富士通にとって、来期の2022年度(23年3月期)は大きな節目となる。システム構築を中心とする主力のテクノロジーソリューション事業で、悲願の営業利益率10%をつかむ公約の年。10%というのは単に区切りが良いだけの数字ではなく、富士通の「存在意義」に向かって、従業員全員が走り続けられる会社になるために越えるべきハードルだという。時田隆仁社長は、この目標の達成が、富士通が変わったことの証明になると話す。
(取材・文/日高 彰 写真/馬場磨貴)
閉じたシステムは世界に対応できない
――2021年はSI系グループ会社15社を富士通本体と富士通Japanに統合しました。SI子会社の本体統合はここ数年来推進してきた施策ですが、ねらいをお聞かせください。
もともと富士通のSI子会社は、ある地域や技術領域に特化した、それぞれ特徴を持つ会社として設立されたものでした。しかし、長年の間で事業環境が変化し、地域や機能に特化するのではなく、幅広い地域や業種を相手にする総合SIerがいくつもできてしまっていました。そのようなSI子会社が「ミニ富士通」などと呼ばれたこともありましたよね。同じお客様に対して、別の会社の名刺を持った複数の富士通グループの人間が訪問するといった問題もありました。分散した力を再び一つに集中させ、デリバリー能力の最大化を図るのが統合の目的です。
――その統合を受ける形で昨年、設計・開発・運用といったデリバリー機能のコア組織「ジャパン・グローバルゲートウェイ(JGG)」が本格稼働しました。
この2年間、いろいろな変革・組織再編を進めようにも、フェイス・トゥー・フェイスでのチームビルディングが行えないなど物理的な制約は多く、なかなか計画通りにいっていない部分もあるのが正直なところではあります。JGG発足の効果も、まだ数字のインパクトを伴う形で胸を張って言えるほどにはなっていません。ただ、コスト削減の意味でも、メソドロジー(方法論)の共通化という意味でも成果は出てきており、今年以降もっと目に見える形になってくると思います。SIプロセスの徹底的な標準化を進めることで、お客様にご提供する価値の訴求力は格段に上がると考えています。
――標準化を推進することで開発や保守運用の効率・質の向上が期待できますが、一方で富士通の得意先である日本の大企業からは、企業ごとに最適化された個別の対応も求められるのでは。
これまで個別対応で何を目指してきたか、そしてこれからは何を目指すかということなのだと思います。オーダーメイドでその企業にぴったりフィットしたシステムというのは、「個社」としての力の向上にはつながりますが、今はもう、企業が一社一社で事業を展開できる時代ではありません。変化が激しいこの時代、いろいろなパートナリングやアライアンスが必要で、そこではシステム間の連携が求められるし、世界には既にいいソリューションがいろいろあるのに、あまりにも個社に閉じた世界で作られたシステムではインプリ(実装)できません。当社もそうですが、グローバルでビジネスを行っている企業は、グローバル標準に合わせない限り戦っていけない。我々が目指しているところと、お客様自身が感じている課題認識はそんなに離れていないと思います。
社会課題をビジネスの起点に
――そのような閉じたシステムは、これまで富士通を含む大手ITベンダーが作ってきたものでもあります。デジタルトランスフォーメーション(DX)の文脈ではレガシーシステムが批判される場面も多いですが、それに対する反論は。
もちろん言いたいことは山ほどありますが、反論はありませんね。例えば、コロナ対応では医療機関と自治体の間の連携が手書きのファックスで行われていたという、DXの遅れを象徴するかのような状況が発生していましたが、それが報じられているのを見て非常にショックを受けたんです。富士通はすべての業種にサービスを提供しているベンダーでありながら、その我々が、間をちゃんとつなぐソリューションを提供してこなかったということですから。
いわゆるインダストリーカットで一つ一つの業種・業態ごとにシステムを提供してきた、従来のSIモデルはもうもたない。それでは、「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていく」という富士通のパーパスを実現できない。だから、新しい事業ブランドの「Fujitsu Uvance(ユーバンス)」を立ち上げ、縦割りではなく、社会のあるべき姿をビジネスの起点にする形に変えていくわけです。
――製品販売や保守運用といった従来型ITビジネスを「For Stability」、DXにつながるデジタルビジネスを「For Growth」と、二つの領域に分けて業績を公開されていますが、For Growth領域が期待ほどは大きくなっていないように見えます。
まったく満足していません。そしてFor Growth領域の中身も、純粋なデジタルビジネスというより、ITモダナイゼーションに代表される「レガシーからのシフト」が多くを占めているのは事実です。ただ、それをできるのは当社以外にないし、デマンドも非常に強いものがあるので、しっかり期待に応えていきます。また、For Growthの中にはスーパーコンピューターの事業が含まれるので、20年度の「富岳」納入の反動があり、数字上は今期伸びていないように見えているという部分もあります。ボリュームはまだ小さいものの、ワークライフシフトのようなソリューションは日本のみならずグローバルで急速に伸びています。
――公共分野でのDXに関しては、昨年ガバメントクラウドの事業者選定がありました。富士通はなぜ手を挙げなかったのでしょうか。
国が求めているものを提供できなかったということに尽きますが、我々が提供しなくても提供してくださる方がいて、それで困らなければよいのではないかと。
――22年度にあらためて公募が行われるとの見方もあります。
もちろんキャッチアップための努力は惜しみませんが、我々が持続的にそういう基盤を本当に提供できるのかということも非常に重要な問題です。途中で「もうやめた」というわけにはいきませんから、瞬間的な情熱だけで「よしうちも(ガバメントクラウドを)やろう」とは言えません。ただ、国としてのいろいろな考えの中で、「やっぱり国産がいいのではないか」といった議論があるのは承知しています。富士通はグローバルにビジネスを展開しているとはいえ、日本企業であるという一面も持っているわけですから、国への貢献も考えなければいけないと思います。
次なる投資につなげるための「10%」
――22年度はいよいよ、テクノロジーソリューション事業で営業利益率10%という、経営目標の達成を目指す年となります。あらためて、この数字が持つ意味を教えてください。
10%というのは、富士通がテクノロジー企業として目指すべき新たな姿に変わったことを証明する、一つの数字だと考えています。10%以上の利益をたたき出せるということは、テクノロジーの進化や成長に対しての投資を促す大きなエンジンになる。利益率が下がると、そういう勢いがなくなってしまう。使うべきところにお金が使えないというのは、非常に厳しいですから。
――ひいては、パーパスの実現も遠のいてしまう。
スタートアップ企業なら、ものすごく尖った仕事をクイックに回していくわけですが、富士通はまぎれもなく大企業であり、大企業であればこそ社会に一石を投じる力を持てるし、大企業のケイパビリティ(能力)を全部使い切るような仕事をみんなにしてもらいたい、と思うわけです。
――パーパスの実現に向かおうとする、時田社長の使命感はどこからやってくるものなのでしょうか。
僕はやっぱり富士通が好きですから。富士通が持つ技術、そして富士通のみんなが持つ力を世界に役立てたいと思うのは当たり前の感情で、そこには何の迷いもないですね。パーパスを表明するのは企業経営にとって非常に大事なことで、自分が何者なのかを言わないところに人は集まらない。従業員は一人一人の思いを持っており、自ら共感を持って自分を鼓舞し、学び、成長することが、会社の原動力になるんです。その思いを遂げるのに最適な会社なんだと思われることが大事です。そうじゃない会社だったら、みんないなくなっていまいますからね。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「ステークホルダー資本主義」と言われる現代、企業は株主だけではなく、取引先や地域コミュニティ、さらには地球環境に至るまで、あらゆる関係先に対して価値を提供すべきとされている。時田社長は、すべてのステークホルダーに配慮することが重要としながらも、パーパス実現にあたり最も重要なステークホルダーは、従業員だと言い切る。
ビジネスシーンではSDGsが高らかにうたわれるシーンが急激に増えたが、今まさに社会での活躍を始めつつある「Z世代」の若者たちは、生まれたときから世界につながるデジタルツールを持ち、SDGsといった流行り言葉の力を借りることなしに社会課題を意識してきた。時田社長は、彼らのような世代の従業員が生き生きと働ける環境を作ることが、企業の経営には当然のこととして既に求められていると強調する。パーパスは中期経営計画に書かれる目標とは違い、永続するもの。10年、20年後のリーダーは、もうここにいるかもしれない。
プロフィール
時田隆仁
(ときた たかひと)
1962年、東京都生まれ。88年、東京工業大学工学部卒業後、富士通に入社。システムエンジニアとして金融系のプロジェクトに数多く携わり、2014年に金融システム事業本部長に就任。15年に執行役員、17年にグローバルデリバリーグループ副グループ長、19年1月に常務・グローバルデリバリーグループ長、19年6月に社長に就任。19年10月からはCDXO(チーフDXオフィサー)職、21年4月からCEO職を務める。
会社紹介
【富士通】1935年、富士電機製造(現・富士電機)の通信機器部門を分離して設立。60年代からコンピューターの製造を本格化し、日本を代表する電機メーカー、ITベンダーに成長した。2020年、企業パーパス(存在意義)を「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていくこと」と制定。20年度の連結売上高は3兆5897億円、従業員数は約12万6400人(21年3月末現在)。