうというのがわれわれの見立てです。
――法人領域の需要がほぼ横ばいと見る中、市場の動向についてはどのように見ていますか。
法人領域については、大きなトレンドが二つあります。一つはテレワーク絡みの需要ですね。もともとはオフィスに据え置き型のPCがあり、そこで仕事をしていましたが、今はPCを持ち歩いて仕事をするというやり方が増えています。結果としてデスクトップPCからノートPC、そしてノートPCの中でもモバイル型に需要がシフトしており、これはコロナ禍が収束しても元に戻らないと見ています。もう一つは買い方や運用に多様性が出ていることです。従来のようにハードウェアを買い切るのではなく、月額課金のようなモデルで導入したり、PCをセキュリティのソリューションと位置づけて導入したりするケースが増えており、こういった部分で変化が見えます。
Windowsデバイスの拡充が戦略の本筋
――法人向けの販売は富士通と富士通パートナーが担っています。富士通との連携についてはどのような状況でしょうか。
富士通との協力関係は、われわれにとって圧倒的な強みです。法人向けの販売先は、全体の90%強が日本とヨーロッパの市場となっています。販売については、富士通と富士通パートナーにお任せしているので、われわれは、高品質で差別化された製品を、より低価格で売りやすいように提供するというところに注力できます。
こういった関係は、他のPCベンダーにはあまり見られないことです。富士通は、IT企業からDX企業になると言っています。DXのソリューションの中で、PCやタブレットをどう位置づけるかといった方向で、富士通やお客様の受け入れ方が変わってきていると思っているので、DXの一要素としてのハードウェアをきっちり作り、それを超える要望が富士通やお客様からあれば、できる限りお応えしていきたいと思っています。
――GIGAスクール構想やテレワーク向けで、Chromebookのシェアが急激に伸びています。こうした動きについてはどのように分析していますか。
私が入社する前のことですが、正直に申し上げると、FCCLとしては、おそらくChromebookがここまで急激に日本国内で立ち上がることは想定していなかったと思っています。北米を中心に、文教市場でChromebookは、じわじわと上がってきていました。一方、日本に限らず私が見ていたアジアの国では、Googleはシェアの拡大にかなりトライしていましたが、文教向けにしろコンシューマ向けにしろ、市場で大きく受け入れられることはありませんでしたので、一気に潮目が変わったなと見ています。ただ、現状、売れているChromebookを見ると、大半は低価格帯となっています。Chromebookを完全に無視するわけではありませんが、われわれは、高価格帯、高付加価値帯での勝負を主戦場にしているので、しっかりとWindowsデバイスを拡充していくことが戦略の本筋だと考えています。
――戦略の本筋と位置づける高価格帯、高付加価値帯では、どのような製品を開発していく方針ですか。
お客様のステータスやセグメントによって、付加価値だと感じていただけるものは大きく異なってくるので、お客様に応じた付加価値を追求していくことがハイレベルな方向性です。その上で、世界最軽量については、今後もきっちりと取り組んでいこうと思っています。また、われわれのお客様で特に多い比較的年齢層の高いお客様に関しては、使いやすく、分かりやすく、楽に使えるハードウェアが必要なので、例えばキーボードがそもそも使えないという方に対しては、キーボードではないインターフェースを開発し、それを通じたサービス提供ができたらいいな、というようなアプローチで製品開発をしています。
――前社長の齋藤邦彰会長との役割分担はどのようになっているのでしょうか。
まだ入社したばかりなので、いろいろな場に齋藤会長と2人で一緒に行って、さまざまなことを教わっています。あとは齋藤会長が培ってこられた関係性を引き継ぐことや、パートナーの方々との人脈を作ることも二人三脚で進めています。ただ、ずっとそれでは、私がいる価値はありません。細かいオペレーションの意思決定は完全に私のところに来るようになっていますので、業務の引き継ぎがある程度完了したら、私の色を出していきたいと思っています。
――今後の目標を教えてください。
富士通ブランドのビジネスとはいえ、富士通の利益につなげていくためには、スケールを取ることが必要です。PCはスケールビジネスなので、スケールが取れないと、コスト競争力が落ちてしまいます。ある程度のボリューム感、数量、シェアを取ることで、富士通としてもよりコストメリットが取れるので、一定程度の数量を取っていくために、成長を続けたいと思っています。もう一つは、ハードウェアとDXソリューションの間にある各種サービスで、富士通本体がやらないけれど、必要なものはいろいろと出てくると思っています。富士通と相談しながら、われわれが貢献できるものがあれば、喜んで取り組んでいきたいですね。
Favorite Goods
今年6月22日に発表した自社製品の電子ペーパー「QUADERNO(クアデルノ)」と、筆記具ブランド「LAMY」とコラボレーションしたデジタルペン。クアデルノは先代のモデルから愛用中で、仕事の時は「常に持ち歩いている」という。書き心地や画面の見え方が本物の紙に近い点がお気に入りだ。
眼光紙背 ~取材を終えて~
定量化できない部分でも付加価値を高める
富士通クライアントコンピューティングの大隈健史社長がPCと出会ったのは12歳の頃。以来、自作したり、さまざまなメーカーの機種を買い集めたりしてきた。今でも常に複数台のPCに囲まれて生活しているという。
大のPC好きを自任する大隈社長にとって、PCは効率よく大事なアウトプットを生み出すための「生産ツール」。「消費型のデバイス」と位置づけるスマートフォンやタブレットとは一線を画する存在だ。
PCは、コストパフォーマンスやスペックシートで評価されることが多い。しかし、大隈社長は「数字上の戦いだけではなく、お客様のことを考え、定量化できない部分でも高付加価値のものを提供することが重要」と考えており、そのためには「人に寄り添う優しい製品づくりをしていかなければいけない」と語る。
社長に就任して約3カ月。アジアを中心に世界の動きを見てきた知見を生かすのはこれから。経営者として「自分のやりたいことをなるべく楽しく効率的に完成するために、『富士通のPCだったらいいよね』と言ってもらえるような立ち位置を目指したい」と意気込む。
プロフィール
大隈健史
(おおくま たけし)
1979年、千葉県生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーの日本支社と独フランクフルト支社で計8年間勤務し、レノボに入社。NECレノボジャパングループの最高執行責任者やレノボPCSDアジアパシフィックSMBセグメント担当エグゼクティブディレクターなどを歴任し、今年4月から現職。
会社紹介
2016年2月、富士通のPCとWindowsタブレット事業を分社化して設立した。製造子会社の島根富士通を持ち、PCの開発・製造から保守サポートまでを自社の国内拠点で提供できる体制を確立した。18年5月、株式の51%が富士通からレノボへ譲渡され、現在はレノボ傘下で富士通ブランドのPCを手がける。法人向け製品は、富士通と富士通パートナーが継続して販売窓口となっている。21年4月現在の社員数は1080人。20年度のPCの出荷実績(全世界合計)は392万5000台。