KeyPerson
悲観するなかれ、日本の強みは消えていない
日本マイクロソフト 代表取締役社長
吉田仁志
取材・文/本多和幸 撮影/大星直輝
2021/11/12 09:00
週刊BCN 2021年11月08日vol.1898掲載
自身の失敗談まで共有して顧客のDXに伴走
――吉田社長は2019年10月に現職に就かれたわけですが、年が明けると新型コロナのパンデミックが拡大し、就任後はコロナ禍の市場をかじ取りしてきた形になりましたね。昨年度は「Transform Japan, Transform Ourselves」を掲げてビジネスをやってきました。就任後、日本のお客様のDXをお手伝いしないといけないという問題意識を事業戦略の根幹に据えたんですが、そこにコロナ禍が直撃し、日本のデジタル化の遅れが改めて鮮明になりました。企業だけでなく、政府や行政、教育のデジタル化をもっともっと進めなければならないと多くの人が再認識したと思います。その先に日本マイクロソフトが目指すべきなのは、日本のDXなんだと位置付けたわけです。
Transform Ourselvesと入れたのも大きな意味があって、日本の変革をお手伝いするためには我々自身も変革し続けなければならないという意志を込めました。DXに取り組んだ際の失敗談まで自分の言葉できちんと共有して、お客様に寄り添っていくということですね。
――ここまでの成果をどう評価されていますか。
お客様のクラウドの利用がどれだけ増えたかは、お客様のDXをどれくらい支援できたのかという指標の一つだと考えています。昨年度、当社のクラウドビジネスは60%成長しており、しっかり役に立ち始めたという手応えはあります。
「Azure」の活用もどんどん進んでいて、グローバルレベルでNECと戦略的パートナーシップを拡大するなど、DX基盤として日本市場へのさらなる浸透を図る体制も進んでいます。トヨタ自動車が「HoloLens 2」を採用して自動車整備の働き方改革にMRテクノロジーを活用したり、経済産業省の職員の皆さんが「Power Platform」で省内の行政手続きのデジタル化に取り組んだり、いろいろな分野で当社のテクノロジーが採用され、DXに向けたプロセスが進んでいます。
また、自社の調査ではありますが、お客様満足度についても過去最高の評価をいただいています。
――今年度は「Revitalize Japan」というキャッチフレーズを掲げましたが、その意図は。
私が社会人デビューしたのはバブル全盛期で、いい思いもしたんですけど、そういう環境を今の若い世代に提供できていないわけです。もっともっと明るい未来を残さなければならないと思っているんです。
そのためには、当社も継続して支援してきた日本社会全体のDXをさらに進めることが重要ですが、総務省発行の「情報通信白書」(令和3年版)によると、DXに取り組んでいる日本の企業はわずか13%にしか過ぎないという調査結果があって、これは肌感覚と乖離がない数字です。新しいITツールを入れることをDXだと誤認してしまっているケースもまだまだ散見されますし、(そうした状況を変えるために)我々ももっと頑張らなければなりません。
――Revitalize Japan、つまり日本の再活性化は、何を達成したら実現できたことになるのでしょうか。
これはすごく難しいですね。日本が一時期のように非常に元気のある国に戻るということなんですが、GDPが世界一になるというのは夢ですが、私が生きている間には難しいかなと思います(笑)。
ただ、GDPのように人口に左右される指標でなくても、尖がったテクノロジーだったり、尖がったソリューションだったり、日本がここは世界一だと言える分野を増やしていくことはできるはずです。実際は今でもたくさんあると思うんですよ。ただ、なかなか表に出てこない。
――まだ表に出ていない日本の強みを、日本マイクロソフトはテクノロジーの力で引き出していくということでしょうか。
イノベーションを育む環境をつくることに貢献していきたいと考えています。もっと経済の成長につながる形で尖った強みを社会に出せるようにしたいですね。悲観する必要は全然なくて、日本が世界に負けているものは何もないと思っていますから。

協業の力でSMBのクラウド活用を10倍に
――他国との比較で言うと、例えば欧米とのデジタル化進捗度の差は新型コロナ禍で開いたのか縮まったのか、どう見ますか。あまり変わっていないんじゃないでしょうか。日本もデジタル庁が発足したり、やるべきことは着実に進んでいます。ただ、課題も依然として大きいです。従来の日本のIT化は、個別のメーカーが個別のシステムをつくり込んできたため、業務や組織を超えて横断的にデータを活用することができなかった。その意味では日本の課題は30年前から変わっていないんです。ただ、これは現代のクラウドテクノロジーで一足飛びに解決できる可能性もあるわけです。
新型コロナがウェイクアップ・コールになって、日本の企業や行政・公的機関もマインドや方針はこの1年で変わったという実感があります。これから目に見える形で日本のDX基盤の整備は進んでいくと思いますし、進めていかなければならないとも思っています。
――日本国内に目を向けると、大都市圏と地方でデジタル活用の意欲や熟練度は格差が広がってしまった印象もあります。
必ずしも地方=中堅中小企業(SMB)というわけではないですが、日本マイクロソフトはSMBのクラウド利用を向こう5年間で10倍にしないといけないと思っています。実現のためには、パートナーエコシステムの力がキーになりますね。
大企業向けには、ディール・バイ・ディールで大きな提携をしたり、パートナーとの共創で産業領域ごとのDX推進に取り組んだりという感じですが、SMBのクラウド利用拡大ではまた別の取り組みに注力しています。特に大都市圏以外の各地方で、ユーザーをきめ細かく支援できる新しいパートナーの開拓を進めているほか、SMBの需要が大きい商材を持つISVに対してはAzureによるSaaS化を積極的に促しています。また、「Teams」などと連携するサードパーティーのアプリケーションも増やすなど、包括的な取り組みを進めています。
――「Windows 11」もリリースされました。マイクロソフトの戦略上、どんな位置付けですか。
UIやセキュリティの在り方を含めて、新しい生活様式やハイブリッドワークのためのOSですから、パンデミックがあったことで生まれたと言えるかもしれません。「Surface」シリーズやOEMパートナーの製品も含めて、PCのイノベーションにもつながっていくと思っています。
――デジタルガバメントは日本マイクロソフトの注力領域でもありますが、先日、日本政府の共通クラウド基盤「ガバメントクラウド」に、「Amazon Web Services(AWS)」と「Google Cloud Platform(GCP)」が選定されたとの発表がありました。公募には3社から応募があったとのことでしたが……。
この件については、応募したかどうかも含めてノーコメントです。ただ、デジタルガバメントの支援には注力し続け、さらに強化していきます。今言えるのはそこまでですね。
――ISMAP(政府情報システムのためのセキュリティ評価制度)の登録サービスとしての認定も、マイクロソフトのサービスはAWSやGoogle Cloudから3カ月ほど遅れました。
それには理由があって、当社のクラウドサービスは業界で最も広く、深く浸透しているため、準備に少し時間がかかったということです。
デジタルガバメントで特に重要なのはセキュリティですが、これは我々が世界一進んでいると自負しています。セキュリティだけで毎年10億ドル投資していますし、今後5年間でさらに200億ドル投資する計画も発表しています。
Azureや「Microsoft 365」は日本セキュリティ監査協会によって認定されるクラウドセキュリティゴールドマークを取得していますし、政府の各種ガイドラインのセキュリティポリシーにも準拠しています。体制は万全ですので、「我々はマイクロソフトですから信頼してください」と言いたいですね。

Favorite Goods
ビートルズの熱狂的ファンである吉田社長は自らもギターを演奏する。愛機はギブソンのレスポール・スタンダード。ポール・マッカートニーが来日公演で使用したものと同じモデルだという。
眼光紙背 ~取材を終えて~
日本の再活性化をやり遂げる覚悟
ギブソンのレスポール・スタンダードと言えば、多くの名ギタリストに愛された名機だ。吉田社長にとっても大切なコレクションではあるが(インタビュー本編コラム参照)、「私にとってはギターという楽器そのものが非常にシンボリックなもの」で、単なる趣味の道具以上の意味を持つ。
10代前半の吉田少年が初めて手にしたエレキギターはヤマハ製。父親が亡くなる直前に買ってくれたものだった。「途中で投げ出さないで、弾けるようになるまでちゃんと練習するなら買ってやる」と言われたという。ギターは、一度始めたことを最後までやり遂げるという父との約束の象徴となった。
今や二人の子どもも社会人になった。「自分が社会に出たころと比べて、彼らが働き始めた今の日本のほうが元気だとはとても言えない。大人として、親として、日本国民として、大きな責任を感じている」。これからの社会を支える世代のためにも「Revitalize Japan」をやり遂げると、ギターに誓う。
プロフィール
吉田仁志
(よしだ ひとし)
1961年生まれ。83年、米タフツ大学を卒業後、伊藤忠グループの事業会社に入社。同社を退職しハーバード大学ビジネススクールで経営学を学び、95年に経営修士号を取得後、米ケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズに入社。97年、同社日本法人の社長に就任。2001年にケンブリッジと米ノベルの合併に伴い、ノベル日本法人の社長に就任。06年にSAS Institute Japan社長、15年に日本ヒューレット・パッカード社長に就任。19年10月より現職。
会社紹介
米マイクロソフトは1975年、マイクロコンピューター向けBASICインタープリターの開発で創業。OSやオフィスアプリケーションで世界最大手となった後、2010年にクラウドコンピューティングサービス「Windows Azure」(現Microsoft Azure)を開始。14年、それまでクラウドおよびエンタープライズ事業を統括していたサティア・ナデラ氏がCEOに就任した。21年6月期のグローバル売上高は前期比18%増の1680億8800万ドル、純利益は38%増の612億7100万ドル。
自身の失敗談まで共有して顧客のDXに伴走
――吉田社長は2019年10月に現職に就かれたわけですが、年が明けると新型コロナのパンデミックが拡大し、就任後はコロナ禍の市場をかじ取りしてきた形になりましたね。昨年度は「Transform Japan, Transform Ourselves」を掲げてビジネスをやってきました。就任後、日本のお客様のDXをお手伝いしないといけないという問題意識を事業戦略の根幹に据えたんですが、そこにコロナ禍が直撃し、日本のデジタル化の遅れが改めて鮮明になりました。企業だけでなく、政府や行政、教育のデジタル化をもっともっと進めなければならないと多くの人が再認識したと思います。その先に日本マイクロソフトが目指すべきなのは、日本のDXなんだと位置付けたわけです。
Transform Ourselvesと入れたのも大きな意味があって、日本の変革をお手伝いするためには我々自身も変革し続けなければならないという意志を込めました。DXに取り組んだ際の失敗談まで自分の言葉できちんと共有して、お客様に寄り添っていくということですね。
――ここまでの成果をどう評価されていますか。
お客様のクラウドの利用がどれだけ増えたかは、お客様のDXをどれくらい支援できたのかという指標の一つだと考えています。昨年度、当社のクラウドビジネスは60%成長しており、しっかり役に立ち始めたという手応えはあります。
「Azure」の活用もどんどん進んでいて、グローバルレベルでNECと戦略的パートナーシップを拡大するなど、DX基盤として日本市場へのさらなる浸透を図る体制も進んでいます。トヨタ自動車が「HoloLens 2」を採用して自動車整備の働き方改革にMRテクノロジーを活用したり、経済産業省の職員の皆さんが「Power Platform」で省内の行政手続きのデジタル化に取り組んだり、いろいろな分野で当社のテクノロジーが採用され、DXに向けたプロセスが進んでいます。
また、自社の調査ではありますが、お客様満足度についても過去最高の評価をいただいています。
――今年度は「Revitalize Japan」というキャッチフレーズを掲げましたが、その意図は。
私が社会人デビューしたのはバブル全盛期で、いい思いもしたんですけど、そういう環境を今の若い世代に提供できていないわけです。もっともっと明るい未来を残さなければならないと思っているんです。
そのためには、当社も継続して支援してきた日本社会全体のDXをさらに進めることが重要ですが、総務省発行の「情報通信白書」(令和3年版)によると、DXに取り組んでいる日本の企業はわずか13%にしか過ぎないという調査結果があって、これは肌感覚と乖離がない数字です。新しいITツールを入れることをDXだと誤認してしまっているケースもまだまだ散見されますし、(そうした状況を変えるために)我々ももっと頑張らなければなりません。
――Revitalize Japan、つまり日本の再活性化は、何を達成したら実現できたことになるのでしょうか。
これはすごく難しいですね。日本が一時期のように非常に元気のある国に戻るということなんですが、GDPが世界一になるというのは夢ですが、私が生きている間には難しいかなと思います(笑)。
ただ、GDPのように人口に左右される指標でなくても、尖がったテクノロジーだったり、尖がったソリューションだったり、日本がここは世界一だと言える分野を増やしていくことはできるはずです。実際は今でもたくさんあると思うんですよ。ただ、なかなか表に出てこない。
――まだ表に出ていない日本の強みを、日本マイクロソフトはテクノロジーの力で引き出していくということでしょうか。
イノベーションを育む環境をつくることに貢献していきたいと考えています。もっと経済の成長につながる形で尖った強みを社会に出せるようにしたいですね。悲観する必要は全然なくて、日本が世界に負けているものは何もないと思っていますから。
- 協業の力でSMBのクラウド活用を10倍に パートナーエコシステムの力がキーになる
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