CPU市場においてAMDの存在感が年々高まっている。大量のコアをワンチップに搭載する「Zen」アーキテクチャーによって、高性能でコストパフォーマンスの高いPCを実現し、データセンターではより高密度なシステムの設計が可能になった。1CPUに96コアを搭載する最新製品の発売を前に、日本AMDの関路子代表取締役に同社の戦略を聞いた。
(取材・文/日高 彰 写真/大星直輝)
売り上げは前年比7割増
――4~5年前に比べると、CPU市場でAMDの名前を目にする機会がかなり増えたと思います。ビジネスの状況はいかがでしょうか。
2017年に「Zen」アーキテクチャーをリリースして以降、「Zen 2」「Zen 3」とテクノロジーを進化させてきました。明らかに性能は良くなっていますし、電力効率やコストパフォーマンスも改善され、それに付随する形でビジネスも大きくなっています。米国の調査会社Mercury Researchが8月に発表したレポートによると、直近ではグローバルのCPU市場全体のうち、当社は31.4%のシェアを獲得することができました。カテゴリー別では、デスクトップ向け製品の市場シェアが20.5%、モバイル向けが24.8%、サーバー向けが13.9%でした。調査によって具体的な数字は変わると思いますが、四半期ごとに伸びているのは確かです。売り上げに関しても、21年12月期は前年から68%増となりましたし、今年第1四半期(1月~3月)は前年同期比70%増となりました。着実にビジネスは伸びています。
――好調な業績の要因は何でしょうか。
コロナ禍でPCの需要が増えたという背景もありますし、それ以上にデータセンター向けの製品はグローバルで急速に販売を伸ばしています。もちろん、サーバー向けCPUに関しては数年前までシェアはほとんどゼロに近かったこともあり、今後さらに伸ばしていかなければいけないと考えています。そのほか、ゲーミング市場の盛り上がりで、より高性能な製品や、家庭用ゲーム機などに搭載されるセミカスタム製品の売り上げも好調です。
――最新製品の特徴を教えてください。
製品的な面では、先日「Zen 4」アーキテクチャーを市場に投入しましたが、これによって従来よりさらに多くのラインアップをお届けできるようになりました。デスクトップ向けの最上位モデルである「Ryzen Threadripper」も予定通り発売しましたし、サーバー向けの「EPYC」でもZen 4を採用し、今年中に最大96コアを搭載する「Genoa(ジェノア)」と呼ぶ製品を発売する予定です。市場的には円安で厳しい面もありますが、お客様のニーズにこたえられる魅力的な製品群を続々とお届けすることで、当社としては今年後半のビジネスもさらに伸ばせる余地があると考えています。
Zen 4によって性能や電力効率が大幅に向上しますし、PCI Express 5.0に対応することにより拡張性も高まります。また、新たな命令セットである「AVX-512」をサポートしますが、これによってAIの学習に関するワークロードのパフォーマンスがアップします。HPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)の分野では、米エネルギー省などによる、EPYCを搭載したスーパーコンピューターの「Frontier」が世界一の性能を実現しましたし、HPCの電力効率ランキング「Green500」では1位から4位までがEPYCのシステムです。Zen 4の投入で、HPC分野での評価もさらに高まると考えています。
クラウドシフトのトレンドでも成長
――サーバー市場ではどのような点が評価されているのでしょうか。
絶対的なパフォーマンスはもちろん、運用開始後を含めたトータルのコストを下げられるという点で、電力効率の高さも評価いただいています。セキュリティも一つの大きなポイントとなっており、暗号化やメモリ保護などを実現する「Infinity Guard」機能は、官公庁や地方自治体のサーバー導入においても重要視されています。公共系はこれまでなかなか当社が入り込めなかった市場ですが、ここで実績が出始めたことで、より安心して導入いただけるイメージが形成されつつあると考えています。
――国内の市場を見ると、四半期ごとのサーバーの出荷台数は横ばいか下がっている期が目立つようになってきました。AMDのビジネスに影響はありませんか。
確かに、オンプレミスのサーバーの市場は落ちているように見えますが、データセンターにおけるコンピューティング需要は引き続き堅調ですし、クラウドサービスの利用も伸びています。また、日本においてはすべてクラウドへシフトするというよりも、オンプレミスと組み合わせるハイブリッドの形での導入が進んでいくと思いますので、ビジネスには大きな影響はないと考えています。当社は市場においては挑戦者の立ち位置ですので、競合他社が持っていたシェアを獲得していき、オンプレミスのサーバー市場においても成長したいと考えています。
また、Genoaの先には、クラウドコンピューティングの需要にフォーカスした「Bergamo(ベルガモ)」と呼ぶ製品も準備しており、当社としてはすべての領域をカバーする製品群を用意することで、ビジネスを伸ばしていけると考えています。
――世界的な半導体不足が続いており、ファウンドリー(生産受託)企業の工場は稼働率がいっぱいの状況です。供給体制に不安はありませんか。
AMDは複数のファウンドリーに生産を委託しています。また、7nmの製品は台湾TSMCに生産をお願いしていますが、外部の調査によれば、当社はTMSCの大手顧客とされています。同社とは大変良い関係性を築いていますので、少なくとも他社に比べて、当社の供給体制が逼迫するということはありませんので、ご安心いただければと思います。当社もより多くの数量の製品を販売し、ファウンドリーとともにビジネスを拡大できるよう協力していきます。
ブランドを製品力に追いつかせる
――ビジネスは順調に見えますが、課題があるとすればどこでしょうか。
製品力が高まった一方、安心感や信頼度がそれについていけていないのが大きな課題となっています。お客様の意思決定層においては、AMDというブランドをご存じないこともまだまだ多い。販売パートナーであるディストリビューターやSIerの各社に協力していただき、事例を積み上げていくとともに、当社としてもブランド認知度を高め、エンドユーザーの方にAMD製品を安心して使っていただけるようにしていきたいと考えています。
これは法人向けというよりはコンシューマーのプレミアムセグメントをメインターゲットにした活動なのですが、ブランド認知向上への取り組みとして、この9月から将棋の藤井聡太竜王(王位・叡王・王将・棋聖との五冠)に当社の広告に出演していただいています。
――藤井竜王はRyzenを搭載したマシンで局面の研究などを行っていることで有名ですね。以前からCPUを提供するといったスポンサードはされていたのでしょうか。
いえ、これまでご自身でご購入いただき、PCの自作をされていたそうなのです。もちろん今回は、藤井竜王の挑戦にさらに貢献できるよう、64コアを搭載する最新の「Threadripper PRO 5995WX」をご提供しました。これを機会に、今までAMDをあまりご存じなかった方にも、性能や信頼性、安心感なども含めてお伝えできればと考えています。
――年内から来年に向けての重点施策を教えてください。
ビジネスユーザーに向けた訴求というところでは、最も重要な役割を担っていただいているのがパートナー各社ですので、営業面での支援や、技術的なトレーニングの提供に力を入れていきます。特に、製品のどこに優位性があるかをお伝えしないと、競合他社から当社に切り替えていただくきっかけにつながらないためで、技術な特徴や、ベンチマークの数値などに関する情報はしっかりお出ししていきます。サーバー向けには間もなくGenoaが登場します。これを着実に市場投入することが年内最大のイベントになると考えています。
眼光紙背 ~取材を終えて~
ソニー時代に「VAIO」のビジネスに携わり、そこでAMDとのつながりを得た関氏。そのときカウンターパートだったAMD側の担当者から誘われ、2015年に日本AMDに入社した。当時AMDはサーバー向けCPUから実質的に撤退状態で、PC向け製品でも競合に性能で大きく水をあけられていた。会社が一番厳しい時期に入社を決めたことになる。
なぜAMDでの仕事を選んだのかと聞くと「なぜなんでしょう。面白そうだったからかな」とおどけてみせたが、会社で気に入っている点として「AMDは日本法人からも本社に対して意見を言える、オープンな文化がある」ことを挙げる。外資企業の日本法人では、仕事は国内の営業だけで、戦略や製品は本社から降りてきたものを受け入れるしかないという会社も多いが、AMDでは日本にいても全社に貢献している実感があるという。市場における挑戦者として、社員全員が最前線のプレイヤーとなって勝利に向かう組織を目指している。
プロフィール
関 路子
(せき みちこ)
ソニーおよびソニーモバイルコミュニケーションに20年にわたり在籍。携帯情報端末、PC、音楽配信などの事業開発に携わり、IT業界や通信事業者などとのパートナーアライアンス、交渉や、戦略業務を統括する。2015年7月に日本AMD入社。セミカスタムビジネス ビジネス開発部長として、戦略・提携・営業を担当。20年10月より現職。
会社紹介
【日本AMD】米Advanced Micro Devices(AMD)は1969年に米シリコンバレーで設立された半導体メーカー。x86アーキテクチャーのCPUを手がけるほか、2006年のATIテクノロジーズ買収でGPU市場にも本格進出する。09年、製造部門をグローバルファウンドリーズとして分社化し、AMD自身はファブレス(工場を持たない)メーカーとなる。22年にはFPGA製品を手がけるXilinxの買収を完了した。日本法人の日本AMDは1975年設立。