情報システムの稼働状況を監視できるオブザーバビリティ(可観測性)プラットフォームを提供する米New Relic(ニューレリック)の日本法人は、顧客体験を分析できることを強みとして、成長を続けている。小西真一朗社長は「ニューレリックが提供するオブザーバビリティは、エンジニアがビジネスで利益を生み出すための支援ができる」と力を込める。人材育成やパートナー戦略に注力することでユーザー数を拡大し、さらなる成長を狙う。
(取材・文/大畑直悠 写真/大星直輝)
「システムはビジネスそのもの」の時代
――ビジネスの状況を教えてください。
日本法人の事業開始から4年あまりが経過しましたが、結果から言うと絶好調です。グローバルでも成長していますが、日本法人はそれをはるかに上回る成長率を見せており、オブザーバビリティ市場での売り上げは国内トップシェアです。ユーザー数も一昨年の5000ユーザーから、1万6000以上へと増加しました。日本法人は、25年までに5万ユーザーを目指していますが、それに向けて弾みがついた1年でした。
ビジネスが大きくなってきたので、新規顧客の獲得だけではなく、既存のお客様の間でより多く利用していただくためのアプローチも重要になります。直近の四半期では契約更新率が95%を上回り、追加契約のユーザー数も、昨年は約150%増となりましたので、とても健全な経営状況です。
――好調の要因をどのように考えますか。
オブザーバビリティ市場自体の盛り上がりが好調を後押ししています。日本は海外と比較すると、クラウドシフトやDXの遅れを指摘されていますが、コロナ禍が大きな転機となってIT投資が進み、「システムはビジネスそのもの」と考える日本企業が増えました。そうしたシステムのパフォーマンスを観測する技術が当社の提供するオブザーバビリティなので、需要が増大しています。
――「システムはビジネスそのもの」とはどういうことか、もう少し詳しく教えてください。
もし社内システムで障害が起きたのであれば、復旧するまで従業員が我慢すれば済む話かもしれませんが、顧客に直接関わるシステムや、ミッションクリティカルなサービスを提供するシステムで障害が起きたのであれば、同じことは言えません。オブザーバビリティはシステムの運用効率化を支援するソリューションというイメージが強いですが、DXの進展とともに、ECサイトのようなビジネスに直結するシステムのパフォーマンスを把握し、自社のサービスが顧客にどのように届いているか把握したいというニーズが高まっています。
今では競合の多い市場になりましたが、その中でニューレリックの優位性は、インフラやアプリケーションだけでなく、顧客体験を分析できるオブザーバビリティを、一つのプラットフォームで提供していることにあります。監視・分析する対象ごとに特化した競合製品は多々ありますが、顧客体験の向上をコンセプトとして重視しているのは「New Relic」だけと自負しています。
ビジネスの観点で見ると、極端な話、エンドユーザーに全く影響を与えないエラーへの対応は後回しにしたっていいわけです。逆に、顧客体験を下げる要因を早期に発見し、改善に向けてシステム内のどのようなポイントを改修すればいいかを明確に示すことで、New Relicのユーザーは自社のブランドを守り、顧客が離れるのを防げます。
SIerとの協業を加速
――今後はどのような戦略で販売を伸ばしていきますか。
これまでは市場をつくる段階だったので、基本的には直販に注力しながらオブザーバビリティの価値の啓発に力を入れてきました。日本のIT市場では間接販売チャネルを担うパートナーの役割が非常に大きいことはもちろん認識していましたが、まずはオブザーバビリティというソリューションが適切な形で受け入れられるように、われわれ自身の手で責任をもって市場を作らなければいけないと考えていたからです。それが功を奏して、パブリッククラウドの取り扱いで強みを持つ、主要なマネージドサービスプロバイダー(MSP)とのアライアンスにつながり、順調に実績が上がってきました。
今後は、次のフェーズとしてパートナーとの戦略的なつながりで成長を加速させるため、国内のSIerとのアライアンスを進めます。直近では、NRIデジタルの開発環境でニューレリックが採用されました。大手はもちろん、中堅規模のSIerや地場に強いSIerとの協業を加速し、販路を全国に拡大します。そのための営業部隊も新たにつくりましたので、まずは私たちとご一緒するプロジェクトを増やしながら、New Relicの良さを体感してもらいたいです。
――SIerが自社のビジネスにNew Relicを取り入れると、どのようなメリットが期待できるのでしょうか。
国内では、ITエンジニア全体のうち、かなりの割合がSIerに所属し、顧客のシステムの運用・保守や開発を行っていますが、New Relicを活用することで、開発の段階から運用を見据えてプロジェクトを進めることができるので、障害の回避や性能テストにかかる時間を短縮できます。
パートナーにとって扱いやすい課金体系にしているのも当社の特徴です。他社製品では、インフラやアプリケーションといった監視対象のレイヤーごとに課金方法が違うほか、モバイル機器の契約数やブラウザのページビュー数で課金されるため、コストの算出が複雑なことが多いです。「毎月どれくらいの予算が必要なのか分からない」ことが、オブザーバビリティの普及の妨げとなる一因だったと当社は考えています。そうした状況を踏まえ、私たちはユーザー単位の課金でプラットフォームを提供しています。パートナーの中でNew Relicを利用するエンジニアの数が決まっていれば、パートナーのお客様や監視対象が増えても、費用は固定化できます。
人材育成、技術支援に注力
――国内では多くのエンジニアにとって、オブザーバビリティはまだ新しいソリューションだと思いますが、どのようにユーザーを広げていきますか。
「New Relic University」という教育プログラムがあり、機能の知識や実践的な活用方法などのノウハウを無償で提供しています。今年、フルスタックのオブザーバビリティに関する基礎試験の日本語版をリリースし、認定証の付与も開始しました。引き続き人材の育成には力を入れていきます。
加えて、日本法人では、営業一人に対しプリセールスのエンジニアが一人付く比率になるよう、人的なリソースの強化をとても重視しています。IT製品の販売では10人の営業担当者に対しプリセールスが一人以下ということもよくあると思いますが、お客様のエンジニアが抱えるニーズをしっかり捉えるには私共にもエンジニアが必要ですので、技術系の人員拡充に注力しています。こうした体制を生かし、パートナーやユーザー向けの個別の勉強会もかなり手厚く行っています。一人でも多くの人がニューレリックに触れられるように取り組み、しっかりと実践で使えるところまでサポートします。
――社長としての今後の抱負を教えてください。
グローバルにおける日本法人の売上比率を、3年以内に5%以上にしたいです。日本市場は本社からも大きな期待を寄せられていますので、オブザーバビリティがより国内に浸透するように努めたいです。そのためには、私たちのソリューションを届けるパートナーとの協業や、ソリューションを使いこなせる人材の育成が重要になりますので、取り組みを加速します。
繰り返しになりますが、システムがビジネスに直結する時代になりました。新しいモバイルアプリの開発やECサイトの運用、IoTやAIといった最新技術を用いた新規事業の創出など、ITはビジネスに貢献できるようになりました。
これまでは、ほとんどのIT投資が現状維持や運用保守に充てられてきたため、そうした業務にあたるエンジニアは、企業にとってコストとして見られがちでした。しかし、ITへの投資が戦略的に行われるようになった今、エンジニアは利益を生み出す存在であり、営業パーソンと同じくらいのビジネスインパクトを創出できます。彼らが、障害の復旧といった“マイナスをゼロにするような仕事”に費やす時間を短縮し、新しい価値の創出に能力発揮するためのツールとして採用されるように、当社のIT市場での存在感をさらに高めたいです。
眼光紙背 ~取材を終えて~
日本法人の設立からもうすぐ5年になる。企業のビジネスにオブザーバビリティが有用であることを啓発してきたが、その成果が表れてきたという。顧客接点となる情報システムは増え、その開発やパフォーマンス改善に従事するエンジニアにとって、オブザーバビリティは強力な武器になる。
IT業界で長いキャリアを持つ小西社長は「日本のエンジニアは世界的に見ても本当に優秀だ」と語る。彼らの能力をいかに有効に活用し、ビジネスに活用できるかが、日本社会の発展のかぎになると考える。
欧米のサービス業では、自社のデジタルサービスの稼働状況を常時公開する仕組みを持つ企業が多い。「全ての国内ユーザーにもそれができるようになってもらいたい」という。顧客に高い品質のサービスが届いていることを自社のソリューションが担保し、「デジタルの世界でもジャパンクオリティが世界一だ」と言われることを目指している。
プロフィール
小西真一朗
(こにし しんいちろう)
1978年生まれ。オーストラリア出身。2000年に国際基督教大学卒業後、アクセンチュアに入社。その後、ITコンサルティングを提供するエル・ティー・エス、セールスフォース・ドットコム(現セールスフォース・ジャパン)を経て、18年から現職。
会社紹介
【New Relic】オブザーバビリティプラットフォーム「New Relic」を提供する。2008年に創業し、日本法人は18年に設立。グローバルの顧客数は1万5000社を超え、Fortune 100企業の過半数で採用されている。