岡山市に本社を置く中国地方有数のSIer・両備システムズは、2021年度に連結で380億円余りだった売上高を、30年度までに500億円規模へ伸ばす計画を描いている。公共系の分野で盤石な地位を築いている同社だが、一段上のステージへの成長に向けて、民需分野でのビジネス拡大を狙う。事業モデルの改革は急ピッチで進んでおり、受託開発中心のITベンダーという姿は過去のものになろうとしている。
(取材・文/日高 彰 写真/大星直輝)
人材が岡山にいることの価値
--両備システムズは前身の岡山電子計算センターの創立から57年と、業界では老舗と言っていい歴史を持つベンダーです。ITの世界において、どのようなポジションにいる企業だとお考えですか。
公共、医療、教育といった分野における、ニッチな需要を深掘りすることで実績を積み重ねてきた会社だと思います。歴史の長い会社ですので、いつも順調なときばかりだったとは申し上げられませんが、公共などに特化してサービスを提供してきたことで、これまで堅調に事業を継続してこられたと考えています。
また、データセンターの運営やBPO(業務プロセスの受託)も手がけており、最近は民需の領域にも入っていますので、総合型のIT企業として、自社の強みを生かしながらシステム開発を中心に幅広くサービスを展開しています。特にこのコロナ禍に入ってからは、われわれの想定以上にITに対するニーズは強くなっており、お客様からの期待も高まっていると感じています。
--どのような点が「自社の強み」と言えるでしょうか。
なんと言っても一番の強みは社員で、当社社員約1500人のうち、およそ1000人がSEの仕事に従事しています。そして、それらの優れた人材が、われわれが本社を置く岡山に存在しているということも、IT事業を営むにあたっては大きなポイントだと考えています。スキルを持った人材が流出することは一つの大きなリスクと言えますが、東京では、今、人の流動性がとても激しくなっています。それに比べて安定した岡山で働いてくれる社員がいることは経営にとって非常にありがたいことです。新規採用する社員の出身地は、これまで県内と県外で6対4か半々くらいだったのですが、採用に関してマーケティング的なところにも力を入れたことで、直近では4対6くらいに逆転する年もあります。
東京とは別の場所でデータセンターを運営していることも強みです。活断層がなく、海岸からも離れた安全安心な土地で、新幹線も飛行機もアクセスが良い。さらに自社のBPOセンターとも直結していますので、単にシステムをお預かりするだけでない高付加価値のサービスをご提供できます。
それと、地方にいることによって、業界の動きを冷静に見られるということもあると思います。ITの世界はどうしても流行に流されやすく、新しい技術がキーワードになるとみんながそれに取り組まなければいけないようなところがありますが、東京の外側からトレンドを見ることで、本当にお客様のお役に立つ製品やサービスは何か、もう少し中長期的な視野で考えられるのではないかと考えています。もちろん、東京にも拠点はありますので、東京のお客様にも首都圏のベンダーと遜色ないサポートは提供可能です。
新規事業の起点は「出会い」
--中期経営計画では、21年度に382億円だった両備グループのICT事業を、30年度に500億円へ成長させるという目標を掲げています。
当社は30年度に「西日本ナンバーワンのICT企業」でありたいと考えています。もちろん大手のベンダー各社と比較して、規模で上回ることが難しいことは承知しています。しかし、例えば公共分野では健康管理システムや滞納管理システムなど、全国の自治体に導入いただき既にシェアナンバーワンを獲得しているソリューションを擁しています。このような製品・サービスをさらに増やし、「この分野ではナンバーワンだね」と認知される機会を拡大していくことで、少なくとも大阪より西のエリアにおいて、特に秀でたICT企業になれると考えています。ナンバーワンになるにあたってまず目指さなければいけないのが、500億円という数字だと捉えています。
--公共分野では強固な顧客基盤がありますが、向こう8年で100億円以上のビジネスを作っていくとなると、公共以外の分野にもこれまで以上に積極的に打って出て行く必要があります。
その通りです。ただ、当社にとってまったく新しい領域に、新しい技術を導入することで、新たな市場をつくれるかというと、それは無理だと思います。しかし、古い部分が残っている既存の領域に、新しい技術を適用することは、そんなにハードルが高くはないと考えています。
例えば、医療の世界は人への依存度が非常に高いですが、一方でAIの技術がどんどん向上したことで、画像による診断がかなり行えるようになってきました。当社では16年に「IoT AI事業推進室」を設立し、18年から「早期胃がん深達度AI診断システム」の開発に取り組んでいます。内視鏡で小さながんを発見したときに、そのまま内視鏡で処置が可能か、それとも開腹して処置しなければいけないのか、現在は医師が経験で判断していますが、実際には内視鏡で処置可能だったのに開腹手術に至ったり、逆に内視鏡で処置した後に再び開腹が必要になったりと、ベストではない治療法が選択されるケースが発生しています。ここで、医師の判断とAIによる画像診断を組み合わせることで「正診率」が向上することが確認されており、このシステムは23年度中の製品化を目標としています。
--両備システムズも、SIerと呼ばれる他の多くのIT企業と同じく、受託開発が中心だったということですが、どのようにしてそのような新しいビジネスを作っているのですか。
基本的には人との出会いだと思っています。AI診断システムは岡山大学医学部との共同研究プロジェクトで、パートナーシップありきの新規事業です。
AIに関しては、金融の領域でも新たなチャレンジをしています。為替の取引は、ディーラーと呼ばれる専門職の人が自らの知見に基づいて売り買いを行っていますが、人間が頭の中で扱えるデータ量には限界があります。プロディーラーの知見に加えて、過去の膨大なトラックレコードを学習させたAIは、運用成績が人間に勝るということが既に起き始めており、当社では為替に特化したAIの開発を行っています。これも、当社が優れたディーラーと出会えたことで実現した事業です。為替AIについては、今年7月に自社内でファンドを組成し、まずは1億円の運用を開始しました。このシステムを証券や保険といった金融機関に納めるというビジネスだけでなく、当社に資金の運用を委託していただく形で、われわれ自身が金融事業を行うという可能性もあると考えています。
M&Aには若返り効果がある
--パートナーとの出会いという点では、事業の譲受や資本提携にも近年力を入れていますね。
新しいことを始めるには時間がかかりますからね。われわれにない技術を持っているパートナーに力を貸していただき、当社からは営業力や資金力を提供する。ゴールに向けてお互い近道になる、Win-WinのM&Aを進めていくことで未来が作れると考えています。
もう一つ、今IT業界で働く人は50~60代の比率が高くなってきていて、一方で若い人がなかなか入ってきてくれないために、人材のバランスが悪くなっていると思っています。当社もそこには少なからず悩みを抱えている。若い企業と連携することによって、このバランスをもう少し良くしていけると考えています。
--長い歴史を持つ企業だからこそ、既存の事業を続けながら新たな価値の提供に挑戦するのは簡単ではないと思います。
両備グループではグループ各社に共通の方針を打ち出しています。その一つが「ホスピタリティの追求」です。あらゆる業界において、生き残っている企業というのはホスピタリティのある会社だと思っていますが、この部分がIT企業はまだまだ弱い。お客様に対してのホスピタリティとは何かと考えたときに、既存のITの発想だと、要求された通りにカスタマイズすることだったのかもしれません。しかし、実際にはそのせいで高コストやバグの原因になり、もはやお客様にとっての価値ではなくなっています。
提案しているもの自体がお客様のニーズに合致していないからカスタマイズしてくれと言われるわけで、もっと事前にお客様の市場をマーケティング調査した上で、カスタマイズの必要がないものを作れば、問題は起きないはずです。マーケティングやコミュニケーションの力が弱いがゆえに、ホスピタリティが低いというのがIT企業の課題だと考えています。「お客様の成功」を常に意識したうえであらゆるものを作っていく、いずれの事業もそこに尽きるのではないでしょうか。
眼光紙背 ~取材を終えて~
バス、タクシー、物流、スーパーマーケット、介護、住宅など、非常に幅広い事業を展開する両備グループ。両備システムズはそれらグループ企業の情報システムを一手に担うIT中核会社だが、かつて「言われたことをやる電算部門」といったポジションにあったことは否めないという。
しかし松田社長は、「デジタルトランスフォーメーションを進めるのであれば、事業部門とITは対等でなければならない」との考えの下、両備システムズの“受託気質”からの脱却を推進。グループが手がける事業のためにIT企業は何ができるか提案せよ、との号令をかける。
意識変革はまだまだ途上というが、データ分析やAIといった領域で新規事業が次々と立ち上がっている。バックオフィス向けの業務システムを開発していたエンジニアが、新規事業チームの社内公募に「われこそは」と手を挙げる場面も見られるようになった。
「米国だって有名企業がすべて一つの都市にあるわけじゃない。岡山が日本のシリコンバレーになることもあり得なくはない」と力を込める。
プロフィール
松田敏之
(まつだ としゆき)
1978年生まれ。2003年、中央大学経済学部卒業。住友信託銀行(現、三井住友信託銀行)を経て、09年に両備システムズおよび両備ホールディングスの常務取締役に就任。12年に両備システムズ専務取締役に就任。19年、同社代表取締役社長に就任。現在、両備ホールディングスの代表取締役社長を含め、両備グループ18社の社長を務める。
会社紹介
【両備システムズ】1965年、協同組合の岡山電子計算センターとして創立。69年に企業体となり、73年に社名を両備システムズに改称。中国地方を本拠地として交通・流通・不動産などを幅広く手がける両備グループのIT事業を担う。2021年度、両備グループ全体の社員数は8229人で、このうち両備システムズグループの従業員数は1642人。